おめでとう
緑の瞳を大きく開いて。
バカみたいに口開けて。
アスランは、じいっとシンを見た。
そんな反応が返って来るなんて、カケラも思っていなかったから。
シンの方も面食らって、どうしたらいいかわからなくなった。
もうすぐアスランさんの誕生日、と、その数日前から、シンは一生懸命だった。
まず一番重要な、アスランさんの予定、チェック。
大丈夫、どっか行っちゃうなんてことない。
プレゼント・・・どうしようかなぁ。
工具の類は、必要なものを必要なときに、自分で買うんだって気がついたから、もう何年も前からあげてない。
去年は作業着買ってあげた。
いつも機械油でドロドロにしているから、結構喜んでくれたんだ。
その前は、絶縁軍手を一箱。
いくらあっても困るものじゃないから、やっぱり喜んでくれた。
でもさ。
今年はさ。
やっぱりこう、そういう情緒のないもんじゃなくて。
もっとこう、恋人っぽいもの、あげたいんだ。
でも、指輪とかってあの人しないと思う。
だって普通に邪魔だもんな。
どうしようかな。
どうしよっかな。
考えて、考えて。
それで買ってきたプレゼント持って。
アスランさんの部屋の前。
「誕生日、おめでとうございます！」
そう、満面の笑顔で言ったなら。
アスランさんは、ぽかんとして。
緑の瞳を大きく開いて。
バカみたいに口開けて。
じいっとじいっとシンを見た。
そんな反応が返って来るなんて、カケラも思っていなかったから。
シンの方も面食らって、どうしたらいいかわからなくなったんだ。
「あ・・・とにかく、入れ」
「あ、はい。お邪魔します」
どうしていいかわからないから、とりあえずシンは、アスランの言うことを聞く。
何度も招き入れられたリビング。
隣のベッドルームだって、何度も何度も、入れてもらった。
勝手知ったる恋人の部屋。
それに、ちょっと勇気を得て。
「ピザ買ってきました。あとこれ、プレゼント」
「あ・・・ああ」
それなのに、アスランの反応は鈍い。
シンはなんだか心配になった。
「・・・どうしたんですか？」
「・・・・・」
アスランは、途方に暮れた瞳でシンを見る。
滅多に見せない可愛い顔。
いやダメだろ、可愛いとか思っちゃ。
そうじゃなくて。
シンは、がんばってオトナのカオを作った。
少しでも、頼れる恋人っぽく見えるように。
だってさ、だって。
こういう、可愛い顔したアスランさんってさ。
たいてい、余計なこと考えて、ぐるぐるしてるアスランさんなんだ。
『可愛い後輩』じゃ、何ぐるぐるしてるかなんて、きっと話してもらえない。
だから。
「どうしたん、ですか？」
ピザを置いて、プレゼントを置いて。
手を引っ張って、イスに座って。
俺のイス、ちゃんと買ってもらったんだ。
３年前の、クリスマスプレゼントだった。
「・・・いや」
「誰かに、何か言われたんでしょう」
「・・・・」
わかり易すぎるよ、アスランさん。
ザフトに戻って、怪我を理由に技術部に転籍して。
なんか凄いもんばんばん作って、直して、改造して。
それでも、アスランさんを悪く言う奴はすっごく多い。
・・・いやまあ、オーブ行ってたのも脱走したのもみんなホントのことだから、悪くっていうか・・・
うん、まあ。まあ、な！
それでもアスランさん頑張ってて、平気なカオしてて、それでもときどき、どーんと落ち込む。
何がスイッチでどーんと行くのか、未だにシンにも難しい。
でもさぁ。
何も、誕生日にオチてることないじゃないか。
ねえ、アスランさん。
「何、言われたんですか」
イスくっつけて、カオくっつけて。
キスする、ちょっとだけ手前くらいで。
掴んだままの手に、もっと、力を込めて。
「行って暴れたりしませんから」
「・・・・本当にしそうで怖いなお前は・・・・・・・」
「っ、しないって言ってるでしょう！」
・・・ええと。
やばいやばい。
「しませんよ。だいたい技術部遠いし」
「そうか・・・そうだな」
物理的な理由で、アスランは納得してくれたらしい「なんでだよ！」。
こくん、と素直に頷いて。
「いや・・・何って言うか」
それから、ちょっと。
苦く、笑って。
「誕生日、おめでとうってさ」
「は？」
それならさっき、シンも言った。
当たり前だ。だって今日は、アスランさんの誕生日なんだから。
「ウチのプロジェクトチームみんなでさ。おめでとうって、言うんだ。まるで当たり前みたいにさ」
だって、当たり前だもの。
今日は。
アスランさんの、誕生日、だもの。
「・・・いや、なんでお前等は、そんな当たり前みたいに「誕生日おめでとう」って言うんだ？」
なんで、って。
「俺が生まれなければ、死ななくて済んだ人がいるはずなのに。俺がいなければ・・・・」
「だーーーっ！」
シンは、とっさに大声でそれを遮った。
これ以上言わせたら、もう海の底まで落ち込むのは、目に見えていた。
「なんでアンタは時々そうネガティブ思考なんですか！」
いらん時はいらん風に自信満々なのに！
「メデタイから祝うんだろ、生まれて良かったからおめでとうなんだろ！」
ええっと、だから。
「みんな、そう思ってるから、そう言うんだろ！」
アンタの近くにいたら、ずっと悪く言うなんてできるわけないんだ。
こんな、間抜けで真面目で一生懸命な人、他にいないんだ。
だから、俺、好きになっちゃったんだ。
「生まれてくれて、ありがとです」
むっつりと言うと、緑の瞳が大きくなった。
なんだか濡れてて、とってもキレイだ。
「誕生日、おめでとうございます。アスランさん」
言って。
ちゅっ、って。
キスをして。
それから、ぎゅっと抱きしめた。
アスランは、ちょっと震える指でシンのジャケットの背中を掴んで。
そうして、小さく。
「ありがとう」
って言ってくれた。
「あ・・・ピザ、冷めちゃいますね」
なんだかちょっと照れ照れしながら、あったかい体を名残惜しく離す。
「ああ。そうだな。・・・コーヒーでも入れるよ」
アスランの方も名残惜しいのか、離れる動作がゆっくりだった。
でも、もっと、は、少しお預けだ。
「はい。あ、そうだコーヒーならその前にこれ開けて」
シンは、買ってきたプレゼントの箱を差し出した。
「あ、ああ」
リボンを解いて、箱を開けて。
出てきたのは、使い勝手の良さそうな、シンプルなマグカップが、ふたつ。
でも、ちゃんとペアカップなんだ。
白地に、黒猫があっちとこっち向いて。
くっつけると、キスしてるみたいに見えるんだ。
アスランはそれを見て、ちょっと、なんだか泣き笑いになった。
「・・・ありがとう。可愛いな、これ」
「でしょう」
結構頑張って探し回ったんだ。
アスランさんでも使ってくれそうなペアカップ。
アスランさんが、使いたいって思ってくれそうなペアカップ。
まあ、この人のことだから、あれば何でも使ってくれるんだろうけどさ。
「ああ、この猫お前みたいだ」
「ええっ、何で？」
「だって、可愛いじゃないか」
「だから、何で！？」
どうも、すっかり立ち直ったらしく、アスランは嬉しそうにカップを洗いに台所に立つ。
その、後ろ姿を見ながら、シンは思った。
可愛いばっかりじゃ、嫌なんだよ、アスランさん。
俺さ、いくつになっても、変わらずぐるぐるなアンタのさ。
ちょっとでも、頼ってもらえる恋人に、なりたいんだ。
そんなシンの思いなど知らぬげに。
コーヒーメーカーをセットして、アスランは言った。
「俺・・・２３に、なったんだなぁ・・・・・」
その声は、もう、落ち込んでなんかいなかったから。
シンは、心の中で、思い切りガッツポーズをした。