親愛なる友へ
アスラン・ザラが、休暇と外出を申し出たと聞いて、シンとルナマリアは、競って彼を探した。
食堂で、遅い昼食を取っている彼を探し出したのはルナマリアが先で、しかしシンもすぐに、それに気が付いた。
「あの、アスランさん。明日、街に出るってうかがったんですけど」
「ああ。それがどうか・・・」
「一緒に行っていいですかっ」
ぜいぜいと、息を切らしながら駆け込んだシンを、不思議そうに見上げるアスランと、思い切り睨むルナマリア。
「アンタ、あたしが先に見つけたのよっ」
「言ったもん勝ちだっ」
ギン！と睨み合う後輩二人をぼんやりと見やってから、アスランはおもむろに手を打った。
「ああ。二人とも、明日出かけたいのか？」
「「はいっ」」
ハモった返事に、にこりと笑い、アスランはこともなげに言う。
「すまなかった、気が付かなくて。休暇申請と外出届、ちゃんと出せよ」
「「はい！」」
頷いた二人に頷き返し、それからアスランはポケットからカードを取り出した。
「それなら・・・すまないが、ちょっと買い物を頼みたいんだ。いいか？」
「「・・・・はい？」」
訝しげな声まで揃い、二人はまた、睨み合う。
「あの、隊長、買い物って」
「うん、ルナに頼んだ方がいいかな。・・・花束、なんだけど」
軽く首を傾げ、アスランは続ける。
「白いのがいいんだ。今日、基地の花屋を見てきたんだが、白い花がほとんどなくて。仕方がないから、外まで買いに出ないといけないと思ったんだけれど・・・お前たちが行くなら、丁度いい」
頼まれてくれないか？と。
二人の目的など気づきもせずに、鈍いアスランは、いっそ珍しいほどにこやかに、そう言ってのけた。
「隊長はどうすんですか」
答えはわかり切っている気もするが、念のために聞いたシンに、彼は想像通りの答えをよこす。
「パイロットが３人も出たらまずいだろ。頼まれてくれるなら、行く必要もないし・・・だめか？」
少しかなしそうに、小首を傾げる。
シンも、そしてルナマリアも。このひとの、この表情にひどく弱い。
誰よりも強い自慢の隊長が、時折見せる、弱いかお。
それでも。
「私、あなたと一緒に行きたいんです！」
女の子はすごい、と、シンは思った。
それは今、シンが飲み込んだ言葉だ。
「お、俺もあなたと行きたくってっ」
負けじと言ってはみるが、順番も迫力も、既に少女に負けている。
だめじゃん俺っ、せっかくのデートのチャンスなのに！
「だから。パイロットが、３人もいなくなるわけにはいかないんだ」
しかしアスランは、それをあっさりスルーした。
そして、ルナマリアにカードを押し付けて。
「白い花束。邪魔になるし、帰りでいいから・・・頼む。ついでに、それで食事でもしてきてくれ」
隊長のカード。
給料よさそうよね。いくら入ってるのかしら。
一瞬思ったルナマリアだが、おくびにも出さずに食い下がった。
「だって、花っていってもどんなのがいいんですか。こういうのは自分で選ばないと・・・」
「どんなのでもいいよ」
「花って、ピンキリですよ？」
「んー、そう言われてもな」
俺もよくわからないし、と、困った顔のその人に、シンは思わず聞いてみる。
「花、買ってどうするんですか」
「そうですよ！何に使うんですか。それによって変わってきますし」
そう、だいたいにおいてこの人が、専門書でも機械部品でもなく、花なんかを欲しがるなんて。
それは、どんな理由だろう。
デートも諦めきれないが、好奇心も満たしたい。
二人の瞳に、興味津々、と書いてあるのがさすがに読めて、アスランは、少し、たじろいだ。
「え、あ」
「プレゼント・・・ですか」
何故だか情けない声で呟いたシンのセリフに、ルナマリアの方が激しく反応した。
「ラクス・クライン！来るんですかっ！！」
怖い、と、シンは思ったが、言われたアスランは、彼女の大声以外に驚いた様子も見せなかった。
「いや、違うよ」
それから見せた笑みは、ひどく儚くて。
二人の騒がしい後輩を、ただそれだけで黙らせた。
「明日、同じ隊だった奴の命日なんだ」
そうしてその声は、完全に二人の言葉を奪い。
「俺をかばって、死んだんだ。太平洋の島、だったんだけれど」
それでも海はつながっているから、と。
見せた横顔は、艦の装甲の向こう、地中海を向いている。
「わかりました。献花・・・ですね」
「ああ。でも、少し華やかなのがいいな」
それから、彼は少しだけ、笑みを深くした。
「そうだ、ピアノ。・・・・コンサートで渡すようなやつがいい」
「はい」
答えたルナマリアが、シンを小突いた。
少年も頷いて、軽く敬礼して立ち去ろうとして。
それからふと、振り返る。
「あ、の」
「なんだ？」
食事を再開しようとしていた人は、律儀に手を止めて聞き返してくれた。
「その人の、名前」
「シンっ！」
無神経な問いをルナマリアは止めるが、アスランは、特に気にしたふうもなく、答えた。
「ニコル・アマルフィというんだ。・・・・そうだな、カードを付けてもらってくれ」
翡翠色の瞳が、二人の方を向いたまま、どこか、遠くを見て。
「親愛なる友へ、と」
「「はいっ」」
今度こそ立ち去った二人を見送り、手元のフォークに目を落とし。
それから、もう一度、彼らの消えたドアを眺めて、アスランは思った。
あの少女と、彼は同い年だったんだな。
少年ですら、既にあの時の彼よりも年長だ。
時は、残酷で、そして優しい。
青年は、一度だけ、手の甲で目をこすった。
その翌日。
夕日に赤く染まる海に、３つの花束が投げ入れられた。
ひとつは、白い花束。カードには、『親愛なる友へ』と。
ひとつは、赤い花束。カードには、『感謝をこめて』。
最後のひとつは、青い花束。カードには、『安らかに眠れ』。
安心して眠ってくれよ。
あんたが守ったこのひとは、今度は俺たちが守るから。
波の音は、まるで彼のピアノのように。優しくやさしく鳴っていた。