プレゼントは、君
ドアを開けると、シンがいた。
だからアスランはぽかんと口を開けて。
それから、バタンとドアを閉めてしまった。
何かを作る現場には、基本、納期というものが存在する。
それは兵器だろうが工作機械だろうが、アスランが今作っているおもちゃだろうが同じことで。
アスランは、朝一で試作品を納品して、３日ぶりに家に帰ったところだった。
土壇場の仕様変更はキツかったけれど、あれならきっと、OKが出ると思うんだ。
俺はどうも、方向性を間違いやすいようだから、いろいろ言ってもらえると有り難いし。
でも、直前変更は、できれば、本当に、やめて欲しいんだけれど・・・
そんなことを思いながら、新しいハロの姿形を思いながら、久しぶりのシャワーを浴びて、久しぶりのベッドに入るところだった。
ピンポン、と、玄関のチャイムが鳴った。
アスランは、へこりと首を傾げた。
俺、何か部品頼んでたっけ？
ここのところ、仕事ばかりで趣味で何かを作ることがなかったから、恐らくそれはないと思う。
なら、キラかカガリが何か送って来たか。
アスランはほとんど家にいないから、このタイミングは幸運と言えるだろう。
何にしろ、宅配屋の類だと疑いもせずに、アスランは玄関のドアを開けた。
そうして。
ドアを開けると、シンがいた。
だからアスランはぽかんと口を開けて。
それから、バタンとドアを閉めてしまったのだった。
「〜〜〜〜っ！なんで閉めんですか！！」
おかしい。
ドアの向こうで、シンの声がする。
「開けてくださいってば、てか、開けろ！！」
ぴんぽんぴんぽんとチャイムが鳴り、それからガンガンと壊れそうな勢いでドアが叩かれた。
「なんで閉めんですか！そんなに俺に会いたくないっていうんですか！！」
「・・・・・」
「アンタって人はーーーっ！」
ドアの向こうの声に、泣き声が混じり始めたところで、アスランはやっと、ドアを開けた。
真っ赤な瞳の青年が、涙目になって睨んでいた。
「あまり騒ぐな、近所に迷惑だ」
それでも出た声はふてぶてしくて、シンはもう一声、吠えた。
「アンタが閉めるからでしょうが！」
わんわん響く叫び声。
好きに跳ねた黒い髪。
大人になっても変わらない、きらきら輝く真っ赤な瞳。
「・・・久しぶりだな、シン」
ああ、シンだとやっと現状を把握して、アスランはシンを部屋へと招き入れた。
アスランが、戦争の後始末でまだプラントにいた頃。
シンは、アスランに告白をした。
アスランはただ、「そうか」と答えて。
そうして翌日、何も言わずにオーブ行きのシャトルに乗っていた。
仕事の始末もオーブ居住のための書類も何もかも、すっかり揃っていたことを。
シンは、全く知らなかった。
「お前、運がいいな。さっき帰ってきたところなんだ。いつもだったら仕事に行ってる」
「そう思って会社のほう行っちゃいましたよ。そしたら帰ったって言われて」
「そうか」
アスランはシンにパソコンの前のデスクチェアを勧め、自分は別の部屋から、なんだか油染みだらけの椅子を持ってきて座った。
伸びた藍色の髪が無造作にくくられていて、首筋のあたりで一房落ちかかっているのが艶めかしい。
紺色のパジャマに、眠たそうな目。
これから寝るところだったんだろうと、シンは思った。
その、少しとろりとした緑の瞳をシンに向け、アスランはまるで、何もなかったかのように聞く。
「お前、仕事は？休暇か？」
「今は、一応休暇です」
「そうか」
そう言ったアスランが、どこか遠くを見た。
ただ単に、眠いだけかも知れないけれど、そうではないと確信しているシンは、アスランの視線の向いている窓の外へと目を向けた。
「なんか、キレーになっちゃいましたね」
窓の外の風景に、戦争の傷跡は微塵も見られない。
平和そうな町並みがあるだけだった。
「ああ、復興は早い方だろうな。だから、この仕事でも食べていける」
アスランは、ディスプレイの前にころりと置かれた、ハロのミニチュアを指でつついた。
まだハロ作ってんですかと聞くと、ああ作っていると答が帰ってきた。
当たり前だ。
どっかで見たこの間抜けなフォルムのおかげで、シンはあのおもちゃ会社を割り出して、アスランの居場所を見つけることができたのだから。
ゆらゆらゆらと、ハロが揺れる。
アスランのゆびが、つい、と離れる。
緑の瞳が、物問いたげにシンを写した。
眠たい瞳は、眠たい以上に、困っているように見えた。
だから、シンはさっさと本題に入った。
「俺、ザフト辞めるんです」
「は？」
眠たい瞳が丸くなる。
なんだかとっても、いい気味だった。
「んで、こっちの警備会社で仕事見つけました。モルゲンレーテとか、あと、アンタの会社の警備とか入ってるトコ」
オーブで最大手の警備会社だ。軍や警察の下請けのようなこともやっていて、確かに退官軍人や、戦争の終結で職を失った傭兵が多いと聞いている。
「父さんやアンタみたいに技術者になんのもいいかなって思ったんですけど、退官後５年はダメだって」
「俺はすぐにここに拾ってもらったぞ？」
「アンタは全部が反則でしょうが」
これ言って感想がそれかとシンは呆れた。
呆れたところで、真打ちが来た。
「なんで、やめるんだ？」
緑の瞳が、真摯にシンに向いていた。
眠たそうな色は、もう見えなかった。
「・・・・・」
呆れた後だったから、ちょっとだけ答えが遅れて。
それからシンは、ひとつ息を吸い込んでから、言った。
「アンタに会いたいからに決まってるでしょうが」
「・・・・・」
今度はアスランが黙る番だった。
瞳が、わずかに逸らされる。
「で」
今度はシンが踏み込んだ。
だってここからが、本当の本題なのだ。
「答えが聞きたいんですけど」
「・・・・・」
アスランは答えない。
指先がまたハロに向かい、つつかれたそれはころりころりと転がって、逆さまになって、止まった。
「いっくらアンタでも覚えてますよね。俺がアンタ好きだって言ったこと」
手を伸ばす。
ハロを拾う。
それから。
ためらいがちに、シンを見る。
「俺、すっごい考えたんですよ。会いたくってもまだほいほいザフトがオーブなんか来られなかったし、アンタ連絡先も寄越さないし、だから俺、すっごいいっぱい考えたんですよ」
律儀で真面目で堅物で、そのくせ変に気が良くて間が抜けてる。
こんな人が。
あんなことした理由。
当代一の朴念仁の、大勘違い野郎。
こんな人だから。
こんなことする、理由。
「アンタ、俺のこと好きだっただろ」
「・・・・・・」
沈黙は、図星の証だった。
やっぱりだよこのやろー、と、シンはぼやいた。
この件に関しては、もう怒る気力も失せている。
なんでこんなの好きになっちゃったかな。
たぶん、こんなのだから好きになっちゃったのかな。
自分なんかはシンには似合わないと、そんな思考をしたのだという結論に達するのには、実は結構時間がかかった。
自惚れではないかと検証し、違うだろうと結論し、アスランの居場所を探し、どっかで見たフォルムのおもちゃを見つけ、その会社でどっかで見たような偽名を見つけ。
それで、５年。
俺バカだ。
「で、仕切り直しますけどね」
シンは、しっかりと緑の瞳を見返した。
「俺、アンタのこと好きです。つき合ってください」
アスランは、さらに困ったように瞳を揺らし、それでも往生際悪くもそもそと言った。
「もう５年だぞ」
「ええ５年ですよ、ふざけんな」
「５年もしたら、普通他のとつき合ってたりするとは思わなかったのか」
「アンタそんなに器用じゃないし」
畳みかけるように答えたシンに。
アスランはもう一度、噛みしめるように言った。
「もう、５年だぞ」
５年で、アスランだっていろいろあったのだ。
きっと、シンにとってはもっといろいろあっただろう。
「忘れろよ、お前」
忘れられるだけのいろいろが、きっとあったはずなのに。
「忘れられんですか、アンタは」
そう言うシンは、今、アスランの目の前で。
変わらない膨れ面を晒している。
「いーかげん折れろ」
膨れながら、そう、乱暴に背中を押してくれる。
「・・・折れて、いいのか？」
アスランの声が、少しだけ滲んだ。
それでも堪えてしまう、強さよりも不器用さが、シンは大好きだと思った。
「お前を好きで、いいのか？」
５年ぶりに見たシンは、ほんの少しだけ格好良くなっていた。
そうして５年前と同じように、髪の毛跳ねてて乱暴者で、すぐに怒鳴ってすぐ涙目になって。
やっぱり、好きなのだと。
そう、実感する。
「やったぁ！」
シンはたちまち笑顔になって、まるで小さな子供のようにアスランに飛びついた。
突然訪れたぬくもりに、アスランの頭はくらくらした。
しかも。
「じゃあ」
そう言ってシンは、鞄の中ををごそごそ漁り、小さなケースを取り出して。
「誕生日おめでとうございます、アスランさん」
そう言って、銀色の指輪をつまみ出した。
そこで初めてアスランは、今日が誕生日だったことを思い出した。
「よく、覚えてたな」
自分でも忘れていたのに。
「あったり前ですよ」
そう言って胸を張るシンの手から、指輪を受け取る。
受け取って、くすりと笑う。
「お前これ、サイズ合わないぞ」
中指にはめると、くるりと回る。
男の指にも大きいって、どれだけ大きく作ったんだ。
「あー、やっぱり？でもアンタこれ、合わせられんじゃないですか？」
ああなるほどとアスランは思った。
直すことが前提だから、大きめに作ったのか。
「いじるのがもったいないからいい。どうせしないし」
「なんでですかしてくださいよ」
むくれるシンの目の前で。
くるり、くるりと指輪を回す。
「俺の仕事知ってるだろ。危ないからできないよ」
「ちぇー」
確かに、工作機械をよく使う仕事では、指輪は危ないかも知れないけれど。
そう思ったシンは、ふと気づいて顔を上げた。
「・・・いじるの、もったいない？」
「ああ」
アスランはこくりと頷いた。
とても愛おしそうに、回る指輪を見つめながら。
「じゃあ、いいや」
そう言うと、今度はシンを見てくれた。
一番欲しかったものを、誕生日プレゼントにもらってしまったアスランは。
とてもとても、綺麗に笑っていた。
だからシンは、ホントにいいやってことにして。
５年越しのキスは、長い時間がかかった分、とてもとても、甘かった。