知りたい
好きな人のことは、誰だって知りたいものだ。
ちょっとした記録のカケラでも、ドキドキするっていうかワクワクする。
それは、情報量が少なければ少ないほど。
余計にかき立てられる、欲求だった。
戦争中の記録は、全部漁った。
公式記録はキレイになくなっていたけれど、ネットには、探せば改竄前のが結構落ちている。
てゆか、復隊したのにこの杜撰な改竄っぷりってどうよ、と思うのだけれど、何故だか問題になっている形跡は全くなかった。
アカデミーの記録は、割と良く残っていた。
卒業生のシンならば、これは簡単に引き出せる。
それ以前のはあんまりない。
アプリリウスまで行けば、何かあるのかな。
ああ、幼年学校はコペルニクスなんだ。
月、って、行くの難しいかなぁ。
どっちにしろ、軍務中のシンは、行くことができない。
次に休暇取れるのって、いつだろう。
戦争、終わらなくっちゃ、取れないよな。
じゃあ、頑張らないと、と、シンは思った。
頑張って戦って、戦争、終わらせないと。
そう、もの凄く切実に、思った。
てゆか。
本人に、直接聞けたらいいんだけどなぁ・・・
そう思って、シンはなんでだか好きになってしまった人の、景気の悪い顔を思い浮かべた。
聞いて、怒られるくらいならまだいいんだけど・・・良くはないんだけど。それでも、どーんと落ち込まれたりするよりはマシだ。
どんよりした顔で無理に笑われたりすると、イジメたみたいでものすごく後味が悪い。
それに、あの人が落ち込んでると、なんでかルナが怒るんだ。
アスランさんは、怒っても一回ぶん殴ったら後は忘れちゃう人だけど、ルナはいつまでも覚えてるんだから、イヤになる。
でも、他にどうしたらいいんだろう。
アスランさんを、知る方法。
そんなことを、レイに言ったらば。
「・・・・なんとかなるかも知れないな」
シンの親友はそう言って、数日後、小さなメモリーチップをくれたのだった。
ギルからの貰い物だから外には出すな、と、言われなくたって他人には見せない。
見せたくない。
静止画像を中心に、幼年学校の成績やら、シンも見られなかった、ザフト在籍中の記録まで。
さすが議長、権力が違うぜ。
嬉しくなって、シンは夢中になって中身を見た。
静止画像が多いのが、シンにとっては嬉しかった。
シンと同じくらいのアスランは、それでも今と同じくらいスカした顔をしていてなんだかおかしかった。
ザフト時代だけじゃなくて、もっと子供の頃のものもあった。
その中に、シンは見つけてしまった。
見知らぬ少年とくっつき合って、にこにこ笑う、幼いアスラン。
幼いといっても、１０歳を少し越えたくらいだろう。
コーディネイターなら、そろそろ大人扱いされていい年頃だった。
俺、こんな顔見たことない。
こんなふうに笑うこの人、見たことない。
俺の側で、この人、こんなふうに笑ってくれない。
そう思うと、今度はなんだか悲しくなった。
悲しいけれど、笑うアスランは綺麗で、見ていると幸せになって、でもやっぱり悲しくて。
シンはその画像を、携帯端末に保存して、ほてほてとアスランの部屋へ向かった。
『外へは出すな』という、レイの言葉の意味なんて、考えもしなかったし。
レイも、黙ってそれを見ていた。
「ねえ、これ、誰ですか？」
唐突にそう聞かれて、アスランは面食らった。
それでも、差し出された携帯端末の画像をのぞき込んで、今度は思わず固まった。
桜舞う、人の手による青い空。
隣で笑う幼なじみ。
それは、アスランの聖域。
誰にも踏み込ませたくない。
自分でも、もう踏み込むことのできない、遠く、美しい思い出。
「お前、これ、どこで手に入れた」
その声の固さに気づかず、シンはいつものようにがなる。
「そんなことどうでもいいだろ！」
「良くない！」
声が聞こえたよりも、がつ、と耳の骨に直に響く音がした方が早かった。
殴られた頬も痛いけれど、吹っ飛ばされて壁の、しかも運悪くダクトを覆った角にぶつけた頭はもっと痛かった。
見上げれば、鬼の形相のアスラン。
凄く、怖い。
だからシンは、腹が立つよりも、怖くて、悲しくなった。
その写真の奴には、あんなに笑って見せたくせに。
俺のことは、殴っちゃうんだ。
怒っちゃうんだ。
俺より、その写真の方が大事なんだ。
そう思うと、勝手に喉の奥がひくひくいった。
なんだかとっても息苦しくて、楽になりたくて口を開けると、わぁん、と、勝手に声が漏れた。
わぁわぁと、まるで、子供のように泣くシンに、アスランは面食らった。
すうっと、頭が冷えた。
アスランは、泣いている子供には弱い。
それは、自分がまだ子供と呼ばれていた頃から、ずっと。
そうして今は、もっと。
泣いている子供には、弱い。
こんな泣くほど、殴るつもりじゃなかったんだ。
ああ、泣くなよ、もう。
俺のせいで、泣かないで。
だからアスランは、シンの体をきゅうと抱きしめた。
腕の中の体はびっくりするくらい細かった。
「ごめん、こんなに泣くなんて思わなかったんだ」
頭にくっついた頬から、直接聞こえるような優しい声に、シンはぶんぶんと首を振った。
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
そうじゃない、んだけど。
アスランさんの胸は、あったかくて。
背中を撫でてくれる手は、やさしくて。
何が、そうじゃないのかも、よく、わからなくなった。
抱きしめた少年の体は、あたたかかった。
むしろ、熱いくらいだった。
骨ばった細い背中は、それでも固い筋肉が付いていて、どれだけ頑張って鍛えているのかがよくわかった。
この子が、どんなに頑張っているかを、アスランは知っている。
どんなに一生懸命、強くなろうとしているのかも、よく。
でも、あそこで受け身が取れないんじゃまだまだだと思うアスランは、それでもシンが何故泣いているのかの、本当のところがわからない。
大事な思い出に、勝手に踏み込まれて腹が立っているのだと、その自覚さえないアスランと。
何がこんなにもアスランを怒らせたのか、やはり、まったくわかっていないシンと。
それでも、二人は。
いつまでだって、抱き合っていたいと思った。
いつまでだって、抱き合っていたかった。
理解し合えることは、できなくても。
大切に思い合えることは、できるのだと。
そう思うのは、まだ、先のことだったけれど。