夏の終わり、秋の初め
アスファルトの上に籠もった熱を、不意に、風が薙いで行った。
熱はすぐにまた戻り。
日差しは、相変わらずきついけれど。
それでも、その風に夏の終わりを感じて、アスランは先を行く少年の背中に目を細めた。
「何やってんですかぁ！」
立ち止まってしまったアスランを振り返り、シンはつかつかと歩み寄って、だらりと垂らされていた手を掴んだ。
いつも冷たいそれも、さすがに体温に近い気温に熱せられてか、ほど良い温度を持っていた。
「行きますよ、映画始まっちゃう」
そのまま手を握り締め、ぐいぐいと引いていく少年の、ふわふわ揺れる毛先を眺めながら。
アスランは、ちいさくひとつ、笑みをこぼした。
シンの誕生日に、欲しいものを尋ねたら、デートして欲しいとせがまれた。
人の少ないところならいいと答えたら、自意識過剰だと怒られた。
誰ももう、あんたの顔なんか覚えてない。
そういわれて、それもそうかと思い直し。
しかし、一応していったサングラスを、シンはだだをこねて外させた。
あらわれた、夏草色の瞳が、困ったように笑うと。
シンのルビーの瞳も、嬉しげに笑った。
アスランは、あまり外に出たがらない。
何故かなんてわかっているし、その気持ちだってわからないでもない。
でも。
それでも。
そう背丈も変わらない少年（まだ自分が少年にしか見えないことを、シンは悔しいながらも認めていた。それわかる分オトナじゃん、俺！）に引きずられていく美しい人を、わざわざ振り返る人がいる。
立ち止まって眺める人がいる。
指差しやがる奴までいる。
幸い、アスランは『目立ってはいけない』ことはわかっても、自分が本当に目だっているか否かにはひどく疎い人だから、そんな外野の様子には気が付かない。
鈍くて、助かる。
だからシンは、その綺麗な人の手を引いて、堂々と歩いていく。
でも、それでも足りなくなって。
「あんたさぁ、軍辞めてから、ちょっと鈍くなったんじゃねぇの？」
「なってない！・・・と、思うんだが。少なくともお前には負けないぞ」
「えー、じゃあ勝負しましょう、勝負」
言いながら、捕まえた腕を引き寄せて。
腕に掴まるように見せかける。
実際には腕を組んでいる状態なのだが、やはりアスランは気付かない。
年下の恋人に、ぶら下がられている感覚なのだろう。
気付いたら、きっとぶん殴られるだろうから、この人に鈍さに感謝する。
「勝負ってお前、映画見に行くんだろう？」
「見た後に勝負です」
どうだ。
この綺麗な人、俺の恋人だぞ。
腕組んじゃうぞ。
くっついて歩いてるぞ！
満足げににんまりした少年の足元を、夏の終りの日が焼いて、すぐに、その恋人の足に踏みつけられて。
そう。
これが、俺の本当の誕生日プレゼント。
もちろんデートだってしたかったけれど。
一緒に映画見て、食事して、遊んで。
そんな普通の恋人みたいなこと、したかったんだけど。
でも、ほんとはさ。
「勝負って何するんだ？」
わずかに秋色を含んだ日の光に、翠の瞳がきらめいて、綺麗だ。
綺麗過ぎてドキドキする。
「えっと・・・あ、バッティングセンター行きましょう。ホームランの数で勝負！」
はしゃいだ振りしてしがみつく。まあ、実際はしゃいでるけど。
兄貴にじゃれつく弟じゃないんだ。
この人、俺の恋人なんだ！
「へえ、行ったことないな」
「どこのお坊ちゃんですかあんた・・・ああ、お坊ちゃんだっけ」
「うるさい」
むっとした顔のアスランに、ぱこんと頭を叩かれる。
お返しに指に噛み付こうとして、やめろバカと避けられる。
アンタさ、わかってないだろ。
これ、傍から見てるといちゃいちゃしてるようにしか見えないよ？
「とりあえず映画！あんた寝ないで下さいよ！」
「・・・・保障しない」
「金払う意味ないじゃん」
チケット売り場で「大人二人！」とシンが勢い込んで言うと、すかさずアスランがカードを窓口へ差し出した。
「あ、出します俺」
「いいさ、誕生日プレゼントだろ？」
「やった」
シンが笑うと、アスランも笑う。
平和っていいなと思う瞬間だ。
館内に入ると、ひやりと汗が冷えて、隣の人の体温が気持ちいい。
「寒くないか？」
小首を傾げてアスランが聞いてくる。
「年寄り・・・」
呟いたシンは、またアスランに殴られて。
今度こそ、その綺麗な指に、噛み付いた。
アスランは、映画を見ながら見事に寝こけた。
寝ないようにと、目まぐるしく画面の変わるアクション映画を選んだのに、シンがちょっと夢中になっている隙に、気づいた時にはもう気持ち良さそうに眠っていた。
・・・あんまり気持ち良さそうだったので、起こすのは、やめておいた。
映画館から出ると、日差しはまだ高くて。
しかしアスランは、気持ち良さそうに大きくひとつ伸びをした。
「なんだか中が寒かったから、暑いのが気持ちいいな」
「あんた寝てたから余計体温下がってんでしょうが。・・・うわ冷て！ホントに冷てー！」
握った手の冷たさに、シンが大袈裟に声を上げ、アスランはその手を握り返しながら、ちいさくひとつ、微笑んだ。
「お前の手は、あったかいな」
「だからあんたのが冷たいんですよ、もう」
冷たいアスランの手を引いて、シンはその人をこんどこそ、バッティングセンターへ引きずっていく。
着く頃には、その冷たかった手はすっかりぬくもっていて、それでも離さないシンの手を、アスランも離さないでいてくれた。
「へえ、結構速いな」
「ここコーディネイターも多いから。速球だと１６０キロ超えますよ。・・・ベースボールはやったことありますよね」
「ああ、アカデミーでな」
防球ネットに顔をくっつけたアスランは、なんだか子供のようで可愛い。
本当にやったことが無いらしいアスランに、バットを選ばせ速球変化球つきの上級者用ブースへ連れて行くと、まずシンが見本を見せた。
「1回２０球ですから。俺が先に打ちますね」
「わかった」
ブースの後ろで、目の荒いネットに指を掛けながら、アスランはこくりと頷いた。
勝負は、数字の上では接戦で。
しかし、明白に、ついていた。
「なんで！なんで全部ホームランなんですか！すんごい落ちるのとかきましたよね、外から曲がるのとか俺手ぇ届かなかったんですけど！」
食事をしている間じゅうも、ずっと叫んでいたシンは、アスランの部屋へ戻っても、まだまだ元気に叫んでいる。
夜になれば、もう、だいぶ涼しい。
アスランはエアコンをつけずに、からりと窓を大きく開けた。
「なんでって・・・全部ストライクゾーンに入ってただろうが。届かないってことはないだろう」
立ったままぎゃあぎゃあ言っていたのを無理やりローソファに座らされ、軽くいなされたシンは、それでもまだ言い足りないらしい。
「と、届いたって当たんないんですよ、当たったってあんな飛ばないんですよ！」
いくら機械が相手と言っても、精密に作られたバッティングマシーンなのだ。
コーナーをついたり、変化球が混ざったり、球速が変わったり。
速球は全部打ち返したシンも、変化球を何度か打ち損ねた。
「ほら、ジュースやるから機嫌直せ」
「子供じゃないんですから・・・・」
それでも、グラスに入った炭酸飲料を渡されれば、大人しく受け取ってごくごくとそれを飲み干す。
残った氷を噛み砕くと、かすかに塩素の味がした。
アスランも、シンの隣に座って、同じものを飲んでいる。
彼が、こういうものを飲むようになったのは、シンと付き合いだしてからだった。
初めはただ単に、自分の分を別に入れるのが面倒なだけだったらしいけれど、今では外でも同じようなものを飲む。
この人の嗜好を自分が変えたのだと思うと、ちょっと、・・・とっても、嬉しい。
グラスの端をわずかに含み、白い喉が上下する。
思わずその喉元に頭を突っ込んで懐くと、
「こぼすぞ馬鹿」
そう言われたけれど、怒られたりはしなかった。
バッティングセンターで、ホームランを連発していたアスランは、生き生きとして綺麗だった。
軍を辞めた今でも、やっぱりこの人は体を動かしていた方が綺麗だ。
アスランが打っているとすぐにギャラリーが出来て、一打打つごとに歓声が上がった。
さすがのアスランも目立っていることに気がついたのか、しかし持ち前の負けん気で手を抜くことなどせず、すべて見事に打ち返してからシンと二人、さっさと逃げてきてしまったのだけれど。
「やっぱあんた、凄いや」
傾きかけた日の光、ゆらゆら揺れる緑のネットに、吸い込まれていく白い球。
自分の打ったそれを見上げるアスランの瞳は、子供のようにキラキラして。
ものの弾みだったけど、この人連れてって良かったと思う。
「・・・すまないな」
でも、アスランは急に声を落とした。
シンはびっくりして、その人を見上げた。
ほど良く冷えた風が、ふわふわとアスランの前髪を揺らしている。
「お前の誕生日なのに、なんだか俺の方が楽しかったみたいだ」
「そんなことないです」
綺麗なアスラン見せびらかせて、綺麗なアスラン堪能して。
それで、十分プレゼントだ。
「また、一緒に行きましょうね」
「ああ。今度はもう少し人の少ないところでな」
「えー、無理ですよ」
ごろごろごろ。
恋人に懐いたままのシンは、アスランのコップが空になったのを確認してから、しがみ付いてキスをした。
『こぼすぞ』の常套句が使えなくなったアスランは、素直にそれを受け入れる。
「ん、んっ・・・・」
飲み物に冷やされた唇は、かすかにジュースの香料の香り。
それを、たっぷりと舐め取って。
口の中、全部、シンにして。
「・・・ここでするな」
「いーじゃないですか」
ベッドだシャワーだと、いつもぐだぐだ言うアスランも、今日はシンの誕生日だからか、それ以上は煩く言わずに。
持っていたグラスを側に置き、その手でシンの背を抱いてくれた。
グラスを持っていた指先だけが、冷たくて。
でもすぐに、シンの背中と同じ温度になった。
シンは、アスランの体が大好きだ。
アスランが、全部大好きだ。
はだけさせた胸元にキスをすると、甘い吐息が髪をくすぐる。
体を動かしたせいか、暑かったせいか。
いつもより汗の匂いがして、それが少年をいっそう興奮させた。
「シ、ン。こら。跡つけるな・・・っ」
「だってこんなとこ誰も見ませんよ」
「自分で恥ずかしいんだっ」
「・・・・いっぱいつけてやる」
ちゅうちゅうとあちこち吸い付いて、やりすぎだ、と、力の入らない手で殴られて。
じゃあいいですよもう、と、膨れた振りをして、ズボンのベルトに手を掛ける。
何度抱き合っても、心臓の跳ね上がる一瞬だった。
かちゃかちゃと音を立ててそれを外し、ボタンを外してジッパーを下げる。
そこが、もう期待に膨れ上がっているのは、出す前にわかっていても、嬉しい。
「アスランさん、やらし」
「うるさい」
また叩かれるかと思ったけれど、ぐいと両手で顎の骨を引っ掴まれて、無理やり顔を上げさせられて、キスされた。
「さっさとしろ」
「・・・言われなくたって！」
ちゅ、とお返しのキスをしてから、シンは下着も引きずり下ろし、顔を覗かせたそれにもキスしてあげた。
「ふ・・・・っ」
気持ち良さそうなアスランの声。
それが、もっと聞きたくて。
ぱくんと咥えて、舐めて、しゃぶって。
「ん、は・・・・・ぁ」
気持ちのいい声と、震える体を堪能して。
「シン、もう、いい」
「一回出しちゃいます？あんたあんまり一人でやんないでしょ」
「人の話を聞けっ！」
勝手に進めようとしたら、肩をがっちり掴まれて引き剥がされた。
緩く睨む翠の瞳のその艶に、シンはこくんと息を飲む。
「えっと、じゃあ」
膝の上で、くしゃくしゃになっていたズボンと下着を、あちこち引っ掛けながら引き下ろして。
きれいな脚をあらわにしながら、シンはするりと太ももを上へと撫で上げて、行き着いた触り心地の良い尻を、たっぷりと手のひらで包み込んだ。
「後ろ、向いてください」
「・・・ああ」
赤くなったアスランが、そろりと身を返して膝を付く。
それから、着たままだったシャツがそこを隠したことに気がついて、自分でそれをたくし上げ、少年の目を釘付けにした。
綺麗なこの人、みせびらかすのもいいけど。
こういうところは、やっぱり俺だけが、独占したいな。
俺だけのアスランさん。
大好き。
その気持ちのまま、差し出された場所にキスをする。
アスランはひくりと体を震わせて、わずかに腰をくねらせた。
たったこれだけの刺激で、こんな媚態を見せるようにしたのはシンだった。
それが嬉しくて、少年は愛撫の手を深くしていく。
感じやすい内腿を撫でてやりながら、その狭間にキスをして、舐めて、吸って。
ほころんだそこにそっと指を差し込んで、震える肉襞と、きつく食い締める蕾を楽しんで。
「アスランさん、おしり、ふるふるしてる」
「・・・・・蹴るぞ」
「死んじゃいますよ・・・」
打ち出された速球を打つときに、踏み込まれた力強い脚を思い出す。
意外に細いその脚が、びくりびくりと艶かしく跳ねた。
シンが、指を三本に増やして、根元まで押し込んだのだ。
「は・・・あ、ん・・・・・」
押し開かれる感覚は、もう、彼には快感にしか感じられないらしい。
甘い声をとろりとこぼし、アスランはソファカバーに頬を擦り付けた。
その媚態に堪えきれなくなったシンは、急かされるように指を引き抜き、自分のものを取り出す。
「ん・・・して、やろうか？」
アスランが、濡れた瞳で見上げて聞く。
そしてシンのそれに目をやって、くすりと笑った。
「ああ、・・・・いらないか」
「しょうがないでしょう、あんたエロいんだから」
シンのものは、アスランの媚態だけで、もう十分に育っていて。
アスランを、求めて、いて。
「入れますよ」
「ああ。・・・・っあ、ああっ・・・・・」
ひくひくと震えるそこに、ひたり、と先端を押し付けて。
そうしてシンは、ゆっくりゆっくり、その人の中へと侵入っていく。
熱い襞がゆるゆると絡み付いて、きつい入り口がきゅうきゅうとシンのものを締め付けて。
アスランの白い狭間が、自分の刺し貫かれていくさまを、存分に、堪能して。
顔はソファに伏せられて、見ることができないけれど。
この格好でするセックスも、シンはやっぱり大好きだった。
だって、綺麗で強いこの人を。
犯してる、みたいな気がして。
もの凄く興奮する。
「あ・・・・あんっ、あ、いっ、あ・・・・っ」
「アスランさん、気持ちいい？」
激しく腰を突き動かせば、続けて上がる甘い声。
それだけでも、凄く気持ちいいってわかるけど。
「・・・・いいに、きまって・・・っあ、このや・・・っ」
そんなこと言われたら、シンだってもっと頑張らずにいられない。
もっともっととねだるように揺れる腰を、いっぱいの力で押さえ付けて。
深く、激しく犯しながら、シンはくしゃくしゃのシャツと、乱れた髪の間に見え隠れする、白い項に噛み付いた。
「っ、あっ！」
この姿勢だとキスは無理だけれど、このあたりまではなんとか届くんだ。
かぷ、あむ、と噛むたびに、アスランの腰が跳ね上がり、中が、きゅう、ぎゅうっと締まる。
その心地良さに身を任せ、歯の下の脈打つ首筋を愉しみながら。
アスランの、一番深いところにたっぷりと、シンは精を注ぎ込んで。
「あ・・・・・・」
それを感じたアスランも、うっとりと甘い吐息をもらしながら、シンを含んだ刺激だけで、ソファカバーを汚していた。
「・・・・・シン、寒い。窓・・・・」
「いいですけど、俺マッパですよ」
「誰も見てないさ」
「俺みたいなこと言いますねあんた」
それでもシンは、アスランの言うことを聞いて、開いたままだった窓を閉めに行った。
声、外にもれちゃったかな
思ったのは今更だ。アスランに言うと、きっと恥ずかしがってぎゃーぎゃー言うから、シンは黙って窓を閉めた。
あの後何度も抱き合って、シンはアスランを堪能し。
たぶん、アスランも、シンを。
誕生日だからと口でしてくれたり、多少は無茶をしても怒られなかったりもして。
えへ。
窓辺で思わずニヤけたシンを、汚れたシャツで腰を隠したアスランが怪訝そうに見上げている。
「シン？」
「あ、いえ、幸せだな、と思って」
アスランの側に戻って、きゅうっとその身を抱きしめれば、「そうか？」と、恋人は小首を傾げて。
「なら、良かった」
そう囁いて、にっこりと笑ってくれた。
「うん、シアワセ」
投げ出された長い手を取って、指を絡めて。
この手が握っていた、操縦桿を思う。
そうして、今日握っていた、バットを。
もうだいぶ高くなっていた空に、吸い込まれていったボールを、思う。
来年も再来年も、この日を、この季節を、こうしてこの人と過ごせたらいい。
だって、それが。
この人が守ろうとした。
俺が守ろうとした、平和っていうこと。
「誕生日おめでとう、シン」
やさしい声が、側から降って。
やさしいキスが、頬に触れた。
「うん、アスランさん」
シンはキスをし返して、そうして、その人の汗の匂いを愉しんだ。
それは、秋の初めの日の光の、強くてやさしい、匂いだった。