涙
シンが泣くと、アスランはどうしたらいいかわからなくなる。
「う、う・・・っ」
今日は、自分が泣かせた訳じゃない。
いや。
やはり、自分が泣かせたこといになるのだろう。
だから、アスランはやはり、どうしたらいいかわからなくなる。
だから、アスランは。
シンの家族の死んだ海岸で。
うぐうぐと泣き出したシンを前にして。
ただ、立ち尽くすしかできないのだ。
ひとしきり泣いた後、シンはぼうっと突っ立っているアスランを振り返った。
白目まで真っ赤になった大きな瞳が痛々しくて、アスランは少し、眉をひそめる。
それでも、何も言えることがない。
だから、黙って、見ているより他にない。
「アンタさ」
だから先に、シンが口を開いた。
「何か、言うことないわけ？」
「・・・・・・・」
アスランは、やはり、何も言えない。
あの戦闘には、アスランも参加していた。
ならば、シンの家族を殺したのはアスランかも知れなかった。
しかし実際、この上空で戦った・・・のかも知れないが、詳しいことは覚えていない。
そうなのか、そうでないのか、今となっては確かめることすらできない。
その上、確かめることには、恐らく、意味はない。
アスランが、密かな安堵か、取り返しのつかない罪悪感を手に入れるだけのことだ。
なら、謝れば、シンは許してくれるのか。
しかし、自分が謝ってもいいのだろうか。
許されることに、意味があるのだろうか。
俺が、許されたいだけじゃないのか。
「・・・・っ！」
黙ったままのアスランに業を煮やしたのか、シンはざくざくと海岸へと足を踏み出した。
その後を、アスランはゆっくりと追っていく。
ざんざんと、行き来する波の音に紛れて、シャトルの爆音が響いていく。
青い空に、白い筋を残して、宇宙へと上がっていく機体が銀色に光る。
海からの風がざあっと吹いて、少年のパーカーと髪を巻き上げる。
アスランのシャツもばたばたとはためいて、髪の毛が目に入った。
その痛い先端をなんとか除けて、アスランはただ、シンの後を、少し遅れてついて行く。
色とりどりの花の咲く慰霊公園から、白い砂浜へ。
白い砂浜から、ざんざんと行き来する、オーシャングリーンの波の中へ。
きらきらと輝く光の滴を蹴立てながら、ざばざばと、遠浅の海辺をシンは歩く。
アスランは、波打ち際で少し躊躇して。
それでもシンが止まらないから、靴を脱いで、同じように、ぬるい海へと入ったところで。
大きくひとつ波を蹴り、シンがくるりと振り向いた。
逆光になっても、赤い瞳があかあかと輝いているのがよくわかった。
「あのさあ！」
そう、大きくひと声吠えて。
一度、大きく息を吸い込んで。
「アンタ、慰めるくらいのことしてくれないのかよ！」
「・・・・・・」
アスランは、一度立ち止まり。
それから、たぷん、たぷん、と波をかき分けて、シンの側まで歩み寄った。
日の光の中、浅い海の上に立つ少年は、とてもとても、綺麗だった。
たぷん、と足首で波が跳ねて、足裏で、砂が滑らかに崩れていく。
「いいのか？」
アスランは脱いだ靴をぶら下げながら、情けない声で聞いた。
「俺が慰めて、いいのか？」
「・・・・っ！」
真っ赤な瞳がぐうっと睨む。
ああ、また泣きそうだ、と、アスランはいっそうおろおろする。
「アンタの他に、誰が俺のこと慰めてくれるんですか！？」
確かに、今、ここには自分しかいない。
だから、慰めるなら自分しかいないのだろうけれど。
「・・・・どうやって、慰めたらいいのかが判らない」
アスランはそう、正直に言った。
俺にはその方法が判らない。
その資格もないし、言葉もない。
そう思って黙ってしまったアスランに、シンはまた、大きく吠えた。
「アンタって人はーー！！」
それから、うぐ、と喉を詰まらせて。
「アンタって、人は」
うえー、と、また泣き出したシンを前にして。
アスランは、ただひたすらおろおろした。
慰めてもいいのだと、それが判ったのはのはとてもとても凄いことなのだけれど。
けれど、そこから、先が。
しかし、ただおろおろしているだけで、シンが泣きやむはずもなく。
それでも、慰めろと言われているアスランは、何とかしなければと涙に濡れたシンの頬に手を伸ばした。
「シン」
少年の涙は熱く、頬はもっと熱かった。
「シン」
つられて、アスランの瞼も熱くなった。
「シン」
泣いている彼を、慰めることのできない自分が情けなかった。
「シン・・・・」
情けなくて、かなしくて。
ほろほろと、涙がこぼれた。
「あ・・・・」
シンの、赤い瞳が大きくなった。
大きくなって、大きな滴を、またひとつ、落としてから。
「アンタが泣いてどうすんだよコノヤロー！」
がつ、と、襟首を掴まれたかと思うと、その瞳が、間近に迫った。
そのまま、体ごと強く押されると、砂の中で足が浮いて、不意をつかれたアスランは、シンごと浅い海に倒れ込んだ。
ぱしゃ、と、ぬるい水と緩い砂が、二人の体を抱き留める。
半分水に浸かったアスランの上で、シンがうぐうぐと泣いている。
跳ねた海水が目と口に入り、慌てて起きあがったアスランは。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、シンの体を抱きしめた。
海水で、ぐっしょりと濡れた服ごと抱きしめた。
少年の体は、熱くて細くて。
なぜだか、余計に涙が出た。
「は・・・・」
こうやって抱きしめていると、耳よりも体に、シンの声が響く。
「はじめっからそうしろよ！」
そう怒鳴られると、体よりも心に、シンの声が響く。
たぷん、と、緩い波が、二人に周りで跳ねた。
しょっぱい涙が、きらきらと光をはじく波の間に落ちて。
しょっぱい海に、紛れて消えた。
うぐうぐと泣くシンの声も。
ざんざん、たぷん、と跳ねていく、波の音に紛れて消えた。
こうやって、シンのかなしみも消えてしまえばいいのに。
そう思いながらアスランは、シンの体を抱きしめて。
彼が泣きやむまで、ただ、ずっとそうしていた。
ずっとずっと、そうしていた。