理由
「なんで、アンタみたいな人がオーブにいるんですか」
シンが唸ると、アスランは戸惑ったように首を傾げた。
「シン、あまりそういう物言いは・・・」
「ちゃんと答えてくださいよ！」
少年の勢いに、アスランは口をつぐんで、また、困った。
借りたザクを完全にスクラップにして、再び拾われたミネルバ。
部屋にいてカガリに気遣われるのにも気が塞ぎ、人気がないことを確認して座り込んだラウンジで。
一息つく間もなく捕まってしまった少年に、アスランは深くふかくため息をついた。
「あの、な」
「なんで！」
叫ぶ少年の、真っ赤な瞳。
炎のような彼の気性を、ありありと示したそれに、アスランは束の間、見とれて。
それから。
「・・・ありがとうな、助けてくれて」
礼を言い忘れていたことに気がついて、座ったままで頭をを下げた。
「・・・・・・」
少年は、一瞬、絶句して。
「いえ、あれは、だって」
意味不明に呟いて。
アスランの、藍色の頭を見下ろして、なんだか柔らかそうなそれに、触りたいなぁと思って。
それから。
「・・・・ってアンタ、ヒトの話ぜんぜん聞いてない！！」
やっとそのことに気がついて、地団駄を踏んだ。
「・・・・いや」
アスランも、言われて初めて答えていないことに気がついたのだが。
しかし、その問いに答えるにはひどく気力が要ったので、何とかはぐらかそうと、言葉を探して瞳を瞬かせた。
シンの、白いブーツの先が汚れている。
手入れくらいしろよ、お前。
基本的に、アスラン・ザラという人間は不器用に出来ている。
はぐらかすとか、誤魔化すとか、そういうことには向いていない。
「なんで、アンタみたいな人がオーブにいるんですか」
案の定、何かを思いつく前に重ねて問われてしまう。
そんなこと、正直俺が教えて欲しいよ。
そんな自分を情けなく思いながら、それでもアスランは、何とか口を開いた。
「自分が生まれた国を、なんかとか言うなよ」
「アンタ、ホントに人の話聞いてないだろ！」
「聞いているさ」
俺の話を聞いていないのはお前だろうと、重ねて言っても、今は少年の反発を招くだけだろう。
そう思ってアスランは、重い口で少年への答えを返してやった。
「プラントにいられなくなったから、受け入れてくれるオーブに行った。そう言えば、お前は満足か？」
それは、確かに真実ではあった。
しかし、それを聞いた少年は、なぜだか納得のいかなそうな顔をしている。
それは、心の奥底では、故国に意味を持って欲しいと思っているからか。
それとも、アスラン自身がそれだけではないと思っていることを、敏感に感じ取っているからか。
「あの国で、何か、できることがあると思ったんだ」
どちらにしろ、この言葉は、少年を納得させ。
そうして、失望させるだろうとアスランは思った。
自分の声は深く沈み。
その望みが果たされていないことを、ありありと物語っていたからだ。
しかし。
「アンタ、凄いな」
シンは、真っ直ぐにアスランを見下ろして、そう言った。
「そんないろいろしようとしてて、なんか凄い」
アスラン・ザラと言う名前は、アカデミーでは英雄として語られていた。
連合で一番強かった悪魔のようなＭＳを打ち破った人。
ジェネシスを破壊して、世界を守った人。
シンから見れば、それだけでもう十分じゃないかと思うのに。
それでもまだ、何かをしようなんて。
なんか、凄い。
でも。
「でも、バカだ」
シンがそう言うと、藍色の頭がゆっくりと上がって。
緑の瞳が、シンを見上げた。
それが、とても綺麗なのが。
なんだかとっても、悔しかった。
「あんなとこで、何したって無駄なだけなのに」
そう言うと、少年はくるりときびすを返して。
そうして、軽い足音と共に走り去った。
その後ろ姿を見送って。
アスランは、呆然としていた。
結局、故国を悪く言うなという主張は理解してもらえなかった。
シンは、オーブを悪く言ったままだ。
それなのに。
「はぁ・・・・・」
アスランは、深くふかくため息をつく。
身を折って、膝に額をつける。
自分の言ったことは、結局、シンには伝わらなかった。
それなのに。
『そんないろいろしようとしてて、なんか凄い』
何の成果もあげていない。
結局何もできていない。
そんな自分の行動を、そう言われて。
それが、こんなにも嬉しいなんて。
「どうか、しているな・・・・・」
少年の、深紅の瞳を思い出す。
胸の鼓動が、軽やかに跳ね上がった、その意味を。
アスランが知るのは、もう一度、赤い制服を着てこの船に乗り込んだ、その後のことに、なった。