んにゃー

猫が鳴いた。

 

永泉の膝と、とろけるような笑顔を独占している、

猫。

 

「可愛いでしょう、泰明殿」

兄にもらったというその仔猫は、白地に黒の入った毛並み。

水色の瞳を細め、唐渡りの長い尾を、はたりはたりと振りながら、頭を撫でる永泉の手にごろごろと甘えている。

 

んなぁー

ごろごろ。

 

むかむかするのは、何故だ。

泰明は、永泉の膝の上の猫を睨み付けた。

白と黒の耳が、ぴくんと上を向く。

 

「・・・・私に何の用なのだ」

泰明の不機嫌は、しかし無表情なので、ご機嫌の永泉には伝わらない。

「はい。あの、この子の名前を、考えていただきたくて・・・」

お呼び立てして申し訳ありません、と続いた言葉も、どこか浮ついている。

 

むかむかする。

 

「お前の猫だ、お前が考えれば良い」

永泉の頼みでも、それを叶えてやるのは、なんだかとても嫌だ。

しかし、しょんぼりとして謝るパターンに入るだろうと思われた永泉は、以外にもほんのりと頬を染めて、おずおずと言ったのだった。

「では、あの、『泰明』と名づけてもかまわないでしょうか・・・・」

永泉に背中を撫でられて、気持ちよさそうな猫がにゃんと鳴く。

 

だらだら。

 

泰明の、表情の浮かばない頬に、嫌な汗が流れた。

何がなんだか知れないが、それは何故だかとても嬉しくて、とってもとっても激しく嫌だ。

 

「あの、泰明殿・・・・？」

膝の上で仔猫を遊ばせながら、永泉が首を傾げる。

「どうか、なさいましたか・・・・？」

 

にゃう

猫も鳴く。

 

 

「・・・・みずいろ」

やっとのことで、泰明は言った。

「泉の、水の色だ。お前の猫には相応しい」

なんにも考える余裕なんかない。猫の目の色、永泉の名前。それだけの。

口からでまかせ。

言葉は大事に扱わなければならない。しかし、泰明はこの猫が『やすあき』と呼ばれるのは、何が何でも嫌だった。

 

「水色・・・良い名ですね。ありがとうございます。泰明殿」

しかし永泉はその名が気に入ったらしい、猫をぶらんと抱き上げて、「今日からお前は水色ですよ」なんぞと嬉しそうに言っている。

 

その猫の足と、永泉の膝。

そのわずかな隙間に、泰明は頭を突っ込んで、寝転んだ。

尾の先の黒いところで、はたりと頬を打たれたが、猫から永泉の膝を奪い取ることには成功する。

「泰明殿・・・？」

泰明の勢いに永泉は再び首を傾げたが、すぐに仔猫を自分の脇に座らせ、泰明の髪を撫でた。

 

 

にゃあ

みずいろが鳴いて、永泉のお腹と、泰明の頬のわずかな隙間にぎゅぎゅーっと挟まった。

永泉はくすくす笑って、泰明の唇と、子猫の鼻先に唇を寄せる。

 

まあ、いい。

泰明は思った。

 

永泉の膝はあたたかくて。

仔猫の毛はふわふわで。

 

「泰明殿、お休みになりますか？」

降り注ぐ声は柔らかくて。

 

「・・・・・ああ」

 

日は暖かくて。

大好きな人の、いいにおいがして。

優しい風と指が頬を撫でて。

 

まさに。

ひるねびより。