握り締める

あの人を撃ち落したときの、操縦桿の感触を覚えている。
乗っいてたのは新型で。でも、シンのためにちゃんと調整されていたはずのそれは、どうしようもなく、重くて。
それから、ディスティニーの操縦桿は、重いまま。
どんなにコネクトを甘くしても、どんなに摩擦を落としても。
「これ以上軽くしたら、何かあったとき俺、責任取れないぜ」
ヨウランにそう言われて、シンはやっと、諦めた。
その重みは、何かに似ていると思ったけれど。
毎日ディスティニーに乗るシンには、それが一体何なのか、思い出すことができなかった。



ルナの機体が遠くに光る。
細かい光が浮いては消えるのは、レイのレジェンド。ドラグーン。
シンはシンで、ディスティニーを駆って敵を倒す。
重い重い操縦桿。
それを、握り締めて。
みんな雑魚だ。
数が多いだけだ。
ホーン隊のザクがうざったい。
でも、味方は避けなくちゃ。

遠くの遠くまでよく見える。
敵味方だって、ちゃんとわかる。
それに体がついていく。
操縦桿は重いのに、それも全然苦にならない。
今。
デスティニーの速さが、シンの速さ。
デスティニーの力が、シンの力。
フットペダルを踏み込んで、操縦桿を握り締め。
宇宙空間に耐えて動く、自由な腕が、敵を斬る。
狙いは決して外さない。
トリガーも、かなり、重いけれど。
そんなことは問題じゃない。
羽根のように体が軽い。
あたりまえだ、シンは今、真空の宇宙を翔んでいるのだから。
次々に、制動を失っていく敵。
偏光グラスで遮断される、動力炉爆発の紅い光。
それは、スクリーンの向こうの出来事で。
握り締めた操縦桿の、その、重みだけが、リアルだった。





「アスランさん、アスランさん！！」
シンに呼ばれて、データの流れるディスプレイに見入っていたアスランは、スクロールを止めて顔を上げた。
「なんだ、シン」
制服を着崩した少年は、きっとアスランを睨み上げた。
「アンタ、夕食の後インパルス見てくれるって言いましたよね！」
シンの手が、作業台を叩く。
ほとんど反射で、キーボードを庇う。
「だから夕食の後だと言っただろう。俺はまだ食べてないんだ」
「はぁ！？食堂閉まっちゃいますよ！」
そう言われて、ディスプレイの端に映った時計に目をやって。
アスランは、ほんの少しだけ、驚いた。
「・・・ああ、こんな時間か。仕方ないな。これが終わったら行くから。どれだ、チェストフライヤーか？それとも・・・・」
「コアスプレンダーですよ！パイロットなんだからコックピットに決まってるだろ！」
顔を真っ赤にした少年が、がんがんと作業台を叩いた。
その様子と、その言い様に呆れて。
アスランは、説教モードでシンに言った。
「あのな、パイロットなら機体についてはちゃんと把握を・・・」
「もういいですよ！とにかくメシ食いに行きましょうメシ！食堂閉まる前に！！それから俺のインパルス！」
「待て！これが終わるまで待て！」
怒鳴って怒鳴り返されて。
ぎゅ、と、握ったあの人の腕は。
結構細くて、硬くて。
でも確かに指を押し返す弾力と。
遅れて伝わる体温と。
それから。
奇妙な重さが、あった。





ペダルを蹴って離脱する。
デブリを避けて、敵を探す。
いた。
識別信号、レッド。
こっちに向かってる。
向かって、来る。
速い。
でも、この速さで制動なんかできるわけない。
すれ違いざまに、斬ってやれば、それで。
そうしたら、ルナの方へ・・・・

握った操縦桿を倒す。
手のひらにかかる重み。
体にかかるG。
アロンダイトを抜く。
朱鷺色の光。
それが目に映った、次の瞬間。

まるで、唐突に出現したかの高速で。
迫り来たのは、紅色の機体。

すべてが、コマ送りに見えた。
デスティニーの繰り出したその切っ先が、敵機の左腕を掠めて。
目の端に、ビーム光が見えた。
ありえない方向。
それでも、シールドをかざすことができたのは、シンの反射神経だからこそ。
デスティニー、だから、こそ。
脚部にビームサーベル！？そんなバカな！
とっさに下がったのは、２撃目を想定してのことだ。
デスティニーの背面より放出される、朱鷺色の光が前方に散って。

紅い機体を映し出した。

ジャスティス。
伝説の、MS。
次の一撃はなくて。
代わりに。

「シン！」

聞きたくない声が、聞こえた。





「おい、そこ持ってたら終了もできないだろう」
「え・・・、あ、はい」
握った腕を離すと、アスランは手早く作業を終了させた。
ディスプレイの電源を落として、シンの方へと向き直る。
藍色の髪がふわりと揺れて。
額の白さが、際だって見えた。
「コアスプレンダーだったか？上だな」
「ちょっと、アンタどこ行くんですかエレベーターこっち！」
そのままずんずんと格納庫の奥へと行ってしまおうとするアスラン、シンは慌てて追いかけた。
「梯子の方が早いだろう」
「それで登る気ですかアンタ！」
作業用の、細い梯子を掴んだ腕を捕まえて。
それをぎゅっと握って。



あの時、何と言ったのか。
シンは、覚えていない。

ただ、握った腕の重みだけが、鮮明に。





「アンタが、アンタが裏切るからーー！」
アロンダイトが光を噴く。
触れれば斬れる斬撃を、紅い機体はするりとかわし。
追い縋ってゆくフラッシュエッジを、盾の一振りで退けた。
「シン！お前は！」
聞く耳なんか持たない。
裏切り者の、言うことなんか。
次は、外さない。
敵の動きを測りつつ、操縦桿を握りしめる。
重い重い、操縦桿を。

「お前は、何が欲しかったんだ、シン！！」





「わかったよ、エレベーターを使えばいいんだろう？だから離せ、危ないだろう」
「アンタが言うなよ！」
その手を離すのは、なんだか惜しい気がして。
シンはその腕を握ったまま、ずんずんとエレベーターへと足を進めた。





打ち込んだ、機械の大剣。
柄の代わりに、握りしめた操縦桿の重さは。
覚えのある、何かに。
欲しかった、何かに。

「アンタがー！」
「シン！！」


大切な、何かに。
似ているような気が、した。








それは、あなたの腕の重さ。
命の、重さ。

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