prisoner
「君には、失望させられたよ」
冷酷な声に、アスランは無理やりに顔を上げ、男を睨んだ。
明かりの落とされた執務室。
その床に、レイに撃たれた傷に簡単な止血をされただけで、アスランは後ろ手に拘束され、転がされていた。
足も同様に拘束され、その側に立ったレイが、自動小銃の銃口を、暗い色に沈んだ頭に押し付けている。
絶望的な状況の中、それでもぎらつく緑の瞳を、ギルバートは台詞とは裏腹に、実に楽しそうに見下ろしていた。
脱走に失敗し、拘束されたアスランは、保安部ではなく、議長が使っている執務室に連れて来られた。
その時点で、アスランは自分が脱走兵として、軍規によって正当に裁かれることがないことを知っていたけれど。
「メイリン、は・・・・」
それでも、巻き込んだ彼女が心配で、アスランはかすれた声を絞り出す。
「ああ、彼女は解放したよ」
それを聞いて、あからさまに安堵したアスランに、レイが侮蔑の視線を向けた。
彼女を盾に取って言うことを聞かせる方法もあったが、それで一時屈服させても、彼はまた同じことを繰り返すだろう。
そう、この子は、奇妙なところで馬鹿なのだ。
「君は・・・もう少し、利口だと思っていたのだがね」
ギルバートの言葉に、アスランよりもレイが反応した。
銃の先で頭を強く突かれ、アスランの顎が床に落ちる。
「っ・・・」
しかめられた秀麗な頬が、男の嗜虐心を煽る。
「レイ、そう苛めるものではないよ」
「しかし、ギル」
言い返そうとして、しかし反抗を許さずに育てた子供は、口を閉ざした。
そう。
恐らく、ザラ元議長も、こういう子供を育てようとしたのだろう。
しかし、それは失敗し。
そうして、ギルバートも失敗したのだ。
この生き物を、飼い馴らすことに。
「うん。君の言いたいことはわかるよ、レイ」
言いさして、笑ってやって。
少年の表情が緩んだところを見計らってから。
「しかし・・・そうだな、君は少し、席を外しておいてくれ」
「ギル、危険です」
すぐさま必死な顔をする、可愛いレイ。
ギルバートの愛玩動物（ペット）。
「大丈夫だよ。君がちゃんと拘束してくれただろう。・・・しかしそうだね。心配ならば、足も動かなくしておいてくれ。それなら安心できるだろう？」
アスランの足は、既に膝と足首のところを、拘束索で括られている。
その上で、動かなくするということは。
「はい、ギル」
レイは、銃口をアスランの頭から、右足の腿へと移した。
引き金を引く指に、微塵の躊躇もなく。
ただ、銃声とアスランの苦痛の声とが、静かな部屋にこだまする。
「ぐぁ・・・っ」
びくんと跳ねた体を見下ろして、銃を下ろし、敬礼をしたレイに、ギルバートは軽くキスをしてやった。
とたん、嬉しそうに表情を緩めたレイは、それでも気を取り直し、きちんと敬礼をして出て行った。
「・・・・さて」
ギルバートは倒れたままの哀れな獲物を見下ろした。
放浪癖のある野良猫も、こうしてやれば出て行くことなどできまい。
後は、傷が癒えるまで、ゆっくりと、時間をかけて飼い馴らしてやればいい。
「君はやはり、最初からこうしてあげた方が良かったかな」
新たな傷に呻く青年の髪を掴み、わずかに涙を浮かべた瞳をのぞき込む。
その目はすぐさまギルバートを睨み返し、彼を満足させた。
「すまないね。私も、ここまでする気はなかったのだが」
この場で、猫撫で声が逆効果なことは、よく知っている。
だからギルバートは、ことさら甘い声を出してみせた。
「あなたは・・・っ、何故・・・・」
絞り出された声を心地良く聞き、しかしその先がないことを嘲い。
ギルバートは、噛み締められた唇に軽くキスをして、見開かれた瞳を愉しんだ。
彼の唇は、レイのものよりも熱く、そしてほろ苦い。
「何を驚くことがあるのかな。人を飼い馴らす方法としては、昔からよくされて来たことだと思うんだがね」
「・・・・っ！」
ギルバートの下でもがいたアスランは、しかしすぐに息を詰めて体を硬直させた。当たり前だ。貫通こそしているが、手足に弾傷を負っているのだ。
手当てされない傷からこぼれた血が、床をしとどに濡らしている。
いくらコーディネイターとはいえ、普通ならばとうに限界のはずだが、ギルバートの見込んだ猫は、嬉しいほどに強靭だった。
「大人しくしていなさい。そうすれば手当てしてやろう。・・・・後でね」
「何故・・・・なぜ、こんなことをするんです。あなたは」
この期に及んで、問いかけるアスラン。
「こんんな、ことをしても。俺はもう、あなたの言いなりにはならない・・・わかって、いるはずです」
見上げるアスランの、緑の瞳。
「あなたは、何が目的なんですか」
ぎらぎら光る、野良猫の瞳。
それに、橙の目を細め。
「さしあたっては、君かな」
ギルバートは、彼の赤い軍服の襟元を緩めてやる。
「名も、力も」
そして体も、綺麗な瞳も。
「やはり、捨ててしまうには惜しいものだよ」
「や、めっ・・・・うぁっ！」
うつ伏せていた体を返し、下敷きになった傷の痛みに気を取られている隙に、ギルバートは開いてしまった上着の中へ手を差し込み、薄いアンダーを喉元まで掴み上げた。
「うん。やはり、君は美しいね」
鍛え上げられた戦士の体。
ひたすら実戦のために付けられた筋肉の上を、滑らかな皮膚が覆い、所々に残った傷が、ことのほかセクシーに映る。
「やめて、ください・・・っ」
この期に及んで敬語のままのアスランが滑稽で、可笑しい。
そう思ったまま笑い、ギルバートは膝の拘束索だけを外し、そうして赤いスラックスをアンダーごと膝下まで引きずり下ろした。
「っ・・・・」
「もしかして、使ったことがないのかい？綺麗な色だね」
アスランの頬に、涙が一筋こぼれていたのは、痛みのせいか、それとも羞恥のせいだろうか。
しかしそれも、もはやギルバートを楽しませるものでしかない。
それでも必死にもがいたアスランは、ソレを長い指で握られて、再び身を硬くした。
「流石に反応はなし、か。仕方がないね」
ギルバートは一度、アスランから離れ、執務机へ向かう。
その隙に、痛みをこらえて何とか起き上がったアスランは、しかしすぐに足の傷を踏みつけられ、再び床に沈められた。
「油断も隙もないね、君は」
ギルバートが持ってきたものは、銀色に光る錠剤のシートだった。
痛みに喘いでいたアスランは、それを見てきつく口を閉じる。
その様子を見て、「仕方がないね」、と呟いて。
「しかしね、こちらの口からでもいいんだよ、これは」
そう言うと、うつ伏せて転がったアスランの腰を掴み、引き上げて、まるで、そこを突き出すような酷い格好をさせた。
そうして。
硬い肉をかき分けて、固い蕾の中へ。
その小さな錠剤をこじ入れてしまう。
「やめて・・・下さいっ！」
「おや、こっちも初めてか。これは調教のし甲斐があるね」
「やっ・・・あ・・・・」
今の、彼なりの必死の抵抗なのだろうが、足掻く姿は弱々しい。
当たり前だ。たとえコーディネイターといえど、腕と足を打ちぬかれ、失血しながらこうも動ける方が異常なのだ。
「大人しく、していなさい。そうしないと・・・」
ギルバートは、ぐい、と縛られたアスランの片腕を掴んだ。
レイに打ち抜かれた左腕を。
「ぐあっ・・・」
「二度と、戦えない体にしてしまうよ？」
それは、脅しではない。挑発の言葉だ。
案の定、弱々しく伏せられていた緑の瞳が、強い力を取り戻し、きつくギルバートを睨み据えた。
そう、獲物は生きが良いものに限る。
ギルバートは「しかたがないね」といかにも残念そうに呟いて、傷ついた腕を掴んだ手に力を込めた。
「・・・っ・・・・」
そうして、声をこらえ、歯を食いしばったアスランが、シーツに顔を埋めた隙に、剥き出しにされたままの放り出されていた腰に、また、指を伸ばした。
「っ・・・・く・・・・」
「うん。溶けてきたね。どうだい？少し、違ってきただろう？」
ギルバートの指は、アスランのそこに無遠慮に入り込み、溶け残った錠剤を、その先でずりりと無垢な襞に擦り付けた。
それを必死で堪えていたアスランは、指を更に奥までこじ入れられ、それがある一点を通った時に、不意に信じられないような声を上げた。
「・・・・・・・・・あっ」
「ああ、ここだね」
「な・・・んっ、ふ、うっ」
薬を入れられてから、そこが熱くなっていたことは確かだった。
しかし、手足の痛みに気を取られていたせいか、それ以上のものは感じずに済んでいたのに。
ギルバートの指は、そんなアスランの体を、いとも簡単に堕としてしまう。
「ん・・・あっ、ぐ、うぅ・・・」
信じられない場所から湧き上がる、信じられない感覚に、アスランはいっそう体をのたうたせ、シーツを噛んで声を堪えた。
ここで。
ここで堕ちて、たまるか。
体も、命も。既に彼の手の内だ。
しかし、せめて矜持だけは。
最期まで、手放して、たまるか。
そんな青年の胸のうちが手に取るようにわかり、ギルバートは満足そうに笑って、傷を掴み締めた手を離した。
手の平には、べったりと粘度の高い液体が張り付いている。
その手を彼の頬で拭い、首を振って嫌がるさまを楽しんで。それからギルバートはその手で彼の前に軽く触れた。
「っ・・・・！」
たったそれだけのことで、アスランは身をよじり、恐らく起き上がろうとしているのだろう。横倒しになった体を激しく揺する。
ああ、本当に無垢なのだね、と思うと、可愛らしくて、可笑しくて。
笑いが、止まらない。
「やめなさい。無駄なことだよ。・・・ほら、イイだろう？」
「・・・・ぁ・・・・っ」
ちゃんと握ってやれば、びくんと震える若い体。
同時にきゅう、と締まった後ろには、もう固い錠剤の感触は残っていない。
小さいけれどもよく効く薬だ。その証拠に、初めてだというのに、その場所はもうだいぶ熟れた風情でギルバートの指を包んでいる。
その肉が、アスランが動くたびに、ひくり、ひくりとさざめき、締め付け、うごめいて。
やがて、アスラン自身の様子も、徐々に変わってくる。
痛みにのたうつ体は、ほの赤く染まり。
無駄に足掻く動きには、くねるような仕草が加わる。
苦痛の声にも、甘い響き。それを押し殺す様にさえ、情を誘う艶がある。
「く・・・ぅ・・・・」
「ああ、だいぶよくなってきたね」
本当は、もっと焦らして感じさせてやれば良いのだけれど。
ギルバートは、出血を続ける足の傷を検分する。
腕の傷は、簡単な止血でもう血は止まりかけている。
まさに軍用と言っていいだろう、強靭な体。
しかし、それもそろそろ限界だろう。
ギルバートとて、彼を殺してしまうつもりは毛頭ないのだから。
腕はそのままに、足首の拘束を解いてやる。
それと同時に蹴ろうと跳ねる足はさすがだが、しかしそれはもう、ギルバートも軽くいなせるほどの、力ないものになっていた。
「ふ・・・あ、あなたは・・・」
それでも、気丈に声を振り絞るアスラン。
彼は、そんな様子がそんなに男を煽るかを知らない。
「何故、と言うなら、もう答えただろう？」
長い、しなやかな脚を、大きく広げさせる。
傷ついた左足が、ふるふると震えている。
傷の痛みと、恥ずかしい場所を曝される羞恥に、アスランはくっと息を詰めた。
その唇を、彼の血で染まった指でなぞり、ギルバートは、ことさらやさしい声を出す。
自分でも滑稽だと思うほど、嘘臭い声だった。
「息は、詰めないほうが良い・・・力を抜いて、楽にしなさい。でないと、辛いよ？」
何が起こるのかを察したアスランは、いっそう身を硬くした。
それなのに、なぜか腰がゆるりと動く。
無垢なはずの場所が、ギルバートを欲しがって、蠢く。
それをなだめてやるように、ギルバートは既に猛っていたものを取り出し、彼のそこに与えてやった。
「つ、ぐぅ・・・・っ」
薬を使われ、随分と丁寧に慣らしてやったはずの場所は、しかし初めて受け入れる男を恐れるように一度拒み、それでも力を込めてやれば。
「あ・・・っ、く、は、ぁ・・・・・っ」
「うん。いい子だね」
彼はずるりとギルバートを飲み込み、初めて迎え入れた男を、戸惑うように締め付けた。
初めてなされた挿入に、しかし前のものは萎えることがない。
思ったよりも、ずっと素直な体だ。
よく仕込んでやれば、極上の愛人になるだろう。
「やっ、く、うぅ・・っ」
それにしばらくは、慣れない風情を楽しむのも良い。
体の奥の奥までを、他の男に占められながら、それでも必死に首を振って耐えるさまは、ギルバートの中の雄を、十分に満足させるものだった。
腰を引けば、泣くような声が喉の奥で響き、押し入れば、やはり、くぅ、と、喉が鳴った。
噛み締められた唇からは血があふれ、唇を赤く染めてから、ギルバートの汚した頬の血と交じり合って、凄惨な艶をかもし出している。
ああ、ほんとうに。
君は、うつくしいね。
何度も何度も責め上げながら、熱くなっていく体の中。
唯一冷えたままの頭で、のたうつ彼の限界を、経験則で計り取る。
もう、声を堪える気力さえないのか、小さな声ですすり泣きだしたのを見はからい、前を弄る指に力を込めて。
「っん・・っ、くっ」
初めて、他人と交わった末の遂情は、恐らく彼には一番辛いものだったのだろう。
ただ細い声をひとつ上げ、そうして囚われの青年は、とうとう意識を手放した。
アスランが目を覚ました時、もう、誰も側にはいなかった。
それを気配で確認し、ゆっくりと、目を、開く。
そこは相変わらず薄暗く、そうして貧血を起こしているアスランにとって、視界はなお暗かった。
自分の体を確認する。左腕と、右足。傷と、その少し体幹近くに圧迫感。傷は、手当てされているのだろう。
しかし、今自分が纏っているのは血を吸った軍服のままだ。生地が肌に張り付く感覚・・・一応、また、着せてくれたらしい。
何をされたかを思い出せば、また、涙が出てきそうだった。
だから、必死に思考を他へと巡らせる。
そう、今はそんなことを考えている場合じゃない。
アスランは、痛む頭を無理やり上げて、
ゆるりと頭をめぐらせた。
薄暗いので執務室かと思ったが、ここはそうではないらしい。
入ったことはないが、基地の見取り図はだいたい頭に入っている。ここは恐らく、執務室の隣の、控えの間だ。
それならば。
左を向く。左腕に体重がかかったが、もう麻痺しているのか、不思議と痛みは感じなかった。
闇の中で、ぼうっと浮かび上がる窓。
幸いなことに、シャッターは下りていない。
血が足りない。少し動いただけで、吐きそうなほどに気持ちが悪い。左足は痺れたようで、動くかどうかわからない。
それでも。
ぐい、と腹筋に力を入れると、腰と、蹂躙し尽くされた場所と、それから、麻痺したと思っていた傷が、ズキズキと痛んだ。
殺すつもりはないと議長は言った。
しかし、ここであんなふうに飼い殺されるのなら。
することはひとつだ。
アスランは、初めて人を殺してから、死ぬことを怖いと思ったことはないのだから。
左足一本でも、何とか立つことは出来る。歩くことは出来なくても、進むことはかろうじて出来た。
片足で跳ねるたびに、体中に衝撃が走ったけれど、それでもなんとか窓までたどり着き、アスランはそこから下を見下ろした。
この執務室は三階だ。しかし、下は植え込みになっていた。
窓の桟は、腹の高さまである。この体で、足から下りるのは難しいだろう。
落ちるなら、使えない左肩からだな。
そう決めて。
アスランは、ひとつ飛び上がり、体ごと突っ込んで窓を割った。
そのまま無理やり、桟を超える。
ガラスの破片が皮膚を切り裂く痛みは鮮明で、しかし、落ちた衝撃は妙に遠かった。
一瞬気が遠くなり、しかしすぐに持ち直す。とたん、遠かった痛みが体中を駆け抜けた。
幸い命は無事だったが、恐らく肩は砕けただろう。
植え込みの枝が折れて、背中に刺さった。しかしその枝がクッションになり、おかげで頭は無事だった。
無事というよりは、無様。
それでもまだ、体は動く。
動くからには、逃げなくては。
何とか起き上がろうとするけれども、背中に刺さった枝が抜けない。
じたじたと暴れていると、人の足音が聞こえてきた。当たり前だ。窓を割った音は、警備兵の耳のも届いただろう。
もう終りか。
本当に、無様だ。
しかし。
「動くな。傷が広がる」
聞こえた声には、なぜか警戒心が湧かなかった。
理由を考える間もなく、体の中から、ずるりと何かが出て行く。
それは、アレが出て行く時に、似て。
「う、ぁ・・・」
一瞬パニックを起こしかけ、しかし掛けられた声に、なんとか冷静さを取り戻した。
「私だ。わかるか」
「キサカ、一佐・・・」
アスランを覗き込んでいたのは、オーブの軍人、レドニル・キサカ一佐だった。
今は連合の軍服を着ている。
潜入、という言葉が浮かんで、アスランはふるふると首を振った。
「ここにいては、いけない。貴方の仕事が・・・・」
せっかく潜入したのに、こんなところで捕まってしまっては元も子もない。
しかしキサカはアスランを抱え込むと、大きな体に似合わぬ素早さで、物陰から物陰へ移動していった。
「しかし、君をここで見殺しにしては、私がカガリ様に恨まれるだろう」
後ろから、何事か叫び声が聞こえた。
やっと、警備兵が到着したらしい。
アスランにとっては長い時間だったが、彼が窓を割ってから、さして時間など経ってはいないのだ。
「すみま、せん・・・」
アスランには、そう言うことが精一杯だった。
キサカにこれ以上、負担をかけないように大人しく体の力を抜くと、不意に涙がこぼれてきた。
「・・・・・くっ」
痛かった。
体中、こころ中が痛かった。
「脱出でき次第、手当てしてやる。それまで・・・頑張れ」
「はい・・・」
救出者の腕に抱かれ、アスランは基地を振り返る。
ザフトの基地を振り返る。
そこは、やはり薄暗く。
アスランは、ぎゅっと目を閉じた。
血を吸った赤い軍服が、ひどく、重かった。