その花の茎は十分な水を含み､手折る永泉の指を濡らした。

『曼珠沙華をとってはいけないよ。火事になってしまうからね』

その言葉を信じていた頃には､この、指をしとどに濡らす毒の水のことも知らなかった。

人にそう言われるほど､幸せでも不幸せでもなかった幼い日々。

もう、腕いっぱいにこの花を抱えても､花が火を起こすことも、この水が火を消すこともないことを、永泉は知っている。

慣れない指に千切られた､不ぞろいな傷跡から滴る体液に袖を濡らし､永泉は曼珠沙華を折手り続ける。

つめたい火炎の下に､毒の水を湛えている花を。

「永泉」

遠くより､声。

しかしそれは、永泉が振り向くよりも早く､その傍らに立った。

「随分とったのだな」

赤い雄蕊の先を、泰明の器用な指が弾く。

「はい。あの、無駄なことをしてしまいました」

きっと、怒られる。

そう思った永泉は、火炎の束に顔を埋めた。

あおい香りが、胸いっぱいに広がる。

「いや。この花は実をつけぬ。お前に愛でられるなら、その方が良いだろう」

泰明の静かな声。しかし永泉は、その主を振り仰ぎ、おどおどと言葉を紡いだ。

「いえ、でも、毒の花です・・・・兄上も､この花をとると、火事になるからと」

「うむ。この花を田畑の際に植えると､毒で虫が付き難くなるのだ。しかし火事とはなんだ？」

本気で考え込んでいる泰明の様子が､永泉の口の端に、わずかな笑みを刻ませた。

「この花の様子が・・・・炎を、思わせるからではないでしょうか」

「見立てか」

なるほど。と頷いた泰明は、不意に永泉の視界を遮る、たくさんの曼珠沙華の下から､一輪の白い花を取り出した。

それはまるで、陰陽の不思議な技のようで。

「これならば、炎もつくまい」

そう大真面目に言う対の相手は､永泉の抱える赤い花の上に､その白い花を置いた。

「白子だ。向こうに咲いていた。吉兆だな」

赤いあかい、炎の上に､白いしろい、曼珠沙華。

それを置く、毒に濡れた指。

永泉は､衝動のまま、その指に唇を寄せていた。

「やめろ。吉兆とはいえ、毒だ」

引かれた指を、なごり惜しく見送り。

この、白い花の毒になら、殺されても良い。と、そう思った永泉は､しかしふわりと笑って頷いた。

「はい。申し訳ありません」

「うむ」

満足げな泰明は、ゆっくりと永泉に屈み込んだ。

口付けを予想し、瞳を閉じた永泉は、しかし唇をぺろりと舐められ、慌ててその目を開く。

「泰明殿・・・！」

「毒にしては甘い・・・そうか、お前の唇だからか」

自らの言葉に頷いた泰明は、ふと天を仰ぎ、晴天は今日までだ、と呟いた。

青いあおい空の下に、熱のない炎の赤い華。

その中でたった一輪、白い、しろい。

白い華。

甘い毒を持った。

「行くぞ、永泉」

「はい。泰明殿」

赤い花の中を、毒の花の中を。

赤と白の花を抱いて、歩く。

ふたりで。