熱度
その小さな壜は、わずかな光をきらきらと弾いて、アスランの目を引いていた。
下肢が疼いて、たまらない。
今すぐ、目の前の男にむしゃぶりついて、獣の性のままに、求めてしまいたい。
それでも、その壜の中身が。発情抑制剤があれば、それも容易に抑えることが出来るから。
アスランは、ただ従順に、実験室の冷たい床、ギルバートの足元に座り込んでいた。
あれが、もらえれば。
この苦しみから解放されるのに。
「欲しいかね？」
聞かれて。
「は、い」
頷く。
しかし、そのやり取りで、それが自分に与えられるものでないことが知れてしまい。
果たして、ギルバートはその瓶を傾け、アスランは彼がそれを嚥下するのを、ただ、見守るしかなかった。
あの薬は、発情したアスランから発せられる誘発物質を、中和する働きもするから。
この実験の時、ギルバートはいつも、これを使うのだ。
「さて、いつまでそこに座っているのかな」
言われ。既に力の入らなくなっている足を、無理やりに立たせた。
そんな動きにさえ、足の間が疼いてしまう。
何かの弾みで書き間違えられた、アスランを作る設計図。
雄の形を持ちながら、雄を欲しがり、雄を誘う、体。
目の前にある、この男の体にむしゃぶりつきたくてたまらない自分を、アスランは酷く嫌悪した。
キラを、殺した男なのに。
カガリを、殺した男なのに。
「おいで」
それでも、アスランに抵抗は許されていない。
するり、と、実験台に体を上げると、着ていた術衣を事務的に取られた。
そこだけ強くライトが当たり、発情しきって染まった肌と、痛々しく立ち上がっているものを、隠すことなく照らし出している。
「機能は、確かなのだがね」
「ひんっ」
いきなり前を掴まれて、悲鳴を上げるなり、達してしまう。
それを一滴もこぼさずに、緩衝液の入ったビーカーに受け、ギルバートはそれを、慎重にチップへと分けていく。
「君の作出は、ほぼ事故に近い。これでは、成功率が悪いという問題ですらないよ。だから、君の子を作ったほうが効率が良いのではないかと計画修正案を出してはみたが・・・どうだろう」
その作業を終え、アスランに向き直った科学者は、伏せて震えている耳を、きつくつまんで引っ張った。
「ぁ、んっ・・・・」
「しかし、ヒトとも、猫とも自然交雑はできないからね。阻害要因をひとつひとつ取り除いた方が早いのか・・・難しいな」
そうしてギルバートは、その大きな手のひらでアスランの顎を掴むと、ふるふる震えている耳元に、鼻先を寄せた。
「いい匂いだね。男を、狂わせる匂いだ」
その泰然とした艶のある声が、アスランの肌を粟立たせる。
尻尾がいっそう太くなり、伏せられた耳の繊毛まで、毛羽立つ。
その様子にくつりと笑い、ギルバートは細い顎から胸元まで、するりと冷たい手を下ろしてみせた。
「そう、この機能も、解明できれば有効に利用できると思うのだが・・・」
男の手が。
キラとカガリをばらばらにした手が、アスランの肌を這いまわる。
嫌なのに。
嫌な、はずなのに。
「あんっ・・・ふ・・・」
甘えるような声が勝手に出て、その手に身をすり寄せてしまう。
そんな自分を嫌悪しながら。
それでも、アスランは自分を止められない。
体が辛い。
早く、何とかして欲しい。
いいから。
もう、誰でも、何でもいいから。
「はしたない子だね。・・・まあいい。四つん這いになって、腰を上げて」
命令に従い、四つに這えば、いつもの手順で電極を取り付けられる。
そのまま大人しくしていれば、尻の肉を掴まれて、その狭間に冷たく濡れたものを押し付けられた。
それは、コードの付いた細い棒。
期待感に、思わず腰を突き上げて、ぱたり、と、尻尾がギルバートの腕を叩く。
それを掴まれ、強く引かれ。
「ほら、あまり動いてはいけないよ」
「あ、ああっ・・・」
冷たくて硬いものに、体の奥までを占められて、アスランは台に突っ伏してすすり泣いた。
熱く熱を持った粘膜に、冷えた金属が気持ちいい。あまりの深さに、内臓の奥が圧迫されて、しかしその苦しささえ快感で。
「37.5℃、2.60〜5.36Mdyn。これでは細いかね。もうひとつ上げないと、正確な値が出ないな」
「あっ・・・ぅ」
ずるり、と抜き取られた後は、体の中の物足りなさに泣く。
しかしすぐに、もっと太く、もっと冷たいものに、貫かれ。
「ああっ・・・ぁ、はんっ」
「うん。悪くない。ああ、イくなら少し待ちなさい。勝手に試料をこぼしてはいけない」
「や・・・うぁ・・・っ」
無理だ、と、頭を振りながら、身を震わせて達しようとしていると、今にも吐き出しそうなそれをきつく押さえ込まれ、アスランはまた、泣き声を上げた。
「や・・・っ！」
「駄目だと言っただろう。少し、自分で押さえていなさい」
ギルバートは、台の縁を掴んだアスランの手を取ると、それを今にもイきそうなそれに添えさせた。
「・・・・っぅ・・・・」
懇願するように見上げても、表情のない橙色の瞳は、ただ、冷たくアスランを見下ろしたまま。
「早く。でないと、君も苦しいだろう？」
その言葉に、アスランは泣きながら、震える指を己に掛けて。
細い指が、しっかりとそれをせき止めるのを確認し、ギルバートの気配が離れていく。
この手を離せば、イけるのに。それが、許されなくて。
がくがくとする膝が崩れ、その弾みで中の器具に思わぬところを抉られて、声を上げる。
「あ、あっ」
「だから、腰を上げなさいと言っているだろう」
ようやくギルバートの手が訪れたことに安堵し、しかし、また張りつめたものを掴まれて。
「ひんっ」
それごと腰を持ち上げられ、あてがわれた冷たいガラス容器の中に、堪えようもないままに、吐精してしまう。
「あ・・・ぁ・・・・」
その時、きつく食い締めてしまった体内の計測器の値を確認し、ギルバートは実に満足げに、笑った。
「やはり、成熟するにつれて値が良くなるね。次は、もう少し太いものを作ってこようか。まったく、君の体は面白い」
「っふ・・・ぅ・・・・」
アスランは、答えることも出来ずにひんひんと鼻を鳴らして、側に立つ男の下肢に擦り寄った。
もう、理性など欠片も残ってはいない。
まだ、反応すら窺わせないそこに、頬をすり寄せて。
後ろに入ったまま、上がりきった体温に温められた実験器具を締め付けながら。
ただ、早く。
もっと、と。
「いやらしい子だね。ヒトの顔をしても、やはりケモノか」
ギルバートの嘲笑にも、体は熱を上げていくばかりで。
白衣のすき間に鼻先を突っ込み、探り当てたベルトに歯を立てると、ぐい、と髪を掴まれ、引き剥がされた。
「や・・・っ」
「その前に、口を開けなさい」
命令に従えば、ペンライトの光で口腔を検分された。
長い指が歯列をなぞり、頬の内側を擦ってアスランを感じさせる。
「牙の再生が、前回よりも遅いようだね」
前に、ギルバートにされてから、そう日にちは経っていない。
彼のものを咥える時、どうしても邪魔になる尖った犬歯は、そのたびに抜かれていたのだけれど。
今日はあの痛みを逃れられると、霞みかかった意識の中、アスランはほっと息を吐いた。
そのさまを、ギルバートに笑われ。
「その分、もっとちゃんとできるね？」
聞かれて、頷き。
解放された顎でベルトを解き、ジッパーを下げ、疲れて唾液の滴る口で、まだ力のない彼を咥えた。
口いっぱいの、ギルバートの、もの。
口いっぱいの雄の匂いに、彼に対する嫌悪感も、兄弟達への思いも消えていた。
ただ、早く、早くと。
深く咥え、喉を使い。
その間にも、自身の熱も、ひどく上がって。
「・・・・っふ、くぅ・・・ン」
ただ刺し貫くだけの硬い器具の代わりに、それを与えられる瞬間を夢想しながら、アスランは息をするのも忘れて、必死に彼にしゃぶりつく。
やがてそれが含みきれないほどに育ち、アスランの体が待ち望む、雄の精を溢すまで。
「んっ・・・んくン」
喉を通る、生温かい粘液。
それを飲み干すことに、ためらいはない。
「上手になったね」
口で受け止めきれず、たらたらと溢してしまったものを手の甲で拭い、アスランはそれをぺろぺろと舐めた。
「美味しいかい？」
こくこくと頷き、乞うようにギルバートを見上げ。
歪んだ本能の虜となったアスランは、誰よりも忌み嫌う男に。
大切な兄弟たちを、殺した男に。
懇願の言葉を、口にする。
「く・・・ださい。お願い、です。ギル・・・・」
長い尻尾をくねらせながら、大きな耳をきゅうっと伏せて。
ねだる仔猫のその様子に、ギルバートは満足げに頷いた。
「本当に・・・いい子だね、君は」
そうして、アスランの後孔に差し込んでいた器具を、抜き取って。
アスランの腰を叩き、それを自分に差し出させ。
「あああっ・・・！」
腰に食い込む男の指。
その奥に食い込む、雄の楔。
アスランの体が、ずっと、欲しがっていたもの。
熱くて、酷い、雄の支配。
「あっ、あ、あぁ・・・・」
熟れきった襞を蹂躙されるのは、もうどうしようもなく気持ちよかった。
奥深くまで貫かれ、息も出来ずに、頭の中が白くなる。
今、自分を犯す男のことも。
兄弟のことも、実験のことも。
何もかもが、どうでも良くて。
アスランは、ただ。
本能の示す、雌の快楽に、溺れた。
「・・・・・っあ・・・・・・・」
爪の先が、何かを掻く。
それに縋るように、身を寄せて。
助けて、たすけて、と、声にならない叫びが、喉から洩れて。
「・・・なぁ・・・ぅ・・・・」
「アスランさんっ」
突然降って湧いた声に、耳と尻尾がびくんと跳ねた。
「え・・・あ・・・・」
「大丈夫ですか？なんか、うなされてましたけど」
アスランは、恐る恐る、縋り付いていたあたたかいものを、見上げた。
アスランを覗き込む、赤い瞳。
あの、冷たい橙色ではなくて。
熱い、あつい。
シンの、瞳。
「シ、ン・・・」
酷い夢の後、突然訪れた深い安堵に、アスランは思わず涙ぐむ。
そんなアスランの様子に、シンはもう一度「大丈夫ですか？」と呟いて、返事を待たずにそっと抱きしめてくれた。
あたたかい、シンの腕。
あの時とは、比べようもない。やさしい、ぬくもり。
大丈夫。
もう、大丈夫。
彼がいれば、大丈夫。
じんわりと戻ってくる現実。
傍らの恋人のぬくもり。
背中には、子猫たちの高い体温も感じて。
「すまない・・・少し、夢見が悪かった」
言いながら、シンの頬に自分のそれをすり寄せ、彼の匂いを堪能してから、物問いたげな唇に、キスをする。
シンは、ちゃんと応えてくれて、それでようやく、強張っていた体から、力が抜けた。
そんなアスランに、今度はシンが、何度も何度もキスをして。
「もしかして、発情期来ました？」
冗談めいた言葉は、アスランの傷を抉らないため。
それがわかっていて、アスランは圧し掛かってきたシンの頭を抱き寄せて、その鼻先を、自分の首筋に埋めさせた。
「この間来て、お前いなかったから薬で押さえたばかりだよ。ほら、匂いしないだろ」
「知らないんですか？別に発情期来てなくても、あんたいっつもいい匂いしますよ？」
くんくんと匂いをかいでみせ、それからシンは、そこにちゅうっと吸い付いた。
「何、を。馬鹿なこと・・・」
「ほんとです。うん。すっげイイニオイ」
シンの唇は止まらずに。
アスランも、辛い夢を払拭する、やさしい愛撫に身を任せる。
愛しいひとの、確かなぬくもり。
何よりも安堵する、やさしい匂い。
それに、ふたり、夢中になりかけて。
「みー・・・」
子猫の声に、我に帰る。
「シン、二人が起きる。・・・するなら隣に行こう」
「いいの？やーった！」
「大声出すなよ」
嬉々とした声をたしなめて、起きかけた子猫たちを、また眠り込むまであやし。
それから、心ごと寄り添うために、ふたりでそっと、部屋を抜け出す。
「アスランさん、あいしてる」
「うん・・・・俺も。あいしてる、シン」
過去の夢を解かす、やさしい
そのぬくもりを、確かめるために。