何を想うんだろう
波音が、ふと聞き覚えの或るメロディに聞こえて、アスランは遠く、水平線の向こうに目を向けた。
どこで聞いた音楽だろう。
どこか、調子の外れた、しかし機嫌の良さそうな・・・・・鼻歌。
その主を思い出し。
空を仰いで彼を想い。
そうして、水面へと視線を落とす。
波の合間に、水鳥が漂うのが見えた。
島が近いのだろう。
時折羽ばたくその白い羽を眺めながら、アスランは傍らに立つキラに声をかけた。
「子供たちは、元気か？」
「うん。ブレイク・ザ・ワールドでも、誰も怪我しなかったよ」
「そうか」
良かった、とちいさく笑ったアスランに、キラは自分たちが襲われたとき、子供たちも危なかったことを言おうかどうか考えて、やめた。
今、これ以上彼の心労を増やしても仕方がない。
「俺、子供の扱いが下手だろう」
「ええと」
肯定も否定も出来ずに、キラは視線をさまよわせる。
漂うばかりだった水鳥が飛び立つ。
二人の上を、小さな影が、走って、消えた。
「なんで、もう少し上手くできなかったんだろうな・・・」
ああ、そうか。
親友の声の深さに。
視線の頼りなさに。
彼とは違って、人の心の機微に聡いキラは、気づいてしまった。
アスランが今言っているのは、導師のところの子供たちのことじゃない。
たぶん。
たぶんそれは、「向こう」に置いてきた、誰か。
プラントでは、１５才の子供でも、当たり前のように軍人になれるのだ。
３年前の、アスランのように。
「アスランて、意外に不器用だもんね」
無神経を装ったキラの言葉に、乗ったことを装って。
「お前、な・・・・」
怒った声を出そうとして失敗し、アスランは深く、深くため息をついた。
湿気を多く含んだ海の空気は、宇宙育ちのアスランには濃すぎて。
こんなふうに弱っているときには、まるでガラス玉の中にいるような気分になる。
まとわりつく大気が、酷く鈍くて、苦しい。
「上手く、できると思っていたんだ」
シンを好きだと、思ったんだ。
愛しているのだと、思っていた。
たぶん、ほんうに、そうだった。
たぶん。
自分に触れるシンの指。
へたくそなのに、甘やかなキス。
細いくせに、精一杯の力のこもった腕で、アスランを、抱いて。
抱き返してやれば、嬉しいと、笑って。
たとえば。
もっともっと抱き合っていれば、もう少し、何かが違っていたのだろうか。
すべての想いが、届いていたのだろうか。
届かない言葉の代わりに、この腕で。
彼を、引き寄せていられたのだろうか。
嬉しいと笑っていた少年は、今、何を想うのだろう。
泣いていないといい、と、アスランは思った。
泣かれるくらいなら、忘れられた方が、いい。
「君のせいじゃないよ」
不意に、キラがそう言って、アスランの顔をのぞき込んだ。
「君のせいじゃ、ない」
その言葉を、キラは慰めの意味で言ったのだろう。
柔らかな眼差しで笑って、アスランの肩を叩くあたたかな手のひら。
しかし、その言葉は、アスランにとって戒めの言葉だった。
「・・・・ああ」
すべてを、己の行動の結果だと思うな。
自分はそんなに大きなものじゃない。
すべての、責任を負えると思うな。
人一人に負えるものなど、たかが知れている。
だから。
だから、この手に届く、精一杯を。
ただそれだけを、掴むために。
彼の手を、もう一度、取るために。
「誰のせいでもないんだよ、きっと」
「ああ。きっと、そうなんだろうな・・・」
アスランは、白い海鳥の飛ぶ、青い空を仰いだ。
あの青のその向こう、漆黒の宇宙にいるだろう彼を想う。
季節が巡る。
お前に出会った季節が、また、近づいてくる。
お前は、今、何を想うのだろう。
泣いていないといい、と、アスランは思った。
今はまだ、慰めに行ってはやれないのだから。
波の音が、聞き覚えのあるメロディを刻む。
『ん、ん、んん、んー・・・・』
それはまるで、今は遠い少年の鼻歌のように、アスランの耳に残り。
いつまでもいつまでも、響いていた。
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何を想うんだろう byポート・オブ・ノーツ |