リン、リィン

鈴の音がする。

風雅のリーダーとなってから、花月は好んで髪に鈴を付けるようになっていた。絃の花月がいる、と、触れ回っているような音に、このエリアで近づく不埒者はいない。

「あ、十兵衛いた！」

瓦礫の陰に寝転んでいた十兵衛を、コンクリの塊の乗った花月が覗き込んだ。

傾きかけた日が、肩先で揺れる髪をちらちらと光らせる。

「女のコたちが探していたよ。なんで逃げるのさ」

そう言う花月は、両手に色とりどりの包みを幾つも抱えている。

花月の存在と共に、それは無彩色の廃墟にひどく場違いな物に見えた。

「・・・・甘いものは好かん」

とりあえず、もっともらしい答えを口にした十兵衛の側に飛び降りて、花月はポケットから、ピンクの紙に包まれた、一口サイズのチョコレートを差し出した。

「とりあえずこれ、小さい子供たちから。・・・でも、他の女のコのはもらってこなかったからね！」

「・・・・」

起き上がってそれを受け取った十兵衛は、暫し包みを凝視した後、おもむろにそれを開き、中身のこげ茶色の物体を、意を決したように口の中に放り込んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そんなに嫌いなら、食べなきゃいいのに・・・・」

十兵衛が甘いものを嫌いなのは、花月だってよく知っている。

でも、今日はSt. Valentine's Day。

毎日、生きて行くのが精一杯な暮らしの中で、少しづつ、いろいろなものを我慢して、用意してくれたチョコレート。

明日、自分が生きているかもわからないこの悪鬼の巣窟で、確かに伝えられるあたたかな想い。

それを受け取らないなんて、十兵衛ってば、ひどすぎる。

花月は、手の中の綺麗な包みたちに目を落とした。

「人からもらったものを食わんのは、礼儀に反する」

やっとのことで、親指の先ほどの塊を飲み込んだ十兵衛は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

甘いもの食べたのに、ヘンなの。

「でも、想いだけでも受け取ってあげたらどうだい。逃げ回るなんて十兵衛らしくないよ」

背も見せずに逃げ出す十兵衛なんて、できれば花月は見たくない。

しかし、十兵衛は咎める花月を見上げて淡々と言った。

「想いならば尚更、俺は受け取るわけにはいかん」

はっきりとした十兵衛の言葉に、花月は口を噤んだ。

十兵衛の「想い」がどこにあるのか。

それを捧げられた花月が、いちばん良く知っていたから。

「・・・・・・・・」

花月は十兵衛の隣に座り込むと、抱えた包みの中から一番大きなものを取り出した。

それは、いつも朔羅のサポートをしてくれる女の子がくれたもので、レモンイエローの包みを開けると、大きなハート型のチョコが入っていた。

その端を、かじる。

質の良いミルクチョコレートは本当に美味しくて、花月はたちまちそれを食べてしまった。

それから、今度は赤が目立った包装紙を剥がし、箱を開ける。

それは、チームの中で一番ナイフ使いが上手いコがくれた、ビターチョコで。

「全部食う気か、花月」

「うん。僕、君と違って甘いもの好きだから」

「腹こわすぞ」

「こわさないよ」

花月は次々に包みを開ける。

次に開けたチョコレートボンボンは、ご飯を作ってくれるお姉さんがくれたもので、その次のそっけない板チョコは、この間併合したチームの、リーダーだったひとが押し付けてったので。それから・・・・

そして、小一時間ほどかけて、花月はそれらを全部、食べてしまった。

「あー、美味しかった」

最後の包みを丁寧に畳むと、花月は一番大きかった袋に、畳んだ箱と包装を、一緒に押し込んだ。

それから、とさりと十兵衛の肩に寄りかかる。

「さすがに食べ過ぎたかな。ちょっと休ませてよ、十兵衛」

「あ、ああ・・・・」

花月は無言で、包装紙の束を弄んでいる。

十兵衛も無言で、そんな花月を眺めている。

そうして、そのまま二人で、日が沈むまで無言で過ごした。

「ねえ十兵衛」

日がすっかり落ちきった後、わずかに残る天のオレンジを、存分に堪能してから、花月が言った。

「チョコいらないんじゃさ、僕、いる？」

細い指で自分を指差して、黒目がちの瞳が十兵衛を見上げている。

「どうせ、戻ったらまた女の子たちに囲まれるよ？」

だから、もうしばらくここにいよう、と。

「あまり遅いと、姉者や雨流が心配するぞ」

「十兵衛と一緒なのわかってるもの。しないよ」

どうする？と首を傾げられて、十兵衛は今まで気にしていなかった、肩に感じる花月の体温を意識した。

体を重ねた数は、まだ、そう多くはない。

それでも十兵衛は、その体のあたたかさを、十分に知っていた。

既に、すっかり自分に預けられている体を抱きしめる。

大切な、たいせつな俺の花月。

自然に閉じられた目蓋に口付け、ちいさく喘いだ唇を、柔らかく食む。

「ん・・・」

しかし熱い口腔に滑り込ませた舌が、わずかに残るチョコレートの甘さを探り当て、十兵衛は少し竦んで、唇を離した。

紅く濡れた、花月の唇。

白い手に、様々な色の包装紙を包んだまま、潤んだ瞳で見上げる花月。

色とりどり、みんなの想いを抱えた、花月。

みんなの大切な花月。

「・・・・・行こう」

花月の体を抱き寄せたまま、引き上げるように十兵衛は立ち上がった。

「え・・・しないの？」

十兵衛の腕に、ぶらんとぶら下がるように体重をかけたまま、花月は不満げに声を上げる。

「暗くなれば、ここも危ない。続きは部屋でしよう」

「・・・・・・・・・・うん」

それでも、花月は自分で立とうとはぜず、人形のようにぶら下がったままだったので、十兵衛は笑いながら、空に放るようにして、その体を抱き上げた。

花月も笑って、十兵衛に身を任せた。

リィン、リン、と、鈴が鳴る。

「でもさ、十兵衛、女の子いるよ。諦めてチョコ食べるの？」

荷物のように担ぎ上げられ花月は、十兵衛の目の前で、色紙の束を振った。

「こうして帰れば、誰も寄っては来んよ」

肩に担いでいた細い体を、両腕に抱くかたちを取った十兵衛の首に、花月は思い切り笑ってしがみつく。

「あは、はははっ、そうだねっ」

腕の中いっぱいに、花月のぬくもりを感じながら、十兵衛はこの大切な存在を、守り抜く決意を、新たにしていた。

みんなの想いを抱えた花月を、その想いごと、守るから。

だから。

「俺は、お前ひとりで手一杯だ」

「うん・・・ごめんね、十兵衛」

そう言ってキスをした花月を両腕に抱いたまま、十兵衛は、「みんな」のもとへと戻る。

大切な、みんなの花月。

大切な俺の花月。

「ごめんね、十兵衛」