ムカつくところ
この人の、ムカつくところなら、それこそいくらでも思いつく。
すぐ殴るとこだとか、シンばっかり怒るとこだとか、ワケわかんないことばっか言うとこだとか、頑張ってもあんまり認めてくれないとこだとか、景気の悪いツラだとか、ぐだぐだうるさいくせに、あんまり強くないとこだとか。
なのに。
長くて綺麗な指だとか、怒ると色が濃くなる目だとか、シンを叱ってるときの声の調子だとか、しょっちゅうシンをかまってくれるところだとか、ふとした沖に見せる、悲しげな表情だとか、他人のために、平気で無茶するとこだとか。
この人の、好きなところも。
なんだかいっぱい、思いついて、しまうのだ。
「でもあんたすげえムカつく・・・・」
思わずぼやいたシンに、アスランは呆れた顔をして、シーツから顔を上げた。
「あれだけ好き放題しておいて、何だそれは」
「好き放題って！あんただってしてただろ！」
ベッドにしどけなく横たわる上官に、シンはぎゃんぎゃんと吠えたてる。
「あんな口でなんか・・・しれくれなんて頼んでねー！」
「お前が暴発したから手伝ってやっただけじゃないか。まあ、確かに必要なかったかも知れないが・・・」
「悪かったですね早くって！」
「いや。その分数が撃てるのは長所だぞ。たぶんな」
「それ全然褒めてねー！すげえムカつく！」
勢い良くがばりと起き上がり、拳を握り締めたシンに、その上官はくつりと笑ってもう一度シーツに方頬を埋めて、言った。
「お前、凄く情けない格好だぞ。せめて隠せ」
「う・・・・」
出しっぱなしで仁王立ちしかけたことに気付いたシンは、慌てて毛布を手繰り寄せ・・・ようとして、アスランがそれをがっちりと体に巻きつけているので、諦めた。
もう、情けなくたって何だっていい。
初めては、好きな女の子だって決めていた。
決めていたというか、そうなのだろうと当然のように思っていた。
それがどうだ。
こんな、ムカつく上官と。
しかも男と！！
「まあ、初めてにしては上出来だったな。お前、いい男になるぞ」
そう言って、毛布の中から白くてなまめかしい腕を出して、額に張り付いた髪をくしゃりとかき上げて。
いまだ、熱を孕んだエメラルドが、緩く細められて、少年を見上げる。
男なのに！ムカつくのに！！
なんでこんな色っぽいんだちくしょーー！
「隊長は、その、慣れてるんでありますね」
「ああ、まあな」
精一杯のイヤミのつもりだったのに、軽く流されてしまった。
ムカつく。
「体使って復隊したってホントですか」
「いや。議長はそんな底の浅い人じゃないさ。・・・礼はしたがな」
すげえムカつく！
「それより、シン」
「なんですか」
つっけんどんに言ったつもりだったのに、何故だか声が裏返ってしまった。
片腕を出したせいで、見えてしまった滑らかな方のせいなんかじゃない。
ちらりとシンに向けられた、瞳の艶のせいなんかじゃない！
「水、持って来てくれないか」
「なんで俺が・・・」
「お前のせいで動けないんだ。もう少し待てといったのに・・・がっついたのは誰だ？」
「がっついてなんか・・・・！・・・あの、その」
待てと言われて、待てずに一気に突っ込んだ。
白い肌を汚した赤に、更に欲情までしてしまった。
「・・・・取って、来ます」
「ああ」
にこりと笑う翠の瞳。
憎たらしい。
ああムカつく！
それでも、だかだかと部屋の隅の冷蔵庫を開けに行き、水のボトルしか入っていないそれにちょっとだけ驚いてから、その内の一本を持って、戻る。
「開けろ」
「ハイハイ」
「返事は一回だと、アカデミーで習わなかったのか？」
「幼年学校じゃないんだから！」
「なら、お前は幼年学校以下か」
「このやろう・・・」
言いながら、力に任せてキャップを開ける。
勢い余ってぼたぼたと水が零れ、寝転がったままのアスランの頬や唇にもかかった。
「飲ませろとは言ってない」
「うるさいですよあんた」
伸ばされた長い指にボトルを渡すと、ゆるりと身を起こして。
わずかな照明の陰影の中、白い喉が上下した。
つい、さっき。
シンのものを飲んで、同じように動いた、喉。
「っ！」
息を飲んだ少年の、その脚の間を。
ボトルから、口を離さないままで覗き込んだアスランは、呆れたように呟いて。
「・・・・数が撃てるのは、長所だとは言ったがな・・・・・・・」
そうして、またごくごくとボトルの水を飲み干した。
「放っといてくださいよ！」
うっかり反応してしまった場所を隠し、シンはもう半泣きになって喚き散らす。
こいつムカつく！ハラ立つ！なんでこんな奴と！！
「放っとけるか。・・・・貸せ。責任取ってやる」
「わーーーーっ！」
ずるり、と、毛布の中から出てきたアスランは。
シーツに手を付いて、シンに迫って。
また。
「も、いい、いいですって！わぅっ！」
はくり、と、また咥えられてしまって。
少年は、情けない悲鳴を上げた。
慣れていると認めた青年の口淫は、経験浅い少年には、強すぎる刺激。
「っく！」
「・・・・ごちそうさま。そろそろ仕舞っとけ」
「あんたって人はー！」
ああちくしょうムカつく！
この人の、ムカつくところなら、それこそいくらでも思いつく。
余裕ぶった態度だとか、手馴れてるとことか、人のこと小バカにした態度だとか、無駄に上手いとことか！
なのに。
「シャワー使っていいから、さっさと寝ろよ。いい加減明日に響く。・・・・・それから」
翠の瞳が煌いて、年若い部下をドキドキさせて。
「俺が上出来だって言ったんだ。自身を持て」
そう言って笑った、赤い唇。
なのに。
なのに、ぐだぐだと並べ立てるのも面倒なくらいに、この人のことを、好きな自分が。
「すっげえムカつくーーー！！」
絶叫する少年を、その上官は。
にこにこしながら、楽しそうに、眺めていた。