散華
白いものが視界を舞い、風と共にシンに降りかかった。
ミネルバの後部ハッチを押し開いた姿勢のまま、とっさに身構えたのは訓練の成果だが、それらは、かさり、かさりと音を立て、軽い感触をシンに残し、落ちた｡
「ああ、すまない。風が・・・」
探していた人の声も、風に巻かれて。
空よりも、青い髪が大きくあおられて広がっていた。
その腕いっぱいの、白いもの。
「何ですか、これ」
シンは、風に運ばれて行く白を追って、拾う。
白い紙に、薄い線・・・ノートの切れ端だろうか？
複雑な形に折られたそれを、みっつばかり拾っているうちに、残りは風にさらわれて行ってしまった。
「花・・・に、見えないかな」
少し､困った表情。
眇めた緑の瞳を､風に乱れる青い髪が、時折隠す。
「あ・・・」
言われてみれば。
花弁と､ものによっては花芯と。
紙で作られた､それは､白い花。
「器用ですね」
ひとつひとつに手が込んでいるばかりか、シンが持っているものはすべて形が違う。
「前に､友達に頼まれてな」
風向きが変わった。
横風が止み､艦首方向から航行速度に見合った風が吹く。
「どんなのを作ってみせても､それじゃないって言うんだ」
意外と細い指が､紙の花をすくい上げ、さし上げる。
それは､風に舞って、海に落ちた。
「死んだ・・・女の子に作ってもらったのと、同じのが欲しいって｡だいぶ苦労したよ」
また、花が波間に消える。
一輪一輪、大切そうに。
アスランは､白い花を海に放す。
時折､風に舞い上げられてあらぬ方へ飛んでも､特に気にする様子もない。
青い海に青い空｡青い髪のその人の、白い花が､風に舞う。
その光景に、シンは見とれた。
手の中の花がすっかりなくなり､振り返ったアスランの視線で､シンは自分が持ったままの花を思い出した。
「あ・・・はい」
差し出された花を見て､シンを見て｡
アスランは少し目を細め、穏やかな声で、言った。
「その花は､君が手向けてくれないか？」
その言葉に。
今のが､献花だったのだと。シンはやっと気がついた。
「何に､手向けた花だったんですか？」
アスランの淡々とした行動に､悲嘆や憎しみ、そんな、シンの知る『死』のイメージに繋がるものは何もない。
シンには､それが不思議で。
「母・・・かな」
首を傾げたアスランは､遠く空を見上げて瞬いた。
「ユニウスセブンを､砕いてしまったから」
あの人の墓標が､なくなってしまったと彼は言う。
「それから､あれの落下で亡くなった人たちと､地球で死んだ友人と・・・だめだな。数が足りない」
花を送り切り､空になった手を眺め､青い髪のその人は､ぎゅっ、とその手を握った｡
この人も､先の戦争で大切な人を失っているのだと。
そのとき､シンは初めて気がついた。
横風が止むのを待って､アスランの折った花から指を放す。
それは風に乗って､後方の青に消えた。
三輪の花は､シンの家族と同じ数。
アスランはそれを見送って、ありがとう、と微笑んだ。
「やっぱり、他にも人がいた方がいいな」
「アスハでも、誘えば良かったじゃないですか」
自分で名前を出して、自分で胸が悪くなる。
そうだ。なんでこの人は､あんなのと一緒にいるんだろう。
「でも、カガリは泣くから」
アスランは､あっさりと言って。
「彼女も､あの戦争で親や友達を亡くしているんだ」
空を見上げる瞳は､凪いだ緑。
涙の影もない。
「あなたは、泣かないんですか」
そういうシンの瞳も､もう枯れているけれど。
「なんだか・・・泣いている暇もなかったからなぁ」
そう言った人の瞳は､ただ、静かだった。
空は青く､海は青く。
彼の人の、髪は青く。
その向こうから忍び寄る、再びの戦火の足音をも、かき消すように風が鳴る。
「・・・・花の作り方､教えてくれませんか」
「ああ」
どこかに引っかかっていたらしい、白い花が飛んでいく。
見送ったその白さが。
目に､焼き付いて離れなかった。