幸せのかたち
待ち合わせに十分ほど遅れて姿を見せた友人に、ヨウランとヴィーノは文句を言いつつも、手を振りながら駆け寄った。
戦争が終わってから、三人で会うのは初めてだ。
たまたま、それぞれの都合でアプリリウスに来ていたので、思い立って行われた『同窓会』。
シンは二人に手を振り返した後、送ってもらったらしい車に向かって、何やらしきりに話しかけている。
「アンタも挨拶くらいしたらどうですか」
「いや、今更顔をあわせるのも、さすがにばつが悪いんだ」
「変なこと気にすんなよ」
「黙れ」
「・・・むﾞぇ」
車の窓から手を伸ばし、シンの頬をつねっている人物を見て、ヴィーノは思わず声を上げた。
「たいちょお！？」
「・・・やあ」
どこかで見たようなサングラス。
よく見れば綺麗な髪を、相変わらず妙なざんばらにして。
シンの頬から手を離し、決まり悪げに挨拶をした若い男は、確かにもと脱走兵、アスラン・ザラだった。
「プラントに戻ってたんですね」
ヴィーノの後ろから声をかけたヨウランに、アスランは苦く笑った。
「いや、戻ったというか、連れ戻されたというか・・・まあいいさ。シンをよろしくな」
「あっ、わっ、待ってください！」
車を発進させようとしたアスランを、シンは窓から首を突っ込んで止める。
そうして。
ちゅ
恐らく、唇にしようとしてずれたのだろう。
顎のあたりにキスをして。
ごっ！
窓から顔を殴り出されたシンに、追い討ちをかけるように低い声がうなる。
「お前、今日はもう泊めてやらないからな」
「ちょ・・・っ、何でですか！」
「うるさい」
そのまま走り去った車の後ろに、シンはぎゃあっと吠えた。
「アンタなんかーーー！！」
「・・・」
「・・・・なあ、シン」
あの人相変わらず横暴だなぁとか、シンは相変わらずキレやすいなぁとか。
どうでもいいことを考えてから、ヨウランはおもむろに口を開いた。
「お前、アレと付き合ってんの？」
元英雄が、アレ扱いになってしまったのは、この際仕方のないことだろう。
だってさ。
ごくごくノーマルだと思っていた友人が、男になんかキスしてたんだから。
「ああ、そうだよ」
しかしシンは、あっさりとそれを肯定して。
「昨日は泊めてもらったんだｖ」
しかも、その上ヤニ下がりやがった。
思わず顔を見合わせる、ヨウランとヴィーノ。
「確かにさ、アイツ、ムカツクけどさ、でも確かにカッコイイし、時々なんか、セクシーっての？それに昨日作ってくれたメシ美味かったし、優しい時はすげーやさしーし、前の戦争の時だって、最後まで俺のこと心配してくれてたし・・・」
挙句、ノロケやがるか。
「でもやっぱ、お前がそーゆー趣味とは思わなかったなー」
率直なヴィーノの感想。
とたんにシンはむっとして。
「いいじゃないか、男だって。ってか、お前恋人いんのかよ。男でも女でも！」
「いないけどさ」
「俺はいるぜ。もちろん可愛い女の子だ」
「うわ、ヨウラン裏切り者〜！」
ぎゃあぎゃあと言い合いながらも、そこは苦楽も生死も共にした者同士。
しかもシスコンで有名だったシンに、男とはいえ恋人が出来たというのなら、友人として祝ってやらなければと、適当な店に入って乾杯する。
「で、今も殴られたりすんの」
「する。めちゃめちゃする」
「ＤＶだー！」
「でも反省するらしくてさ、その後みょーに優しかったりすんだぜ」
「あー、わかる気がする。でも絶対謝んないんだろ」
「たまに謝る。『悪かったな』って」
「謝ってんの？それ」
「そう思うだろ。昨日だってさ、ベッドから蹴り出した挙句に、最後の最後で『悪かったな』だぞ！・・・・・まあ、惚れた弱みだから許してやるしかないんだけどさ」
・・・ベッドかよ。
ナチュラルホモだー！
ノーマル二人、あっけにとられてから、ヴィーノが恐る恐る、聞いた。
「何、やっぱシちゃんてんだ」
「あったり前だろ、ガキじゃないんだぜ」
偉そうに言うなお子様。
「なあ、あれってキツイって聞いたけど、どうなのよ実際」
ヨウランは、もう興味津々だ。
「え？確かにキツイけど。でもそれがイイんだって！」
「痛くない？」
聞いたヴィーノに。
「確かに時々痛い。でもさ、ちょっと我慢すれば、後ですげーよくなるし」
「マゾかよお前」
「そんな体にされちゃったんだ・・・隊長のばかー」
そんな二人に騒がれて、「うるさい！」と椅子を蹴ったシンは、周りの客に睨まれて、慌てて座り直して。
「だってさ。ホントにすげえイイんだぜ？女の人とヤったことないけどさ、絶対あんな締まんないって」
「「は！？」」
ヨウランとヴィーノの声が被った。
「お前ら、仕事してるあの人しか知らないからわかんないんだよ。普通にしてたって、時々すげー色っぽいんだよあの人。確かに胸とかないけどさ。肌なんかこう、すべすべでさ。体だって綺麗なんだぜ？見た目より全然ゴツくないんだ。そんなんでさ・・・こう、声とか聞くだけで勃つって。それにあの目！シてる時のアレは見せびらかしたいくらい・・・って、やっぱ見せたくない。俺だけのだアレ！」
勝手にしゃべりまくった上に、勝手に握りこぶしで宣言したシンは。
「何！お前入れる方なのかよ！」
「あの隊長にイれんの！？どうやって！！」
騒ぎだした二人に、やっと話の食い違いに気が付いて。
「お前ら！俺が入れられるほうだと思ったのかよ！」
「フツーそうだろ！」
「アレに！アレにどうやってーーー！！」
そうして三人して、とうとう店から放り出されてしまったのだった。
「っあっ！ひぁ・・・」
腕の中で、身をくねらせて快楽を貪る人の、赤く上気した頬に、シンは唇を滑らせた。
「んっ・・・」
シンの背に爪を立てていた指が、不意に離れて。くしゃくしゃに乱れていた、髪の間に差し込まれる。
促されるままにキスをして。
深く、して。
くんっ、ときつく締めてきたそこに、堪えきれずに吐き出して。
タイミングを合わせてくれたその人の精が、びゅくびゅくと腹を濡らすのを感じながら、幸せにひたったシンは、荒く息をつくアスランの、額や瞼に口付けた。
最中の淫蕩なものとは違う、優しげな光を湛えた瞳が、ゆるりとシンを見上げてくれて。
そうして赤い唇が、うっとりするようなラインを描いて、笑った。
「まだ、するのか？」
「う・・・」
何度かイったというのに、シンのものはまだ、元気にアスランの中を押し開いたままだ。
「いいぞ。ほら」
アスランが、ゆっくりと腰を揺らめかせた。
シンを飲んだままのそこが、くちゅ、といやらしい音を立てながら、更に絞り込んでくる。
「ん、ん、んっ・・・・」
たまらず動き出した少年は、熱く包み込む恋人の中を、いっぱいに感じて。
時折眉を寄せながら、シンの与える快楽を耐える表情を見下ろして。
のたうって震える、しなやかな体を腕いっぱいに感じて。
この人を、手に入れられた幸せを、体中に感じていた。
「ねえ、あの、アスランさん」
シた後のこの人は、たいていさっさと眠り込んでしまうのだけれど。
今回はたまたま、ぼんやりとシンの頭を撫でてくれていたから。
シンは汗の引かない背中を撫で返してやりながら、思い切って、聞いた。
「あの、する時って、キツイ？」
「ん？」
半分寝ぼけていたらしいアスランは、膜のかかったような目でシンを見上げてから、その瞳に光を戻し、目を瞬かせて答えてくれた。
「そうだな・・・まあ、時々、な。でも、別に辛いわけじゃない」
この人は、嘘をつかない人だ。
嘘をつけない人だ。
だから、その言葉は本当なのだろうけれど。
「痛く、ない？」
「たまにな。でも、それもイイぞ？」
どうしたんだ急に、と、アスランはシンを撫でる手に、力を込めた。
ぐいぐいと、容赦のない可愛がり方に、ただでさえくしゃくしゃの髪をいっそう酷いことにされながら、シンはぼそぼそと報告する。
「ヨウランたちが痛くないかとか・・・」
「何だお前、そんなことまで話したのか？」
アスランの声がきつい。しかし、さすがに精根尽き果てているのか、手まで上げるつもりはないらしい。
ただ、指に絡めた髪をぐい、と引かれ、シンはイテテ、と、少しだけ顔をしかめて。
「だって、自慢したいじゃないですか」
「自慢になるか」
「すっげーなります」
真顔のシンに、呆れ顔のアスラン。
こんな男を恋人にして、何が自慢だというのだろう、この子供は。
「でもあいつら、俺がされる方だと思ったみたいで、キツくないかとか痛くないかとか・・・」
「だから、今更心配になったって？馬鹿だよなぁ、お前」
「馬鹿って何ですか、馬鹿って」
首を振って、シンはアスランの指を振り払う。
振り払ってから、あたたかな指の感覚が惜しくなって、シーツに落ちた手を拾い、もう一度自分の頭に乗せた。
「馬鹿だろ、まったく」
アスランは、今度はその手でシンの体を引き寄せて。
きゅ、と胸に抱いてやって。
甘い笑いを含んだ声で、子供をあやすように、言う。
「多少キツいのも、イイんだよ。お前だからな」
「・・・・」
シンは、何だか恥ずかしくなって、きゅうっとアスランを抱き返した。
確かに馬鹿かも、俺。
腕いっぱいに感じる、大好きなアスラン。
シンより、少し大きくて。
シンより、少ししっかりしている。
「じゃあさ、アンタさ・・・俺のこと、抱きたいって思う？」
どこか不安げな、しかし十二分に甘えた声に、アスランは少し驚いて。
それから暫し熟考し、結論が出て、うんと頷いて。
「俺は、抱くんだったら抱かれる方がいいな。とりあえずお前になら」
「とりあえず？俺になら！？」
他の誰かを匂わす言葉に、声を荒げた恋人に軽く笑って。
「ああ。とりあえず、お前になら。・・・・言っておくが、俺はお前以外に経験なんかないし、これからもするつもりもないからな」
「じゃ、なんでそんな言い方・・・」
言ってから、これがこの人なりの、ちょっと的の外れた誠実さなのだと気がついて、口を閉じて。
謝る代わりに、ぎゅうぎゅうとその人の胸に額を押し付けた。
「何で？」
聞くと。
「・・・・言わせるな」
「何でだよ、言えよそのくらい」
「恥ずかしいんだよ」
「何、今更。足開いてアンアン言っといて・・・イテ」
叩かれた力は弱かったけれど、不意打ちだから痛かった。
「もういい。寝る」
「ねえ、なんでだよ」
「これ以上言うようなら放り出すぞ」
「ひっでー！」
言いつつも、引っ付いてきた少年と一緒に毛布を被りながら。
アスランは、心中ひとりごちた。
言えるか、そんなこと。
抱かれる方が。
一生懸命なシンの手に、何度も何度も愛撫される方が。
『愛されている』ことを、実感できる、なんて。
「アスランさぁん・・・」
「うるさ・・・寝言か」
一人で赤面している間に、先に寝てしまった少年にひとつ、キスをして。
アスランも、幸せな眠りにつく。
他からどう見えようと、これが、二人のかたち。
幸せのかたちなのだ。