ねずみのツリー
町にツリーが飾られ始めた頃、アスランにクリスマスの予定を聞いたら、案の定、「仕事だ」という答えが返ってきた。
そうだろうな、とは思っていたけれど、やっぱりシンは、落ち込んだ。
「仕方がないだろう、俺はよくわからないが、こういう日なら、家族がいる者を優先的に休ませるべきなんじゃないのか？」
「そりゃ、そうですけど・・・って」
お互い軍に勤めていると、一緒に住んでいても、食事すらも、なかなか一緒にできない。
研究所勤務のアスランと、パイロットのシンではなおさらだ。
それでも珍しく一緒に食べられた、シンの夕食、アスランの朝食中。
「俺、家族じゃない？」
シンが恨めしげに言うと、アスランはひとつ、ため息をついた。
「・・・子供がいる者、だな。俺も似たようなものだが」
「何だよ、それ！」
がったん！と椅子を蹴って立ち上がると、アスランはしかめっ面でシンの椅子を指さした。
「シン、座れ」
シンは膨れっ面で椅子に座り、何もつけていないパンを口の中に押し込んだ。
ぜんぜんまったくおいしくない。
「そこで仕事を優先できないあたりが、子供っていうんじゃないのか？」
「アンタから見たら、俺ずっと子供なんじゃないですか？」
アスランも、あまりおいしくなさそうにコーヒーをすすって。
「・・・そうかもな」
そう、呟いてから、食べ終わった食器を持って、キッチンへと去っていった。
その、少し丸まった背中に。
ちょっと悪いこと言ったかな、と思ったけれど、シンはやっぱり謝らなかった。
なんだかちょっとヤケになったので、クリスマスイブもクリスマスも、仕事を入れてしまった。
クリスマスの日勤を代わってあげた、子供が小さいという先輩には、なんだかものすごく感謝された。
「礼に、クリスマスツリーやろうか？娘にせがまれて今年は大きいのを買ったから、去年のがあるんだ。一回しか飾ってないから、まだ綺麗だぞ」
「いえ、いいです。それよか後でメシでもおごってください」
コーディネイターって、みんな無神論者なのに、なんでこんなイベント有り難がるのかな、と、自分も騒いだことを棚に上げて、シンは思う。
それでもやっぱり、人に感謝されるのは嬉しかったし。
そんな日を、恋人と過ごせないのは寂しかった。
かたん、と、玄関のドアが閉まる音で目が覚めた。
時計を見る。
まだ、寝てからそんなに経っていない。
日付の変わる前だった。
がさごそと、リビングの方で何かをしている気配がして、そっ、と、寝室のドアが開く。
「・・・おかえりなさい」
「ああ、すまない起こしたか」
寝ぼけた声で迎えると、アスランも、トーンを落とした声で答えた。
シンを起こさないように、向こうの部屋で着替えてきたのだろう。もうパジャマで。
片手に、何かを大事そうに持っていた。
「それ、何？」
気がつくとベッドのど真ん中で寝てしまっていたので、アスランのための場所を空けながら聞く。
「ああ、クリスマスツリーだ」
アスランは、それをベッドヘッドに取り付けられた棚の上。
０時少し前を指した、時計の隣に、置いた。
「売店で夕食を買ったら、おじさんがくれた」
それは、小さな小さなクリスマスツリーだった。
小さいけれど、きらきら光るラメの飾りと、先端には、ちゃんと、星のついたツリー。
その、あまりの小ささに、シンは、子供の頃に読んだクリスマス童話を思い出した。
「ねずみのツリーだ」
「ねずみ？」
ベッドに入りかけたアスランが、首を傾げる。
「うん」
するり、と、隣に冷えたパジャマが入り込んでくる。
それでも、それはすぐに、あたたかくなった。
「昔、子供の頃、持ってた絵本にあったんだ。・・・えっと」
シンは、記憶をたぐり寄せる。
「人間の家族が、大きなクリスマスツリーを大きな家に入れるんだけど、先端がちょっとつっかえて、星がつけられないんだ。だから、その先端を切って窓から捨てるんだけど、それを・・・」
話しながら、シンはだんだん切なくなってきた。
それは、シンが幸せな子供の頃に読んだ。
幸せな、クリスマスのお話。
「えっと、熊だっけかな？それがいいもの拾ったって、喜んで持って帰って。家に入れると、そこでもやっぱり、先がつっかえるんだ」
大きな生き物から、だんだん小さな生き物へ。
どんどん小さくなっていったツリーは、やがてねずみの家へと持ち帰られる。
「ねずみの家に、そのツリーはぴったりで、ちゃんと先に、星もつくんだ。だから、そのクリスマスは、みんな家にぴったりのツリーを飾って、幸せに過ごせるんだ」
「・・・・」
シンとアスランはベッドに寝ころんだまま、飾られたツリーを見上げていた。
ねずみのツリー。
宇宙の中の、ちっぽけな。
小さな自分たちの家には、ぴったりの、ツリー。
「確かに、１分ぶんのクリスマスには、ぴったりの大きさだな」
アスランがそう言ったとたんに、日付が、変わった。
「えっと、そういう意味じゃなくて。たぶん」
シンはなんだかがっくりきたけれど。
「明日」
アスランがそう言って、あたたかくなった腕で抱き込んできたので、シンは耳をすませた。
「俺、休みなんだが、お前は？」
「俺もですけど」
「そうか」
近すぎて、顔は見えなかったけれど。
アスランの吐息が、ちいさく笑ったのが、わかった。
「なら、一緒に本屋に行かないか？」
頬が触れる。
あったかい。
だからシンも、アスランに頬を寄せて、抱きしめた。
「その絵本を、探しに行こう」
「・・・うん」
シンの腕の中、ぴったりと。
シンに丁度いい、ぴったりの、恋人。
きっと、窓から見たなら、俺たちは。
あの絵本の挿し絵のように、幸せな家族に、見えるのだろう。
そう思うと、シンは嬉しくなった。
絵本の話をしたときの、切ない気持ちは、どこかへ消えて。
一日遅れのクリスマスプレゼントを待ちわびる、幸せな気持ちだけが、そこにあった。