俺の、妻です。
この戦争が終わったら。
プロポーズしようと、決めていた。
「俺とっ、結婚してくださいっ」
「ああ、いいよ」
ストレートな言葉に、あっさりとした返事。
思えば、シンが告白した時もこんな感じだった。
それで、俺たち。
結婚しました。
「行ってきます！」
言葉とは反対に、ドアに背を向けて飛びついてきたシンに、アスランは苦笑して唇を寄せた。
行ってらっしゃいのキスには、最近、ようやく慣れてきたところだ。
「行って来い」
とん、と背中を押して。
「今日、俺遅いから。先に夕飯にしてていいぞ」
「え〜、待ってますから！」
「お前それ、作りたくないだけだろ」
「だって、アスランさんが作ったのが食べたいんですよ！」
騒ぐ少年を送り出し、アスランはちょっと笑ってから自分の支度を始めた。
アスランは、偽名を使ってモルゲンレーテで働いている。
シンは、オーブ軍に入ろうとしたのだが、アスランに止められて工科カレッジに通っている。
新しい生活は順調で。
怖いほどに・・・幸せだった。
「さて、と」
そろそろ自分も出る時間だと、引っ越してきたばかりのマンションのドアを開ける。
たまたま玄関を開けて掃除をしていた、となりの部屋の奥さんと目が合って、アスランはできるだけにこやかに挨拶をした。
「おはようございます」
コーディネイターなのは、いずればれる。なら、今から無害なことを強調しておいた方がいい。
「今出て行ったのは、弟さん？」
最近隣に越してきた、やたらと綺麗な青年に、近所中が興味津々だということを、鈍いアスランはまったく気が付いていない。
だから、いきなりそんなことを聞かれて、驚いて。
「いえ、違いますが・・・・」
別に、アスランは弟でもいいと思っているのだけれど。シンは、アスランの弟扱いされるのをひどく嫌う。
でも、弟でないとすると。
夜の位置関係からして・・・・・夫？
「じゃあ、どういうご関係？」
困った。
男の身で、「夫です」と言うのは、なんだかひどく恥ずかしい。
「え、あ・・・・」
口ごもったアスランは、しかし、問われたことに答えないという選択肢を持たない、生真面目な人間だった。
「養子、になるんでしょうか。お互い、戦争で家族を亡くしたもので・・・・」
嘘は言っていない、嘘は。
戦後に居ついたオーブでは、法的に同性婚が出来ないため、年長のアスランの（カガリにこっそり作ってもらった）籍に、シンを養子として入れたのだから。
「ああ、そうなの」
戦災孤児の養子縁組は、国も関わって大々的に行われている。
相性の問題も大きく、多少年齢の近すぎる親子もこの場合起こり得ることなので、彼女は納得して頷いた。
「はい。・・・あ、俺、仕事行かないと」
失礼します、と、礼儀正しく頭を下げて去って行った青年は、これでなかなか上々の評判を得たのだけれど。
アスランは知らない。
これが後で、シンの逆鱗に触れることを。
「アスランさんっ！」
帰るなり、怒鳴られて襟首掴まれて、アスランは思わず、そのままシンを投げ飛ばしてしまった。
「何すんですか！！」
「それはこっちのセリフだぞ、シン」
玄関からリビングに吹っ飛ばされたシンを見下ろして、アスランはひとつため息をつく。
「いきなり人に掴みかかるな」
「あんたはいきなり投げないでください・・・じゃなくて！」
飛び起きたシンを眺めながら、アスランは、遅くなってしまったから冷凍庫のピザでも焼こうかなぁと、そんなことを考えている。
「あんたいつ俺の父親になったんだよ！」
「はぁ？」
何だそれはと不審気な声を上げたアスランに、シンは思い切り食ってかかった。
「隣のおばさんが、お父さん綺麗ねって！親じゃないって言ったら、あんたからそう聞いたってっ！！」
「え」
隣の奥さん。
今朝、確かに話はしたけれど。
した、けれど・・・
「あ」
やっと思い当たった事実に、アスランは小さく声を上げた。
「そういえば・・・関係を聞かれて、養子だと言ったような・・・・」
「なんで養子ですか！」
再び掴みかかられて、どうも自分が悪かったらしいと気づいたアスランは、そのまま大人しく締め上げられてしまった。
「・・・・法的には、そういうことになってるんだよな」
とりあえず悪あがきはしてみるけれど。
「ふざけんな！」
結局、余計に激昂したシンに、襟首掴まれたまま、無理やりソファに座らされてしまった。
「え・・・あ、シン」
久々に本気で怒っているシンを目の当たりにして、アスランはもう、謝るしかない。
「シン、ごめん」
しかし、そんな言葉では足りずに、シンはぐい、とアスランの顎を掴み取り、地を這うような声で宣言する。
「あんたが俺の何なのか、ようっくわからせてあげますよ」
「え、ちょ・・・シンっ、んんっ・・・・」
噛み付くようなキス。
すぐに舌が入ってきて、逃げに入っていたアスランのそれを絡め取り、吸い出して。痛いほどに、食んでくる。
「ん、ふ・・・・ご、めん、シン・・・・」
散々ねぶられた後に、やっと解放された唇でもう一度謝って。それからアスランは、シンに自分からキスをした。
「そんなつもりじゃ、なかったんだ」
「じゃあ、一体どういうつもりだったんですか！」
泣きそうな少年の目元に、また、キス。
「考えなしだった、だけなんだ・・・・家族なら、同じだろうと」
「ぜんぜん違いますよ」
「だから、ごめん」
やっと怒りの治まってきたシンは、うー、とうなって、アスランの上へと、彼を抱き込むようにして倒れ込んだ。
「その謝り倒し、卑怯ですよ」
「うん、ごめん」
「うぅーーー」
また、シンはうなる。
アスランは、彼の背を抱いてあやすように叩き、ついでに頬にキスしてやった。
可愛いこの子の父親でも、別に自分はかまわないのだけれど。
「あなたは・・・俺の、なんですか？」
そんなふうに、泣きそうな顔で。
真面目にまじめに聞いてくるから。
「大切な、伴侶だよ」
そう、アスランは答えてやった。
言葉にすると、それ以外の何者でもないと思うのが、不思議だった。
とたんににこりと笑った少年は、自分の伴侶にとびきりのキスをして。
ついでに、シャツの下へとほてった手のひらを突っ込んだ。
するりと胸を撫でられて、アスランはくんっ、と息を詰める。
「んっ・・・シン、夕飯・・・・・」
「後でいいでしょう、こっちのが先です」
かちゃりとベルトを外されて、濃厚なキスのせいで反応しかけているものを、手のひらでやさしく包まれた。
「お前が、作れよ」
シンの体を引き寄せながら囁けば、弾む声が元気に応える。
「はい！」
そうして今夜も、夫婦生活は良好だった。
翌朝。
「シン、行く前にゴミ出すの手伝ってくれ」
「あ、はい。全部持ちますよ？」
「持てないだろ。落とすぞ」
やっと片付いた新生活準備の名残を、二人で集積場に運んで行く。すると、そこで立ち話をしている女性たちの中に、隣の奥さんを見つけてしまった。
「あ・・・・」
どうしようかと一瞬迷ったアスランの腕を、ゴミを放り出したシンが、がっちりと掴む。
「おはようございまーす。あの、昨日言ってたことなんですけど」
そうして、アスランが口を挟む間もなく。
「父親じゃないんです。この人、俺の妻です」
怒る気も失せたアスランは、ゴミ袋を持ったまま、そこに座り込み。
太陽も、女性の声も。黄色いものなんだなぁと、どこか遠く、思ったのだった。