そのとき、水色はご機嫌だった。

 

口には、自分の頭よりも、大きな雀を咥えている。

水色が、初めて獲った雀である。

ときどき、ばたばたと暴れる羽根がじゃまで、ちょっと前が見えにくいのだけれど、それでも水色は、いっしょうけんめい雀を運ぶ。

 

それは、水色の初めての獲物だったから。

だから、大好きな永泉にあげようと、意気揚々と雀を運ぶ。

 

水色は、とってもご機嫌だった。

 

 

でも、永泉の部屋へ行く途中、大きい先住者に会ってしまった。

 

戦わなくてもわかる。

泰明は、水色よりも、ずっと、ずうっと強いのだ。

 

とられちゃったらどうしよう。

 

困り果てて泰明を見上げた水色の瞳をちらりと見て、しかし泰明は一言

「うむ」

とだけ、言った。

 

大きい先住者に認めてもらった水色は、さっきよりも、もっとご機嫌になって永泉の部屋へと急ぐ。

 

永泉に、喜んでもらうために。

 

そして、やっと着いた永泉の部屋で。

 

「そのすずめをはなしなさいみずいろーーーーっ！！」

 

 

永泉の、こんな大きな声を、水色は初めて聞いた。

茶色の羽根に喰いこんだ牙が、かちんと固まって、雀がもっと暴れる。

 

「はなっ、はな、放しなさい、みず、いろ・・っ」

 

ぜいぜいと息切れしながらもう一度言った、永泉の言葉に従って。

というわけじゃなく、こわ張った顎がかくんと落ちて、水色の初めての獲物は、ぼたりと床の上に落ちた。

落ちて、折れた翼を中心に、ばたばたばたと必死に暴れまわる。

それを慌てて手のひらにすくい上げた永泉は、水色のあとからゆっくりとやって来た泰明に駆け寄った。

 

「助けてください、泰明殿ぉ」

しかし半泣きの永泉と、固まった猫の後ろ姿を交互に見やった泰明は、ひとつ首を傾げてこう言ったのだった。

「喰わないのか？せっかくそれがお前に持ってきたものだろう」

「たべません！！」

ああそうか、と泰明は思った。

「お前は僧だったな」

だから肉食は禁じられているはずだ。 

「そおいうことではないんです！！」

永泉はもう完全に泣いている。

「たすけてください〜〜〜」

仕方なしに、泰明はそのちいさな生き物を永泉から受け取った。

「わかった」

 

泰明がそう言ったなら、雀は助かるのだと知っている永泉は、こんどはらしくないばたばたとした仕草で、水色の前に戻った。

 

「水色！そこに座りなさいっ」

水色はさっきから、ずっと固まったままそこに座っている。

「雀をっ・・・獲っては、いけませんっ！」

猫に言ってどうする、と思った泰明は、しかし無言で雀の治療に集中し、やっとこわ張りの解けた水色は、一声だけにゃあと鳴いた。

「いいです、ねぇっ」

そう言って、えーん、と泣き出した永泉の膝に乗り、水色は泰明の手の中の獲物を見上げてから、もう一度にゃあと鳴いて、鼻先を涙に濡れた頬に押し付け、慰めにかかった。

 

水色は、泣きじゃくる永泉を慰めるのに一晩を費やし、泰明も永泉の望みを叶えるために、一晩雀につきっきり。

 

そして、なんだか無駄に疲れているのに、ちょっと心がふわふわするような朝。

 

ひとりと一匹は、泣き疲れと睡眠不足で、ふらふらしつつも朝のお勤めに励む永泉（でも自分の守り本尊にお経をあげるだけ）を、部屋の入り口で眺めていた。

こうして見ると賢そうだ。

と、あんまりなことを考えている泰明の側に座り、水色はある決意を固めていた。

 

雀がダメなのは、わかった。

では、こんどは床の下にいる、あのちょっとすばしこいやつを獲ってこよう。

 

あれならえいせんもきにいるにちがいない。

 

早速探してこようと身を翻した水色を、しかしあっという間につかまえてぶら下げ、泰明は言った。

「鼠はやめておけ。守宮もだ。獲るのはかまわんが、自分で喰え。永泉には見せるな」

じいっ、と、その名のとおりの瞳を覗き込まれ、水色はびくんと竦み上がる。

 

すずめもねずみもやもりもだめ？

 

「蜥蜴も鴉も他の生き物もだ。でないと放り出す」

泰明はほんとに本気だった。

永泉を泣かせるものは、鬼だろーと仔猫だろーと、とにかく排除。

常識である。

二度目はない。

 

水色は、必死の力を振り絞って、大きな先住者の、その色違いの瞳から目をそらした。

 

もうしません

 

「うむ」

頷いた泰明は、そのまま仔猫を永泉の方へと放り投げる。

 

「や、泰明殿！」

うにゃーぅ

小動物たちの声に背を向けて、泰明はとりあえず雀のための薬を取りに、一条の屋敷へ戻ることにした。

 

屋根には雀が止まっている。

空は、水色の瞳のように優しい青だった。