「十兵衛､誕生日おめでとう」

珍しく大きな紙袋をいくつも持った花月がそう言って部屋に現れるまで､十兵衛は、そのことをすっかり失念していた。

もともと､自分の生まれ日など知らない者も多い無限城である。

昨年は､姉に言われて気が付いたのだが・・・

「ああ」

思わず､幸せをかみしめる。

「はい、プレゼント。そのシャツ､裾ぼろぼろだろう？あと、ジャケットと靴下と・・・あ、俊樹！」

その様子を少し羨ましげに眺めた後､気を利かせて立ち去ろうとした俊樹は、しかし花月に呼び止められて立ち止まった。

「君の靴､かかと減ってない？」

続いて出てきたのは大手靴メーカーの箱だった。

俊樹は呆然と振り返り､十兵衛はむっつりと押し黙る。

「サイズ合ってると思うんだけど。履いてみて」

「あ、ああ、すまない」

「あと、朔羅さんにこれ渡してくれるかな。ブラウスなんだけど。それから､マクベス成長期だよね・・・」

次々に衣類や小物を取り出してご機嫌な花月は、恨めしげな十兵衛に気付かぬふりで､「つい、いろいろ買ってしまって」などと笑っている。

「わかった。渡しておく」

「うん、お願い」

意味ありげな花月の視線。いつもよりも更に女性らしい仕草。

ああ、お願い､か。

聡い自分が恨めしい。が、花月の気遣いはやっぱり嬉しい。

ああ畜生､花月にもらった靴なんか、大事すぎて履けるかな・・・

俊樹は渡された袋を抱えて､今度こそその場を立ち去った。

「花月」

「怒らないでよ」

「怒ってなど・・・」

「ごめんてば」

十兵衛に向き直った花月は、ぽん、と十兵衛に体ごと預けた。

もちろん十兵衛は、それをきちんと受け止める。

「だってさ。俊樹の靴減ってるとか、朔羅さん買い物してる暇ないだろうなとか、マクベスまた背が伸びたなーとか・・・どうしても､考えてしまうんだよね」

「・・・わかっている」

仲間思いで、よく気の付く花月のことだ。恐らくこの勢いで、雷帝達の面倒まで見ているに違いない。

そんな気性ごと愛しているのなら､これくらいで腹を立ててどうする。

落ち着け自分。

「だからさ、追加でプレゼント。僕じゃだめかい？」

どうにか気を静めた十兵衛の心拍数を、しかし花月は一遍に上げた。

「今日は君の好きなようにしていいよ。いっぱいご奉仕してあげる。上乗るかい？あんまり動けないかもしれないけど・・・」

艶めいた花月の声に､くらくらする。

腕の中の体が､ただ慈しみ守るべきものではなく､快楽を共にするパートナーであることをリアルに感じ、欲望にスイッチが入る。

「おめでとう、十兵衛。大好きだよ」

ひんやりとした手のひらが十兵衛の頬を包んで、柔らかな唇が十兵衛のそれに触れた。

甘い体臭に混じる､伽羅の匂い。

幽玄の香は、視覚を持たない十兵衛のための装いだと知れた。

「何よりの贈り物だ」

大事な体をそっと抱き上げ､軋むベッドに下ろしながら言う。

「そう言ってくれると、嬉しいな」

軽いキスを繰り返しながら､たくし上げたシャツを首から抜く。

現れた肌の白さはわからないが､感じる場所は良くわかる。

首筋､鎖骨､胸の頂き。端から順にキスをしつつ、波打つ腰を抱いて、そこをあらわにするタイミングを計る。

そうやって、優しい快楽に浸って､緩やかに上り詰めるセックスが好きなのだと知っている。

しかし急に､花月ががばりと起き上がって十兵衛の頭を引き剥がした。

「・・・っ、ちょっと、待って」

「なんだ？」

水を差された形になっても、十兵衛は手を止めずに背筋を撫ぜ上げる。

ぞくぞくと這い上がる快感を堪え､花月はことさらきつい声を出した。

「これじゃ、いつもと同じじゃないか。僕は君に､プレゼントしたいんだよ？」

だからいつもと同じじゃダメ。

そう真剣に訴える花月の視線を見えない瞼裏に感じ､十兵衛は思わず破顔した。

「わかった、もらおう。・・・だから、大人しくしていろ」

顔を寄せて、ほんのりと熱を持った耳元でささやく。

唇に触れた耳朶が更に熱くなり､いつの間にか縋るかたちになっていた花月の指が、ふる、と震えた。

「あ、うん・・・」

急に弱くなった声が可愛らしい。

「好きにしていいんだな？」

「うん・・・十兵衛のいいように､して。僕は今日､全部､十兵衛のものだよ・・・」

甘く甘く蕩ける声。

それをこぼした唇を軽く舐めてから、ベルトに指を掛け､手早く下肢をあらわにする。

常ならば、その匂いたつ肌を存分に愛してから触れるはずの象徴に指先だけで触れ､十兵衛は一息にそれを咥えた。

「はんっ」

慣れない急な愛撫に、悲鳴のような声が上がる。

敏感な花芯を肉厚の舌にたっぷりと舐られ、急速に追い上げられた花月は、十兵衛の髪を掴み締めてあっという間に達してしまった。

「あ、あぁ・・・」

「旨い、な」

滴る雫を舐めつくし、しなやかな脚を抱え上げてその奥の蕾まで舌を伸ばす。

「やだ、そこ、だめ・・・」

「好きにしていいんだろう」

お前の言い出したことだ､と、反論も抵抗も封じ込め､十兵衛は慎ましやかに閉じた蕾を舌先で花開かせる。

「はん・・・」

めったにさせない恥ずかしい愛撫に仕方なく身を任せ、大人しくそれに感じ入る花月に十兵衛の欲が募る。

熱い襞を舌の届く限り舐め尽くし、抱えた脚がひくひくと震えるのを楽しんでから、十兵衛は濡れた音を立てて舌を抜き取った。

秘められるべき場所を、余すところなく十兵衛の前に曝し、甘い吐息をつく花月。

その淫らな様を極めるように、熱く猛った自身を取り出す。

いつもならば、もっとゆっくりと時間を掛けて慣らしてからでなければされない行為。

花月は身を捩って逃れようとしたが、十兵衛の手に簡単に押さえ込まれ、ひと息に奥まで貫かれた。

「あっ、やぁんっ・・・じゅうべ・・・」

「痛くは、ないはずだ・・・気持ちいいだろう？」

十兵衛の言うとおりだった。

蕩けきらないままに刺し貫かれた場所は、肉の擦れる感覚を、いつもより生々しく花月に伝えるのだ。

「あ、あぁ・・・・・あん・・・ああんっ・・・・」

素直に喘ぎ出した花月の胸が、淫らな吐息に上下する。

豊かな膨らみこそないが、吸い付くような肌理を持つそこを大きく手のひらで撫で回し、その頂が立ち上がったところで、唇を近づけて食んだ。

「あんん・・・」

甘く喘いだ花月の、先ほど達したばかりの象徴もまた、立ち上がりかけている。

すかさず捕らえられて、腰の動きに合わせて扱き上げられ、花月は大きく首を打ち振るって悶えた。

こんな十兵衛は知らない。

彼との行為はいつも、穏やかで、緩やかで。

こんな、すべてを浚われるようなセックス、知らない・・・・

「じゅう、べぇ・・・・」

どんどんピッチを上げていく十兵衛の腕の中、花月は快楽に啼きながらその名を呼んだ。

「花月・・・」

熱く囁いた唇に、食べられてしまいそうなキスをされて、こらえきれずに再び達してしまって。

息つく間もなく後ろを責め上げられ、また、啼いて。

その夜花月は、際限のない快楽に啼かされ続けた。

十兵衛の膝にくったり胸を預け、半分ずり落ちた花月の頭を、大きな手のひらがさらさらと撫でている。

「好きにしていいって・・・言ったけど、そうなんだけど何か違うよ十兵衛・・・・」

もそもそと、抗議とも愚痴ともつかないことを呟いている花月に首を傾げ、十兵衛は真顔で問いかけた。

「気持ちよかったのではないか？」

とたんに真っ赤になった花月は、そこからがばりと起き上がろうとして、腰が砕けて失敗した。

快楽のリズムを刻まれ続けたそこは、立ち直るのに随分と時間がかかりそうだ。

「僕が気持ちよくてどうするんだい。十兵衛の誕生日なのに」

拗ねたような花月の声に、思わず笑みがこぼれる。

「お前が、我を忘れて俺に溺れる様を堪能させてもらった。またとない物をもらったと思うが・・・」

恥ずかしげのない十兵衛の言葉に、花月もくすりと笑って逞しい腿に頬をすり寄せた。

「もう・・・クセになったら、責任とってくれるんだろうね？」

「望むところだ」

くすくすと笑い合って、キスをして。

「そうだ十兵衛、石鹸も買ってきたんだ」

「なら、それで洗ってやる」

「うんv」

また、キスをして。

今日のこの日を、君と祝えることに、感謝を。