POP STAR

「俺が、あんたを幸せにしてあげますからね！」
ぎゅっと手を握って、大声でそう言われて。
アスランは正直、少し、引いた。

休日のコーヒーショップ。
二人の前には、コーヒーとサンドイッチと、さっき見てきた映画のパンフレットが、乱雑に置かれている。
傍から見ると、仲の良い先輩後輩といったところなのだが、シンの言動がそれらをすべてブチ壊す。
「お前は・・・本当にいつも唐突だなぁ・・・・」
「なんですかそれ！嬉しくないんですか！？」
「いや・・・・・」
嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて。
えっと、なんかこう。
「お前、元気だな」
「なんですかそれーー！」
的外れな答えにキレた少年を、アスランはばこんと殴る。
「店の中で大声出すな。迷惑だろう」
「だって・・・・」
涙目のシンは、それでもアスランの手を握ったままだ。
「俺、あんたのこと大好きなのに」
「・・・わかってるよ」
アスランは心持ち赤くなって、さっき殴った頭をやさしく撫でてやった。
「わかってるから、大人しくしてろ。・・・食えよ」
「はぁい」
シンが、サンドイッチで口を塞いだのを見て、アスランはほっと息をつく。
心なしか、周囲の視線が痛いのは、自意識過剰のせいだと思いたかった。



普通のデートがしたい、とねだられて、久しぶりに映画に行った。
はしゃぎまわるシンは、いつもの３倍可愛くて、いつもの１０倍うるさい。
しかも、ところかまわずさっきのように大声を上げて、抱きついて、キスもして・・・今日殴ったのは、さっきのでもう６回目だ。
それでも懲りずにはしゃぐシンは、あっという間にサンドイッチを食い尽くし、ずるずるとコーヒーをすすっていた。
「これも食べるか？」
「ありがとうございます！」
なんだか物足りなそうに見えて、アスランが自分のサンドイッチを半分やると、シンは本当に嬉しそうに礼を言って、それを一瞬で平らげた。
コーヒーショップじゃなくて、もっとちゃんと食事が出来るところ所に入れば良かったなぁとアスランは思い。
しかし、これから確実に押しかけられるだろう家に、シンのために作ったカレーが用意してあるのだから、仕方がないと諦めて。
残ったサンドイッチを食べながら、アスランはそわそわし出したシンの言葉を待った。
「あ、あの。今日、あんたん家行っていい？」
ほら、来た。
「ああ、かまわないから。・・・もう大声出すなよ」
「やーったぁ！」
叫んだシンに、テーブル越しに飛びつかれて。
アスランは、今日７度目の鉄拳制裁を下した。



シンの恋人は、キレイで強くて格好よくて優しくて。でも少し間抜けで、すぐに手が出る。
それでも、シンをぶん殴るその人の手は、いつもさびしかったシンを抱きしめてくれた手だから。
その手も、シンはやっぱり大好きで。
「こぼすなよ。子供じゃないんだから」
顎に垂れたカレーを、つい、と拭ってくれる手。
その人が、呆れたように笑うだけで、シンはアスランの事が、もっともっと好きになる。
もっともっと、好きになって欲しいと、思う。
「アスランさん！」
「こら！キスは食い終ってからだ！カレーつけるな！」
「はい！」
じゃ、終わったらキスしていいんだ！
思ったシンは、またがつがつとカレーライスを食べ始めた。
アスランがこうやって料理を覚えたのは、シンのためだと知っている。
「これしかできない」というカレーは、たぶん、正確無比に、カレールウの箱に描いてあるレシピ通りに作られたもので。
シンの母さんが作ってくれたものと、そんなに変わらなくて、おいしい。
「お代わり、いるか？」
言われて、頷くと。
皿を取り上げざま、頬っぺたにキスされた。
不意を突かれて呆然としたシンに、くすりと笑ったアスランは、自分の頬を指差して。
「ついてるぞ」
慌てて頬をこすっても、残っているのはかすかに濡れた感触だけ。
思わず赤くなったシンを、楽しそうに見下ろしてから。
アスランは、カレーを大盛りに盛ってくれた。



ベッドの中でも、シンの恋人はシンを夢中にさせてくれる。
熱くて気持ちのいい肌と、熱くて気持ちのいい中と、それから熱くて気持ちのいい腕が。
ギュッっと、抱きしめてくれて。
もっと、ずっと繋がっていたかったけれど、あまりしつこくすると、また、殴られてしまうから。
ゆっくりと、その中から抜き出すと、アスランは小さく色づいた声を漏らしてから、甘く濡れた翠の瞳でシンを見上げて。
それから、笑って大きく息をついた。
満足そうな、ため息。
「気持ちよかったですか？」
「・・・・ああ」
頷くアスランが、あんまり可愛かったから。
シンは思わずギューッと、淫らな熱の残る愛しい体を抱きしめてしまった。
そうして。
「俺が、あんたを幸せにしてあげますからね！」
再び、そう宣言する少年に、アスランは幾度か瞬いて。
「そう意気込むなよ」
また、そんな的外れな答えを返す。
「あんたって人はーーー！」
キレたシンは、がばりとその人に圧し掛かった。
もう一回ヤってやる！
そう思ったものの、アスランの瞳がどこか呆れたような、でも酷くやさしい色をして『しょうがないなぁ』と、物語っていて。
シンの意気地をみるみるうちに溶かしてしまった。
「だって！」
ここで、何も言わずにただシたら、アスランはきっと、またやさしく抱きしめてくれる。
でも、シンの言いたいことは欠片もわかってくれないから。
「だって、あんたが俺を幸せにしてくれたんだから、俺があんたを幸せにしてあげなくちゃ！」
そう叫んだシンに。
アスランは、納得が言ったように頷いた。
「なるほどな」
「何がなるほどなんですか！」
シンはもう半泣きだ。
「いや・・・・」
アスランは、火照ったシンの頬をぺたぺたと触り、そうしてふんわりと微笑んだ。
見ているシンまで幸せになって、思わず口元が緩むような笑みだった。
「お前はそう言うけどな。俺は、・・・・俺が、お前を幸せにしたいんだ」
ぺたぺたぺた。
アスランの気持ちのいい手のひらが、シンの頬を撫で回す。
その手のひらが、やがてきっちりとシンの両頬を包み込んで。
引き寄せて。
触れた唇は、たまらない幸福の味。
「お前が幸せなら、俺は幸せだよ」
少し離れて、息を継いで。
その隙に、囁かれた言葉に。
シンは、何故だか涙が出た。
「ずるいですよ・・・・」
「そうか？」
「そうです」
だって、シンが。
「俺が先に言ったのに・・・・」
「そうだったな」
また、引き寄せられて。
深い深い、幸せのキス。
それを、たっぷり堪能し。

「・・・・すいません。やっぱもう一回したい」
「ああ、いいぞ。・・・俺もしたい」

ギュッっと、抱きしめる腕にはきっと、魔法が掛かっている。
二人を、幸せにする魔法。
二人で、幸せになる、魔法。

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