お祭りへ行こう！
子供神輿の中にシンの姿を探している自分に気がついて、アスランは何をやってるんだと自分に呆れた。
相変わらず子供っぽいとはいえ、シンだってもう立派な大人だ。
さすがにあれに混じっていることはありえないのだ。
・・・たぶん。
シンと暮らし始めたのは、オノゴロの、シンの以前住んでいた場所の近くだった。
古い都市部は幸い壊滅を免れていて、戦前からの家屋や商店が、新築や仮設のそれに混じって幾分か残っている。
それがシンは嬉しいらしく、だからアスランも、シンが辛くないならと、そこに住むことに同意したのだけれど。
地元のお祭りだから！俺お神輿かつぐから！と楽しそうに言われても、アスランにはいまいち何だかわからなかった。
でも。
凝った細工の【神輿】とやらをかついで、きゃらきゃらと通り過ぎていく子供たちと、それをカメラに収めようとほんの少し距離を置いて群がる親たちを見ていると、きっと楽しいんだろうなぁと、どこか他人事のように思う。
いつもよりずっと人の多い通りは、みんながシンのようにやたらと活気があって、アスランは何となく、居心地の悪さを味わった。
自分はここでは、余所者なのだ。
この活気の意味もわからないし、当然、馴染めもしない。
とりあえず、シンを見つけて来たことを告げて、帰ってしまおうときょろきょろする。
確か、この時間はこの辺にいると言っていたと思うのだけれど。
そう思ったところで、特徴的な癇の強い声が聞こえた。
ああ、と思って、アスランは、そちらの方に足を向けた。
「拍子取りがあれじゃダメだろ」
「じゃてめーがやれよ！難しんだぞ！」
「親父さんが生きてたらなぁ」
「それ言うな。あ、今頃来た！」
ばったばったと手を振る青年は、丈の短い法被を羽織り、ビールの缶を片手にアスファルトに行儀悪く座り込んでいた。
確かに、子供ではあり得ない光景だ。
幾人かの、同じような法被姿の青年たちと一緒で、彼らに無遠慮に眺められ、アスランは思わずその場に立ち止まった。
「俺もう交代しちゃいましたよ！夕方またかつぐけど！」
しかしシンはそれにかまわず、ばたばたと駆けてきてアスランにまとわりついた。
「いや・・・」
「アンタそのグラサンやめろって言ってんだろ。すっげー浮いてんじゃないですか。俺があげた眼鏡は？あるんじゃんこっちのが絶対目立たないって。帽子は、まあいっか。日焼けしちゃいますもんね！」
アルコールのせいか、それとも祭りの活気のせいか、いつも以上にテンションが高く、いつも以上にアスランの話を聞こうとしない。
「お昼食べました？露店見に行きましょうよ。アンタお参りもしてないだろ！」
何が何だかわからないまま、変装用のサングラスを取られて眼鏡をかけさせられ、ぐいぐいと腕を引かれて引きずって行かれた。
「４時に駅前ロータリーだっけ？」
振り返ったシンに、法被の青年が答える。
「ああ。遅れんなよ」
「わかってら」
何故だか、ビールの缶が２つ飛んできて、たっぷりと水滴のついたそれをひとつ、シンはアスランに押しつけた。
シンに引きずって行かれたのは、奇跡的に残ったらしい、小さな小さな森のようなものだった。
森といっても、大きな木が幾本かあるためにそう見えるだけで、実際は小さな木造建築や石造りの像などが並ぶ、一種の宗教施設らしい。
ここには、シンに連れられて何度か来たことがある。
しかし、こんなに人がいるところは見たことがなかった。
いつもならば、静かながらどこかのんびりとした空気が漂っていたそこには、門の外まで雑多な割には規格の同じ露天が溢れ出し、狭くなった通路いっぱいに、人が通ったり立ち止まったりしている。
ていうか。
「・・・一応、神殿なんだよな？ここ」
「神殿ってか、神社ですよ」
アスランにとってはまったく答えになっていない答えを返し、シンは恋人の手を引いて、ずんずんと人混みの間に踏み込んで行く。
「とりあえず、お参りしましょう。メシはそれからで」
ここで昼食を食べるのか？いや確かに食べ物の露天が多いんだが、と思っているアスランの目の前で、子供が立ったまま、簡易容器に入った焼きそばとフライドポテトを食べていた。
器用だ。
でもきっと、シンならできる。
そんなことを思っているうちに子供の前を通り過ぎ、小さいが美しい造り社殿の前に引きずって行かれた。
専用の水場でぎこちなく手を洗い、社の前の箱に小銭を放り込んで、大きな鈴を鳴らして手を叩く。
この作法も、シンに教わったものだった。
コーディネイターは、基本的に無神論者が多いのだけれど、シンは何か、真剣に願い事をしているようだった。
根っからのコーディネイターのアスランは、なんとなく。
「・・・ええと、お邪魔します」
手を合わせて、ここにいるとされている【神様】とやらに、挨拶なぞをしてみた。
自分に、ここで願い事をする資格があるとは、とても思えなかった。
「何お願いしました？」
「いや・・・」
もごもごと誤魔化そうとするアスランに、シンは一気にまくしたてる。
「俺、アスランさんとずっと一緒にいられますようにってお願いしました」
「・・・そうか」
それは、なんだか嬉しい。
「ここ、疫病避けと五穀豊穣の御利益があるとこなんですけどね」
「そのふたつの関係性がわからない」
「だってそういう神様なんですよ！てか、ボケのアンタに的確な突っ込み期待した俺がバカでした」
反応して欲しいところを間違っているアスランに、はあ、とひとつ大きくため息をついて。
シンはまた、ぐいとアスランの腕をひっ掴んだ。
「さあて、お昼だ！ねえ、たこ焼きと焼きそば、どっちがいいですか？てゆか、半分づつ食べません？」
ぐいぐいと腕を引いて、露天と人混みの間に突っ込んでいく。
「じゃがバタも美味そうなんですよね。あ、ここの金魚すくい凄いデカイ」
シンが足を止めたのは、水槽に赤や黒の小さな魚を泳がせた露天だった。
一番大きな、白地に赤い模様の入ったものでも７、８センチほどなのだけれど、一緒に泳いでいる赤い魚がその３分の１もないので、なんだかとても大きく見える。
水槽の前に座り込んでいる親子連れの様子を見ると、その魚を紙の網ですくうというアトラクションの店らしい。
「俺、結構得意なんですよ。捕ってあげましょうか？」
結局一匹もすくえずに紙を破いてしまった父親が、それでも２匹、小さな金魚をもらって、子供に持たせて立ち去って行った。
透明なビニール製の袋に、透明な水。
そこに、赤い魚と日の光と、雑踏の様々な色が入って、とてもとても綺麗だった。
それでも、アスランは首を振った。
「・・・いや、ちゃんと飼ってやれないよ。たぶん」
「そうですね」
何か心当たりがあるのか、シンもどこか神妙な面もちで頷いて。
「来年は、水槽買ってからチャレンジですね！」
そう明るく笑って言った。
そういうことじゃない、と思ったけれど、アスランもなんとなく頷いた。
そのくらい、小さな金魚は綺麗だったのだ。
「あれじゃ駄目か？」
そうして金魚ではなく、ボールやプラスチック製のおもちゃが勢い良く流れてる水槽をアスランが指さした。
あれもあれで、なかなか綺麗だ。
「さすがにもう、あれはちょっと」
シンがちょっと情けなさそうな顔になる。
確かに、水槽を前に真剣な面もちで座り込んでいるのは、小さい子供ばかりだった。
「あ、あれならやれます。てか、やりたい！」
それだというのに、シンはやはり子供の群がっている露天へ寄って行く。
それはどうやらテントの壁面に並べられた風船をダーツで割っていくゲームらしく、割った数や並び方に応じて景品がもらえるシステムらしい。
お金を渡してシンが受け取ったダーツはどれも歪んでいて、あれは当てにくいなぁとアスランは思った。
まあ、俺が投げたら全部当たるけど。
「兄ちゃんコーディネイター？じゃあ、あの線まで下がって」
シンの前の小さな子供には、一歩前に出るように言っていた親父が付け加える。
経験と勘に基づいた、独善的、かつ的確なハンデだ。
「この辺？投げていい？」
シンは楽しそうにまっすぐに飛ばないダーツを投げて、５本中４本で風船を割った。
それでも、並びが悪いのか、そんなに高い得点ではないらしく、やたらと悔しがっていた。
「だーっ！すっぽ抜けた！」
「惜しいな兄ちゃん。どれがいい？」
風船４個の景品の山を指さされ、シンは横で眺めていたアスランを振り返る。
「アスランさん！どれがいいですか！？」
そう来ると思っていなかったアスランは、一瞬面食らった。
そうして、キョトリと景品を眺めて。
なんとなく、目に付いたものを言ってみた。
「・・・じゃあ、そのぬいぐるみ」
大きな目をした子犬のぬいぐるみは、なんだかシンのようで可愛かったのだが、シンに即座に言い返された。
「なんでぬいぐるみですか！？」
「え？、ああ、写真が良かったか？」
そういえば、シンがよくテレビで観ているアイドルグループのブロマイドも同じ場所に吊られていた。
じゃあそっちで、と、子犬に心を残しながらアスランは言った。
もともとそのつもりもなかったのに、もらえないとなるとなんだか無性に欲しくなってきて、俺もやろうかな、と考え始める。
全部当ててもいけないし、並べて当ててもダメなのか。シンの投げ方を見ていると、随分曲がって飛ぶようだし、狙うと結構難しいかも知れない。
とりあえずポケットの財布を引っ張り出そうとしていると、シンはあっさりと、親父からぬいぐるみを受け取って来てアスランに渡した。
「はい」
「・・・いいのか？」
ぬいぐるみは見た目よりもふこふこと柔らかく、持つと可愛らしさが断然増した。
ちょっと。
かなり嬉しい。
「だってアンタ、それがいいんだろ」
「ああ」
こく、と頷いたアスランは、それならと引っ張りだした財布から紙幣を抜いた。
「なら、昼はおごろう。焼きそばとたこ焼きだな？」
「あと、じゃがバタ。ビールあるから串焼きも食いたい」
「しかし、買うのはいいが、どこで食べるんだ？」
「外の石垣、どっか座れると思います」
「お前、地べたに座り込んでたな・・・」
「大丈夫ですよ。今日はみんなやってるから」
「そういう話じゃない」
言い合いながら、露天を覗く。
片手にぬいぐるみと財布、片手に焼きそばとビールを持って、アスランは思う。
楽しい、な。
シンが楽しそうで、楽しい。
雑多な店に、雑多な人々。雑多な匂いに、雑多な空気。
そこに紛れ込んだシンは、いつもよりももっと元気で。
楽しい。
「お祭り、８年ぶりなんです。戦争で、ずっとできなくって」
膝ほどの高さの石垣に座り込み、追加のイカ焼きを噛みちぎって、シンが言った。
「そうか」
その隣でぬるくなったビールを飲み込んで、アスランは答えた。
「お神輿かつぐ人もいなかったって。だから俺にも声かかったんですけど」
「・・・そうか」
「だから、絶対見に来て下さいね」
シンは、ぱっと顔を上げた。
「ウチの神輿、凄いんですから」
「ああ」
神輿の凄い凄くないは全然わからないけれど。
アスランは、笑って頷いた。
その後、二人で駅に戻り、シンは人に埋もれながら神輿をかついで。
その姿を眺めながら、アスランは、来年はカメラを持ってこようと心に決めた。
子供神輿に群がった親のように、シンの写真を撮るのだ。
そうして、金魚すくいをやってダーツをやって、ここの神様に、お願いをするのだ。
シンと、ずっと一緒にいられますように、と。
なんだかソースの匂いのするぬいぐるみは、アスランの宝物になった。