街は、クリスマス一色だった。

それは、路地裏の喫茶店も例外でなく。

「コラ波児(ポール)！また張り紙剥がしやがって！」

「待ってください蛮さん。あれ剥がさないと、リースつけられなかったんです」

「そうそう」

開いた新聞に頭を突っ込んだままの店主と､困り顔のアルバイト’s、そして、無駄に息巻く常連・・・客？

「蛮ちゃんしょうがないよ、だってクリスマスだし・・・」

「しょうがなくねーっ！」

ばこん

リンッ

ぱしーん

殴られた拍子にタレて弾んだ銀次は､丁度ドアを開けた花月の右手に、バスケットボールのように収まった。

「こんにちは、銀次さん」

「あ、カヅっちゃん久しぶりー」

のん気に挨拶をした花月は、提げていた大きな紙袋から長方形の箱を取り出して、ぽてんと床に落ちた銀次に差し出した。

「メリークリスマス､銀次さん」

「わあ、コレくれんの？ありがと、カヅっちゃん！」

すぐさま開けられた箱の中身は、綺麗にチョコレートコーティングされたパウンドケーキ。

銀次は目を輝かせた。

「おいしそう！」

「オイコラよこせ！」

横から手を出した蛮は、しかし、目の前に突き出された、赤と緑の小さな包みにうっかり気を取られてしまう。

「はい、美堂君の分です」

そのわずかの隙に、ケーキはまるごと銀次の胃の中へ収まっていた。

「おいしい！さっすがカヅっちゃん！！」

「イ・・・絃巻きテメェ・・・・」

ふるふると震えた蛮の拳が、丁度良い高さに縮んだ銀次の頭にヒットする前に、花月は無理やり包みを握らせて、アクマの微笑を浮かべた。

「味は一緒ですから」

それが食い物だとわかっていると、どんなに苦々しく思っていても、受け取ってしまう右手が恨めしい。

「ば・・・蛮ちゃんゴメン・・・でも蛮ちゃんのもあって、よかったよ、ねえ？」

そそくさと射程外に非難した銀次に、

「ＭＡＫＵＢＥＸのリクエストで、たくさん作ったんです」

と、意味のあるような無いような答えを返し、花月はもうひとつ、銀次に渡したものと同じ大きさの箱を取り出して、カウンターに乗せた。

「プロの方にお渡しするのは気が引けるんですが・・・よろしければ、３人で召し上がってください」

波児(ポール)、夏実、レナ、と、順に視線を遣って控えめに笑う花月は、アルバイトたちが嫉妬する気にもならないくらい、文句なしに美人だ。

「いや、あんなに綺麗にコーティングできればプロ顔負けだろう。ありがたく頂くよ」

銀次が食べる一瞬しか見えなかったが、それは綺麗なチョコレートケーキだった。

「いえ、銀次さんに差し上げたのは、いちばん綺麗にできたやつなんです」

それを銀次は一口で食った。

「全然イミねーじゃねーか」

銀次を除く、その場全員を代表して蛮が突っ込むが、花月は気にする様子もない。

「銀次さんに一番良くできたのを持ってくるのは、当然でしょう」

「ほんと？ありがと、カヅっちゃん」

笑い合う、見た目、美女と小動物。

「あー、でもオレ、カヅっちゃんにプレゼントないよ。どうしよう」

うきゅ

更にタレて小さくなった銀次の側に膝を付き、視線を合わせた花月は少し申し訳なさそうに笑う。

「そんな、その気持ちだけで十分です」

「でもさ・・・」

ぶつぶつ呟く銀次にそっと顔を寄せた花月は、ちらりとはにかんだ表情を覗かせて、何ごとかを囁いた。

銀次がぱあっと笑って、花月も笑って。

銀次も花月の頬に顔を寄せて、それで。

ちゅ

蛮は脱力し、波児(ポール)は新聞で視界を遮り、夏実とレナは、手を取り合って、小声で『きゃーっ』と騒いだ。

銀次の唇で、頬っぺたにケーキ屑とチョコレートを付けられた花月は、それでも酷く嬉しそうだ。

しかも。

「あ、ごめんカヅちゃん。チョコ付いちゃった」

ぺろ、ぺろ
「ありがとうございます、銀次さん」

見た目美女と小動物・・・でなければ、まだ明るい喫茶店内で、許される光景ではなかったろう。

「じゃあ僕は、これから無限城に行くので失礼します」

「うん、みんなによろしくねー」

軽やかな足取りで、おそらく大量のチョコレートケーキが入っていると思われる紙袋を提げた花月は去っていく。

後に残された箱の中身は、やっぱり綺麗なチョコレートケーキだった。

銀次が食べる一瞬しか見えなかったそれと、何がどう違うのか、ぱっと見はよくわからない。

わからない、が・・・よーく見れば、片側面が、他に比べて少しだけチョコレートが薄い・・・・ような気も、する。

「うちに出すケーキも作ってもらえないかねぇ」

「すごーい、花月さん」

「おいしいですねっ」

蛮に渡された包みの中身は、やっぱり小さなチョコレートケーキだった。

こちらははっきり、裏側のチョコが剥げていた。

「絃巻きィ・・・・」

「でも味はおんなじだってよ、蛮ちゃん」

先に食べたせいで、ひとり食べるものが無い銀次がカウンターによじ登ると、蛮は思い切り、その殴り心地の良い頭を殴りつけた。

街は、クリスマス一色だった。

それは、路地裏の喫茶店も、悪鬼の巣窟と言われる場所も例外ではなく。

今頃は、女顔のサンタクロースが、チョコレートケーキのプレゼントを配っていることだろう。

Merry Christmas!