「あっ・・・ああああっ・・・」

京の闇に、艶めかしい嬌声(こえ)が浮かんで消える。

「イイのか・・・？」

意地の悪い問いに、答えられる人ではないことを知っていて、天真はあえて問いかけた。

「んっ・・・あふぅ・・・」

答えはなくとも、応えはある。

はじめて触れたときには、あんなに慎み深かったそこが、きゅうっと自分を喰い締めて喜びに打ち震えるのを感じる。

脱ぎ捨てられた僧衣の上をさまよっていた手のひらが、何かを見つけたように伸びてきて天真の首に絡みついた。

「てん、ま、どの・・・ぉ」

彼が、欲に溺れきった時にだけ聞くことのできる、甘えた声。

それが、ますます天真をヒートアップさせる。

ぐちゅり・・・と、卑猥な音をたてて、彼のそこから、自分の物を抜き出した。

「あぅ・・・」

明らかに、それを惜しむ声に、

「待ってろよ、淫乱」

と声を投げ掛けると、今度は、くち・・・とそこがひとりで音をたて、口をつぐんだ。

抱え上げていた脚を下ろし、ちゅっ、と腿の内側にキスをしてから、荒い手つきでその躯を返す。従順な躯は、抗うことなく押し伏せられ、腰を突き出した恥ずかしいいかたちで固定された。

「んふ、んんん・・・・っ・・・きゃう！」

再び押し入って、唐突に上体を引き起こせば、腕の中にすっぽりと包み込んだ躯の、すべての反応が天真に伝わる。

「あ・・・っ、はぅ・・・んんっ・・・」

自分の動きに、びくびくと反応する躯。

汗に滑る、なめらかな肌。

不安定な姿勢から、一生懸命な力でしがみついてくる腕。

甘い声。

熱い、熱い中身。

これが、最後。

わかっているから。

 

すべての感覚を、研ぎ澄ます。

いつまでも、憶えていられるように。

この、愛しい存在を・・・・・。

 

 

 

闇の中で、ぼんやりと輝くような肌に、惜しむ思いと共に小袖をかけてやる。

かけた小袖が、いまだに荒く上下している背中の動きを強調するのを横目で眺め、小さな罪悪感と大きな喪失感を抱えて、天真は水干を羽織った。

 

鬼との決着はついた。明日、自分たちは元いた世界へと帰る。

これが、最後の夜だ。

 

手早く着物を着け、今さっきまで抱き合っていた相手を見下ろすと、夜の空のような瞳が、物言いたげにこちらを見ていた。

「これで、最後だな」

言いたくはなかったけれど、言わなければいけないのだろう。

うやむやのまま、もう二度と会えない場所へ行くには、お互いの気持ちは、深すぎたから。

「永泉・・・」

「天真殿」

決定的な言葉を選びながら天真が口を開いたとき、珍しく永泉が人の言葉を遮った。

 

「連れて行っては、下さいませんか・・・？」

 

小柄な躯がゆるりとおきあがると、細い肩を小袖が滑り落ちて、行為の名残を色濃く残した肌があらわになった。

それを、美しいと思う。

しかしそれは、温室生物の美しさだ。

「馬鹿言えよ、あっちの世界で、おまえが生きていけるわけないだろ」

ハイスピードで流れる時間に、排ガスまみれの空気。空の見えない昼に、闇も静寂もない夜。

そんな世界で、この純粋培養の生き物が、生きていけるわけがない。

「それでも・・・生きて、ゆけなくても。天真殿と一緒にいたいのです」

白い腕が伸びて、天真の水干をきゅっ、と掴む。

京の闇を溶かした瞳が、瞬きもせずに天真を見つめる。

その姿が、いじらしいと思うからこそ。

「無理だ。死んじまうぞ」

そう言わずにはいられない。

 

夜色の瞳が揺らぐ。

 

「ならば、私は・・・貴方のいる世界で死にたいと思います。貴方のいる世界の一部になりたいと・・・そう、思います」

 

 

音のない、静かな夜。

先に目をそらしたのは、永泉だった。

「ご迷惑ですね・・・申し訳ありません。身の程も知らず、わがままを言いました。申し訳、ありません・・・」

天真の水干を掴む手が、震えている。

いや、腕が、うつむいて丸くなった背中が、いつもより更に小さく見える彼のすべてが、震えている。

「申し訳ありません・・・」

震える声が、繰り返す。

 

永泉は、一体何度、どれだけの人間に、こうやって謝ってきたのだろう。

一体何度、こうやって、自分の望みを、殺してきたのだろう。

そして、これから一体、どれだけ、殺し続けるのだろう・・・・・

 

天真は、永泉の肩に触れた。

びくんっ、と大きく震える肩。その薄い肉と、細い骨格。

それを感じながら、思う。

自分は、何故、永泉を現代に連れて行きたくないのだろう。

現代での生活に、耐えられないであろう永泉を、思いやっているのだろうか。

それとも。

もしも、そうやって永泉を不幸にしてしまったとき。

それが、自分のせいだということが、恐ろしいだけではないのだろうか・・・

 

永泉の。

こんなに臆病な、細い肩の少年の恐怖は、こんなものではないだろう。

今までの、自分のすべてを投げうって、自分について行きたいと言った永泉。

自分の世界に戻る天真は、永泉を失っても、それ以上に失うものはない。

しかし、永泉は。

自分が現代へ行くことで、天真を不幸にする可能性を考えていないわけはないだろう。

そうなったとき、永泉は、天真と同時に、自分のすべてを・・・恐らく、その命すら、失うことになるのだ。

 

「もうしわけ・・・ありません・・・」

嗚咽すら混じる、謝罪の言葉。

 

望むことが、罪ならば。

始めに、永泉を望んだ自分にこそ、それがあるのに。

永泉の望みは、自分の望みでもあるのに。

それを、二人で、殺すのか。

彼が、初めて示した、ちいさな望みを。

自分たちで、殺す。

 

それは、果たして・・・・・

 

天真は、唇を噛んだ。

 

 

「もうしわけ・・・・」

「ごめんな、永泉。俺、妹を守らなきゃいけねえから」

「はい・・・」

「あいつが望む限り、こっちには、残れねぇから」

「はい・・・」

「情けねぇな。弱気になっちまった。ここは、『絶対に幸せにしてやる』って言わなきゃいけないとこだよな」

ふるふると震えながら、永泉の面が、ゆっくりと上がる。

大きく見開かれた、京の闇の色をした瞳が、愛しい。

「天真、どの・・・？」

「情けねぇよ。俺、今おまえ幸せにする自信があんまりねえ。きっといっぱい泣かしちまうだろうし、辛い思いもいっぱいさせる。今はまだ、ガキだからな」

震える躯を、抱きしめる。冷えた肩が、胸に痛かった。

「でも・・・きっと、もっと、でっかい男になってさ。絶対に、幸せにしてやるよ」

「天真殿・・・ありがとう、ございます・・・」

ほろほろと、こぼれる涙に魅入られる。

何を馬鹿やってたんだろうな、俺は。

初めてこの涙を見たときから、こうなることは、わかっていたはずなのに。

「そうと決まったら、ぼやぼやしちゃいられねえな」

天真は永泉の肩に単をかけた。乱れた髪を手櫛で直し、脱ぎ捨てられた衣装を、下に着けるものから順に探してばたばたと皺を直す。

「あの、天真殿・・・？」

「時間がねえだろ。いきなりおまえがいなくなったら、おまえの兄貴は泣くんじゃないのか？」

「は、い・・・・」

胸が痛い。

涙がこぼれた。

「おい泣くなよ。あー、もう」

 

最後の夜。

愛しい人と、手をつないで。

 

「やっぱり、『弟さんを俺に下さい』って言うのかな」

「先程の、えと、『絶対幸せにしてやる』というのが、その、すごく、格好良かったです」

「そっか、じゃ、それで行くぜ」

 

 

愛しい人と、二人で。

ふたりで歩く。

 

最後の、夜。