メディカルチェック
この結果は、シンには見せられないなぁと、アスランはひとつため息をついた。
アスランが広げているのは、年に一回行われる、ザフト軍のメディカルチェックの結果表だった。
戦争が終わって、すったもんだの挙句になんとかザフトに復帰して。
やっと仕事も起動に乗ってきたのだから、ここでこれは、ちょっとまずいかもしれない。
「これ、上に直接行ったりしないだろうな・・・」
頭を抱えたアスランの広げた検診結果は、見事に真っ赤に染まっていた。
要精検、要精検、要医療、要医療、要医療、要精検。
・・・右肩はもう仕方がないんだよな。これ以上悪くなったら人工関節しかないし。肝臓の数値が戻らないのは、半分くらい取ったんだから仕方がない。しかしなんでヘマトクリット値低いんだろう。内臓で出血…かな。消化器系、そのうち治ると思って放っておき過ぎたせいか。さすがに検査した方がいいかも知れない。でもひとつ検査行くとそのまま入院になりそうで嫌だな。ああまだ不整脈があるんだ。まあこれくらいなら問題ないか。・・・過度なダイエットはやめましょうって何だろう。ああ、BMＩが足りないのか。そういえば戦争中体重落ちてから増えないな。俺だって増やせるものなら増やしたいんだから放っておいてくれ。
要は、戦中に負った傷が治りきっていないのだ。
そのほとんどが、シンに撃墜されたときのもので。
ほんとうに、これだけはシンに見つかってはいけないと、アスランはそれを、部屋のデスクの引き出しの奥に仕舞い込んだ。
メディカルセンターから呼び出し来たら嫌だなぁと、それくらいに、簡単に、考えていた。
それは、結果の来た２日後で。
きっかけは、少年の粗忽さからだった。
「うわ、すいません！」
部屋に遊びに来たシンが、デスクの上で見事に、飲んでいたジュースのボトルをひっくり返したのだ。
「だから！そんなところで飲むなと言っただろう！」
とっさに端末だけは遠くへ避けて、アスランはタオルをシンへ放る。
「だってさ・・・あ、中身無事かな」
「こら、開けるな！」
「でもこれ、上でこぼすと引き出しん中まで・・・ってわ！」
引き出しを開けたシンを止めようと、手を出したタイミングが悪かった。
レールを外れた引き出しが、そのまま二人の足元にひっくり返って。
物の少ないその中の、濡れることを免れた二つ折りの紙が、ひらりと開いてしまって。
「何これ、真っ赤！」
視覚的にインパクトのあるその書類は、見事にシンの目に留まってしまった。
「アンタこれ、全部要精検じゃないですか！」
「・・・いや、頭は結構無事なんだ。ヘルメットのおかげだな。それに赤いの全部要精検じゃないぞ」
「要医療・・・？余計悪いじゃないですか！」
墓穴を掘ったアスランは、口をつぐんで視線だけを明後日へ向けた。
シンだって、アスランとの付き合いは結構長い。
それに・・・それに、曲がりなりにも恋人なのだ。それくらいはわかるようになった。
今俺勝ってる！たたみ掛けるなら今！！
「ちゃんと医者行ってくださいよ！ここのメディカルセンターならタダだろ！」
そっちに行ったか。
アスランはどこかほっとして。
これなら言いくるめられると、口を開きかけた。
なのに。
「・・・ねえこれ、もしかして、俺のせい？」
濡れた引き出しにタオルを突っ込んで。
不気味に真っ赤な結果表を拾い上げて。
どうやら気づいてしまったらしいシンに、アスランは往生際悪く「違う」と言って。
それでも、強く強く睨みつける真っ赤な瞳が、涙に潤んでいるのを見てしまって。
「お前のせいじゃ、ない」
ニュアンスを変えた言葉に、シンはぐしぐしと泣き出した。
ああだから知られたくなかったんだ。
アスランは、手を伸ばしてぽんぽんとシンの頭を撫でて慰めた。
戦中から、シンとはそういう関係だった。
そうして、ザフトに復帰してからも、なんとか。
だから、戦後初めて抱き合ったとき、体の傷に散々泣かれた。
それを、やっと受け入れてくれたと思った頃合に、これだ。
まったくもって間が悪い。
「お前のせいじゃないんだ、シン。それにたいしたことないんだぞ？」
「たいしたことなかったらこんな真っ赤んならないだろ！」
「いや、だから。俺は今、普通に仕事してるだろう。その程度のものなんだ」
「それ、ちゃんと医者に行ってから言ってくださいよ！」
「なんで行ってないってわかるんだ」
「アンタ俺のことバカにしてるだろ！」
わーん！と、恋人に本格的に泣かれてしまい、アスランは途方に暮れてしまった。
だって、ほんとうにたいしたことないんだ。
普通に動けるし、普通に戦える。
でも、それを言えば更に泣かれることくらいは、さすがのアスランもわかってはいたので。
「・・・・わかったよ、シン」
まだ、自分より小さな恋人の、薄い背中を抱きしめて。
「医者はちゃんと行くから。だから、泣くな」
「・・・・ごめんなさい」
「謝るなよ」
「ごめん・・・」
「だから、謝るな」
よしよし、と頭を撫でていると、背中に回っていた腕が、するりと上がって髪に触れた。
気配を察したアスランは、少しだけ少年から体を離して。
真っ赤な瞳を一度覗き込んでから、ちゅ、ちゅ、とキスをする。
シンの手は、意図を持って髪を掻く。
それを心地よく感じていると、不意に腕の中のぬくもりが離れた。
「・・・・あのさ」
「平気だぞ」
シンが何かを言う前に、アスランがそれを遮った。
「それに、今更だ」
この間は、好き勝手してくれたよな、とからかい混じりにそう言うと、赤い目を瞬かせたシンは、「だって」とちいさく呟いた。
「アンタが、色っぽ過ぎるんです」
「どこがだ」
「自覚してください」
シンは、無自覚に色気を振りまくアスランの、白い首に唇を寄せて。
首筋の薄い皮膚に一度吸い付いてから、ぐいぐいと手を引いてベッドへと引っ張っていった。
滑らかな筋肉に覆われた胸に、一筋の、大きな傷。
それが腹部に達すると、いくつもにわかれて。
それは、傷跡というには、あまりにも酷くて。
抱き合うたびに突きつけられる過去の罪に、打ちひしがれる少年が可愛そうで、時間が出来たら傷を消す手術を受けようと思っていたのに。
丹念に丹念にそこをたどる指を捕まえて、アスランはちいさく微笑んだ。
「大丈夫だ、もう痛いわけじゃない」
「でも、要医療でしょう」
「本当に痛みがあるわけじゃないんだ。だったらさすがに治療してる」
痛みや気分の悪さに、酷く鈍感な性質らしいと言われていることは、シンには内緒だ。
また泣かれたら嫌だ。
だから、安心させるように笑って。
「後でちゃんと医者に行くから・・・・ほら、するんだろ」
下着まで脱ぎ落とした脚を開くと、少年がこくりと息を飲むのがわかった。
それで、自分のしている淫らな仕草に気がついて、アスランは頬を赤くした。
脚を開いて、少年を誘って。
自分は、一体何をしているんだろう。
それでも彼の手が、今までの慰撫に近い愛撫から、欲望の強いそれに移ったことに、安堵する。
ああこの子、俺に欲情してるんだな。
そう思うと、なんだかとっても嬉しくなった。
遠慮がちに肌を滑っていたシンの手が、明確な目的を持って膝裏を掴む。
ぐいと押されて引き上げられて、腿の内側に、熱い舌の感触が這って。
筋張ったところに歯を立てられると、自然と腰が揺れて声が出た。
「は・・・っ」
アスランは、自分の体がこうなることを、この少年に教えられた。
アスランと、シンしか知らない。二人だけの、秘密だ。
「勃ってきてる・・・気持ちいい？」
敏感になっているその先端に、吐息がかかる。
あ、と思ったとたんに、それは熱くぬめったものに包まれて。
すぐにそれは離れたけれど、茎を伝って下りてきて、普段は特に隠された、薄い皮膚を伝って、後ろへまわって。
掴まれた膝を、いっそう強く押し上げられる。
浮いた腰をもう片方の手が支えて、そのままその手が、薄い尻の肉を押し開いた。
性急な所作に、アスランの体は、ふるりと震えて。
それでも、決して嫌がることはなく、少年の舌を受け入れた。
「っ、ぅん・・・・・」
淫らな声が、喉から洩れる。
だって仕方がない、こんなに気持ちがいいんだもの。
熱くて強いシンの舌は、散々アスランのそこをいいように舐りまわして離れていった。
アスランのそこは、すっかり濡れてほぐされて、自分でそうとわかるほど、いやらしくひくひくと震えていた。
「シ、ン・・・・」
脚の間に留まった、柔らかな少年の髪を掻くと、はっとしたように顔が上がって。
真っ赤な瞳が欲に濡れたその様子に、アスランは深い笑みを浮かべた。
「・・・あんまり誘わないでくださいよ。ちょっとは障らなくしたいのに」
「仕方がないだろ。ほら、来いよ」
シンの体が伸び上がり、胸と喉とにキスをして。
それから、熱いものが、熱いそこに触れて。
ぐい、と押し込まれるのを感じながら、アスランは目を閉じて、大きくおおきく息を吐いた。
四肢に絡む少年の腕。
中を貫く彼の熱。
押し上げられる内臓の悲鳴。
いっぱいに広がる入り口、擦られる襞。
胸にかかる、欲情の吐息。
どれをとっても気持ちがいい。
医者なんかに行くよりも、こうやって抱き合ってた方が、体にだっていいんじゃないかな。そんな馬鹿な考えが、霞みかけた頭に浮かんで。
しかしそれも、更に打ち寄せた快楽に、流されて消えた。
「ふ、あ・・・・っ！」
きゅうきゅうと少年を抱きしめてイったアスランの、胸の傷跡に、シンの唇が触れて。
『アスランさん』
そう呼ばれたと思ったとたんに、体の奥で、熱が爆ぜた。
三日後。
当然のごとく、メディカルセンターに呼び出されたアスランは、医者に頭を下げまくり、なんとか入院だけは免れた。
「これ以上、シンを心配させてたまるか」
見当違いなのは相変わらずで、結局その後、またシンに泣いて怒られる羽目なったのは、また、別の話。