俺のサンタクロース
今年、アスランからのプレゼントは靴下５足セットだった。
シンも、アスランにあげたのはネジ１６種セットだから、文句を言える立場ではないのだけれど。
「クリスマスプレゼントってさ、なんかこう、もうちょっとドキドキするもんじゃないですか？」
これだともう、アスランさんが買ってきてくれた丸ごと一羽のチキンの方がドキドキかも、と、早速それに手を出しながらシンが言う。
しかし相手はアスラン・ザラ。
「嬉しくないか？靴下」
俺はネジ、嬉しいぞ？と、小首を傾げられ、シンは早々にプレゼントに対するあれやこれやを諦めた。
うん、まあ、言ってみただけだし。
くれた靴下、発熱素材のかなりいいやつだったし、アスランさんからのプレゼント、嬉しくないわけないし。
シンのサンタは、ヘンなところで現実主義なんだから、仕方がないのだ。
「そういやアンタさ、サンタって信じてた？」
チキンの解体に四苦八苦しながら、思いついてシンは聞いた。
「俺、小さい時信じちゃっててさ。友達にバカにされた時のショックっていったら」
骨に当たってフォークが刺さらない。
そう思っていると、アスランがシンが外そうとしている関節あたりにナイフを差し込みながら言った。
「サンタって何だ？」
「は？」
「ほら、外れたぞ」
トリの足一本、シンの皿に置いてやると、アスランは何のためらいもなくチキンの真ん中にナイフを突っ込んだ。
あー、もう、この人は。
ていうか。
「サンタクロース、知らないんですか？」
「知らない。オーブの神様か何かか？」
守り石をもらったりしたので、アスランもいろいろ調べたりしたのだ。
オーブにはいろいろな神様がいるから、信じる、信じないの話なら、その辺のことだろうとアタリをつけていたのに。
「サンタですよ、サンタ！ほら、クリスマスになるとよく見る赤い服の！」
シンにそう喚かれて、アスランもようやく合点がいった。
「ああ、あれ、そういう名前なんだな」
そういえば聞いたことがあるかも知れない、と、相変わらず的の外れた答えに、シンはアタマを抱えた。
「知らなかったんだ・・・・」
「いや、思い出した。聖ニコラウスだろ。そうか、読み方の違いでサンタ・クロースか」
「何でそれは知ってんだよ！」
「だって、イザークが偉そうに言ってた。キリスト教の聖人だろ？」
ああそうですか。
偏ってる偏ってるとは思っていたアスランの知識だけれど、ここまで偏ってるとは思わなかった。
「俺ら的には、サンタクロースっていったら、クリスマスにプレゼントをくれる人なんですよ」
「へえ」
自分の皿にチキンを取って、器用に骨を外しながらアスランは続ける。
「で、何で信じてるとバカにされるんだ？」
「・・・・・」
どう説明したらいいものか。
「クリスマスイブの夜に、トナカイの引くソリに乗ったサンタクロースが、世界中の子供たちの枕元にプレゼントを配って歩くっていったら、アンタ信じます？」
「・・・とりあえず、無理だろう」
「でしょ」
これでわかったかな。どうかな。
はかりかねてじっと緑の瞳を見ていると、アスランはまた、首を傾げて。
「そういう話が、信じられているのか？」
「親が子供に信じさせるんですよ。みんながみんなじゃないけど、うちの親はそうでした」
良かった、わかったみたいだ、と、シンはほっとして、チキンを頬張って飲み込む。
あ、美味い。
「いい子にしてないと、サンタさんがプレゼントをくれないぞって、だから俺、クリスマスが近くなるとやたらといい子でしたよ」
信じなくなるまではね。
そう続けると、突然、アスランが素っ頓狂な声を上げた。
「ああ！」
「・・・何ですか」
ちょっと警戒する。
この人の唐突は、ホントワケがわかんなくて怖い。
「そういえば、小さいとき・・・まだ、ディセンベルにいた頃、目が覚めたら、枕元に電子工作キットが置いてあったことがあったんだ」
しかし、彼が言い出したのはそんなことで。
シンはチキンをほおばる手を止めて、アスランの、どこか遠くを見るような笑顔を凝視した。
「あれはきっと、そういうことだったんだな」
地球をぶっこわそうとしたというお父さんか、研究者だったというお母さんか。
どっちの仕業か知らないが、アスラン・ザラの親らし過ぎる。
サンタクロースの謂われも教えないで、いきなり枕元に、しかも電子工作キット。
アスランから伝え聞いたわずかな話と、こっそり調べた記録でしか知らなかった人たちが、なんだか急に近くに思えて、シンも少しだけ、笑った。
親って、どこも変わらないんだなぁ。
友達にバカにされて、ものすごく怒ったことを覚えている。
枕元のプレゼントが、とっても嬉しかったことも、もちろん。
「嬉しかったですか？電子工作キット」
「当たり前だ」
「ネジセット、嬉しい？」
「当たり前だろう」
そう答えて、アスランはチキンを解体する手を止めた。
「世界中の子供たちに、プレゼント、か」
「うん」
チキンの油でべたべたの指を舐める。
その指で、パンを取ってちぎる。
その一連の動作の後に、アスランはほつりと呟いた。
「どうやったら、できるんだろうな」
「アンタ今無理だって言っただろ」
「でもさ」
むくむくとパンを口に押し込んで、何かを考えながら、ごくんと飲み込む。
「嬉しいだろ、プレゼント」
「そうですけど」
あ、今、この人、本当にどうにかできないか考えてる。
「・・・せめて、食糧くらい・・・・・・」
ホント、ヘンなとこだけ現実主義の、シンのサンタ。
「だからさ」
シンは、ため息をついた。
「そのとき、アンタの親がアンタのサンタだった訳じゃないですか」
「？」
アスランが、首を傾げる。
シンが、続ける。
「それで、うちの親が、あの時俺のサンタだったワケですよ」
「・・・そうか」
合点が行った、というように、アスランがふうわりと笑う。
本当に、嬉しそうに、笑う。
「そういう気持ち、なんだな。サンタクロースって」
「ああ、そうですね」
そこまでは考えていなかったので、シンはこくりと頷いて。
この勢いじゃ、わかってないだろうと思って、続けた。
「それで今は、アンタが俺のサンタですからね」
それを聞いたアスランは、もっともっと、嬉しそうに笑って。
「それでお前が、俺のサンタか」
そう言うと、シンの口に、自分が切り分けたチキンを差し出してくれた。
それがシンにとって、今年一番のプレゼントだった。