オヤスミ。
藍色の耳の先が、ひこんひこんと時々動く。
長いしっぽは、中ほどからがぱたんぱたんとソファを叩いて。
ノートパソコンに向かった猫は、時折手元の紙切れに目を落としながら、かたかたとキーボードを叩いていく。
でも、すぐにその手は止まって。
ソファの向こうから飛び掛ってきた、金色の子猫をはっしと捕まえた。
飛び掛り方は、狩り仕様だ。
たぶん、本能の中に入っている野生の動作。
「カガリ、そろそろ寝る時間じゃないのか？」
少し前にお風呂に入って、いつもよりあったかい子猫を膝に乗せ、はしゃぐカガリに悟られないように、こっそりアスランはパソコンと紙切れをテーブルの中央へ押しやった。
「やだ、あすらんもいっしょにねるの」
「ねるのー」
カガリにそのままよじ登られ、とことことやって来たキラにズボンの裾を掴まれて、アスランはちらりと時計を見上げる。
この子たちを寝かしつけたら、絶対一緒に寝るな、俺。
猫は寝るのが大好きだ。
でも、少し早く起きてやれば間に合うな。
明日中に計画書を提出して、OKが出たら主任と試料の相談を・・・
今やっているのは、初めて、一人で任された仕事だった。
人殺し以外で、初めて認められて掴んだ第一歩。
人の間で生きるのは、やっぱりとても大変で。
でも、時々嬉しいこともある。
「わかった。じゃあ、シンにオヤスミ言おうか」
カガリを降ろして、二人とも頭を撫でて。
それから、やって来たシンに声を掛けようとしたところで、彼はすとんとしゃがみ込み、２匹の子猫と視線を合わせた。
「俺じゃ駄目か？」
「むー」
首を傾げる子猫たち。
アスランも、小さく首を傾げて。
「シン」
「だって、あんた忙しいんだろ」
そう言うと、２匹を抱き上げながらアスランの耳元に、こっそりと囁いた。
「その代わり、それ終わったら付き合ってくださいよ」
「終わる？」
「いけないんだ、よふかしー」
しかし、猫の聴力でしっかりと子猫たちにも聞かれてしまって。
赤くなって、目まで潤ませたアスランににこりと笑うと、ごまかすように子猫をあやす。
「いいだろ。俺はたまにしか帰ってこられないんだから。それより、ご本読んでやるぞ」
何がいい、と聞く様は、もう、すっかり「お父さん」だ。
「ごほんじゃないの。おうたがいい」
「がんだむのうたー」
「暴れんな。ほら、落っことしたらちゃんと着地しろよ」
「おっこちないよ」
「にゃ！」
子猫たちが、腕の中でばたばた暴れても、ちゃんと、大人しくさせて。
「あすらん、おうたへたなの」
「おんちってゆーんだって」
「おんち！」
「あー、そういや、俺アスランさんの歌って聞いたことない」
シンがちらりと振り向くと、向こうで、アスランが苦笑いをしている。
「シンはおんち？」
ぺたぺたと、カガリに頬を叩かれて。
「シンはちがうよ」
きゅう、とキラに髪を掴まれて。
「ああ、違うけど・・・もうちょっと大人しい歌にしないか？寝るんだろお前ら」
呆れたように声を掛けても、子猫たちは聞いちゃいない。
「シンおんちなんだ」
「おんち？」
「違うってば・・・ああもう」
子猫たちの興味は、すっかりシンが音痴か否かに移ったらしい。
「歌ってやるよ、ほら」
3人の消えた寝室から、聞こえてきた歌声に、「上手いな、あいつ」と呟いて。
アスランは、滲んでいた涙をそっと拭った。
なんだろう。
凄く、幸せだ。
子猫たちを寝かしつけたシンが居間に戻ると、アスランはパソコンから顔を上げて「ありがとう」とはにかむように笑ってくれた。
「歌、上手いな、お前」
「へへっ、あんた音痴なんだって？」
「うるさい」
へた、と耳が寝て、むくれた様子をアピールする。じゃあホントなんだと思うと、ちょっと可笑しい。
そんなこの人が、可愛い。
「寝かしつけてくれてありがとう。助かった。後は参考資料をまとめれば、とりあえずは終わるからもう少し待ってくれ」
「はぁい」
答えながらも、シンは後ろから、アスランの肩にくたりと懐いた。
「シーンー」
「ここで待ってる。いいだろ？」
「気が散る・・・」
ぴるる、と、耳が動いて、それでも動かないシンに、アスランも諦めて。
かたかたと、手を動かしながら。
「お前、それじゃキラとカガリと一緒だぞ」
「いいじゃん。俺、たまにしか会えないんだから」
シンの理屈に、アスランはくすりと笑う。
「・・・そうだな」
シンを肩に乗せたまま、アスランは仕事に区切りを付けた。
そうして、軽く振り向いて、すぐそこにあった、シンの額にキスをする。
「待たせた」
そう言えば、シンはすぐに圧し掛かって来ると思ったのに。
「でも、アスランさん疲れてますよね」
シンはそう言って、名残惜しげにアスランの肩を抱いた。
「眠たいですよね」
だから、しないつもりで、その分引っ付いていたのかと。
そう思うと嬉しくて、少しもどかしい。
昔は知らなかった、複雑な感情。
「・・・一回だけ」
囁くと、アスランはシンの頬に、自分のそれをすり寄せる。
「俺も、お前が欲しいよ」
「え、発情期来てる！？」
「来てない！」
とたん、がばりとしがみ付いたシンを、これだけは言わなければと、慌てて止めて。
「あのな・・・俺だって、お前に会うの久しぶりなんだぞ」
そう言って、ちゃんと向き合って、キスをする。
優しいキス。
それだけで、耳と尾の毛が、ふわりと立った。
「・・・うん。じゃ、一回だけ」
にこにこと嬉しそうなシンに、アスランも嬉しくなって。
また降りてきた優しいキスに、そっと目を閉じた。
「あ・・・ぁ・・・・」
ソファの上の、シンの上。そこ座り込み、奥まで彼を飲み込んで。
甘苦しい息をつく猫を、シンはきゅうっと抱きしめる。
「アスランさん、あったかい・・・・」
「ん、ん・・・」
久しぶりの体は、早く極めたいと急かすのだけれど、一回だけという約束だから、二人とも、急ぎたくはない。
「キモチイイ？」
聞けば、こくこくと頷いて。
シンと繋がった場所を、もっと、というように、揺すって。
「ダメですよ。イっちゃうから・・・もう少し、我慢してください。ね？」
「っ、うん・・・・あっ、あ」
シンだって本当はもっと動きたい。
熱く食い締める襞に、突っ込んだものを擦り付けて。
綺麗な顔が、涙に濡れるのを見ながら、この人中、滅茶苦茶にしたい。
でも、今は。
互いのぬくもりを分け合うように。
緩やかな快楽に身を任せて。
「ん・・・んっ・・・・ぁ、はぁ・・・・・」
「アスランさん、大好き・・・」
髪の間に指を差し込んで、引き寄せて。艶やかに喘ぐ唇に、キス。
もっと、と、強請るように侵入ってくる舌を、舐めて、甘く噛み付いて。
「ん・・・んク、んっ、んんっ・・・」
やがて、ひこひこと忙しなく動いていた耳が、ぴん、と立って。尻尾がぶるりと太くなる。
そうして、シンを咥えているそこが、きゅうっときつくなって。
「・・・・ダメ？イっちゃう？」
「ぅんっ、あっ、シン、シンっ！」
アスランの切羽詰った声に限界を感じて、シンも彼の奥を深く穿ちながら、前に立ち上がったモノに指をかけた。
「あっ、やっ、シンっ・・・」
「っ、ツ・・・・」
アスランに合わせて腰を突き上げ、搾り取るような彼の中で、存分に吐き出して。
そうして彼のもので濡れた指で、そっと、荒く息を継ぐ唇を撫でてやる。
「アスランさん、ヤらし・・・」
「馬・・・鹿」
その指を、咥えて、吸って。
名残惜しげな様子は、見ていて困るのだけれど。
「シャワー連れてってあげますから。抜きますよ？」
「ああ。・・・・っン！」
抜けていく衝撃と、中から垂れ落ちる感覚に耐えて身を震わせる猫は、どうしようもなく可愛い。
でも、ぐっと我慢して、シンは快楽の熱が残る体を抱き上げた。
「ごめん、キラとカガリ、真ん中に寝せちゃった」
「仕方ないさ」
「あんたとくっついて寝たい・・・」
「明日な」
「明日はもっとシたい。・・・てか、明日平気なの？」
「・・・・ごめん」
「うー、まあ、仕方ないか」
浴室のドアを、器用に足で開けながら、シンはアスランの頬にキスをする。
「仕事、頑張ってくださいね」
「・・・お前もな」
アスランからも、キス。
そのままたくさんキスし合って。
危うくまた盛り上がりそうになって、慌ててシャワーのコックをひねる。
あったかいシャワーを浴びて、あったかい子猫たちと、４人で。
眠る夜の幸福は、何物にも代えがたいものだった。