西の山の端に、わずかに残っていた茜色が消えると、京の町は、どこよりも深い闇に包まれる。

人の闇が、夜の闇をいっそう深くするから。

だから。

人は、家にあかりを灯し、愛しい人と抱き合おうとするのだ。

「あの、泰明殿、今日は、お招きありがとうございます」

僧衣の背中がひこんと丸まって、藍色の髪がさらりと落ちる。

「ああ」

招いた、というより引きずり込んだのだが、本人が喜んでついてきたのだから、招いた、といっても間違いではないだろう。

頭を下げたときに落ちた髪を、腕を伸ばしてなおしてやると、指先の触れた頬がほんわりと赤くなった。

可愛い、かわいい恋人。

その頬に口付けると、ふるんと震えるのは、夜、恋人の部屋へ招かれるということの意味を、よぅく知っているから。

大好きな人と触れ合えるのは、とても、とっても嬉しいこと。

でもでも、この大人で幼い恋人は、最近、いろいろなところから、いろいろへんな知識を仕入れてくるから、ちょっと嫌。

この間は、そこに泰明殿の指でも、泰明殿自身でもないものを入れられてしまって、嫌で嫌で仕方がないのに気持ちよくなってしまって、いっぱい泣いてしまった。

今夜は。

永泉は、重ねた衣装をひとつひとつ取られながら、褥の側に落ちている、不吉なものをちらりと見た。

紐。

それは、質素な泰明の部屋に似つかわしくない、明るい色の紐や帯。

紐で、彼が何をしたいのか、うぶに見えたって、知識だけはちゃんとある永泉には、なんとなくわかってしまう。

「永泉？」

最後の一枚を取った泰明は、うきうきとした無表情でこちらを見ている。

「あの・・・あまり・・・・・見ないでください・・・・・」

足の間だけを手で隠して、泰明の視線に耐えていると、体の表面に、血が集まってくるのがわかる。

それだけならいいのに、血は、他のところにも集まってくるから、恥ずかしくて恥ずかしくて、永泉は更に小さくなってしまう。

「見たい」

泰明の答えは簡潔で、でも、すぐに髪に隠れた瞳を覗き込み、少しだけ落とした声で聞いてきた。

「だめか？」

この声に、永泉はすごく弱い。

「だめ・・・ではありません・・・・・」

恋人をがっかりさせてしまうのは、とっても悲しいから。

いつだって答えは一緒なのだ。

「そうか」

言った唇が、優しく永泉のそれに触れてくれる。

そのままぎゅうっと抱きしめられて、夢見心地になってしまった永泉は、だから、泰明の手が、さっき見た「不吉なもの」に伸びたことに、気がつかなかった。

「ん・・・ふ」

衣の代わりに、泰明の体に暖められて、永泉がふんにゃりしてしまうと、泰明はさっそく「作業」に取りかかった。

自分の衣を握り締める手のひらをそうっと外して、指先を吸ってやったりしながら、ひとつにまとめる。

それで。

「や・・・やすあきどのぉ・・・・・・」

手に取った、桜色の鮮やかな組紐で、きゅっ、と永泉の手を後ろに結んでしまったのだ！

そうなると思ってはいたけれど、ほんとにされてしまうと、やっぱり永泉はびっくりしてしまう。

「かわいい」

そう言った泰明は、その紐の続きをくるくると永泉の胸へ回してしまい、永泉の腕は、まったく動かなくなってしまった。

自分を見下ろす泰明を、永泉は助けを求めるように見上げるけれど、表情のないまま上機嫌の泰明は、動かしたくても動かせない肩に、ちゅっ、と口付けた。

そうして、ころん、と褥の上に永泉を転がしてしまうと、いつもの手順で永泉を愛しはじめた。

「泰明殿・・・ほどいて下さい・・・・」

肩に、胸に、お腹に。優しく体を返されて、背中や、くくられたままの手に。

沢山たくさん口付けをもらって、一杯いっぱいさわってもらって。

体は、いつもみたいに気持ちよくてふにゃふにゃになってしまうのだけど、でも、なんだか嫌。

「いやぁ・・・」

でもでも、舐めてもらえれば達っちゃうし。

「やぁん・・・」

そこをいじられれば、欲しくなってしまうの。

「やすあきどのぉ・・・・」

「いつもより、早いな」

意地悪でいじわるで楽しそうな泰明。

いも虫みたいにのたのた動くしかない永泉は、気持ちよくてきもちよくて、嫌でいやで、何がなんだかわからなくなってしまったから。

たったひとり。

助けてくれるひとに、ぴったりとくっついて、ひんひん泣くしかなくなってしまった。

「もう、いいな」

でも、新しい遊びに夢中のお子様は、まったく気がついてくれない。

向かい合わせにのしかかり、脚を恥ずかしいかたちに開いて、そのまま、ひくひく震えているそこに、ぐーーーっと。

「あはぁん・・・・」

いっぱいに押し開かれたそこは、恥ずかしいことにすっかり濡れていて、大好きなひとを迎え入れ、大喜びでしめ付ける。

「ん・・・んふ・・・・ん」

不自由な手をわたわたさせても、紐が肌にきゅうっとくい込むだけで。

しかも、少しざらざらとした、痛くないくらいの刺激は、泰明の指に愛されているのに、少し似ている、とか思ってしまったから。

「ああん・・・」

「気持ちいいのか？」

気持ちいい、なんて言葉じゃぜんぜん足りない。

紐が、肌をこするのも、泰明のものが、自分の中を弄るのも。

長い腕が、ぎゅうっと抱きしめてくれるのも。

快くて、よくって。ちょっと嫌とか思うのまで、すごく快くって。

ひくんひくんと体を震わせて、永泉はあっという間に上りつめてしまった。

「ひっく、ひっく・・・・」

「永泉？」

「うっく、うう・・・・」

「気持ちよかったのだろう？」

「ひぃん・・・」

「何か、いけなかったのか？」

不思議そうな泰明の声に、緩みきった涙腺が、いっそう激しく涙をこぼす。

いつだって、一回くらいじゃ終わらない泰明は、まだまだやる気満々で、永泉の腰を抱き寄せたまま、気持ちよくなるための口付けを繰り返す。

「ほ・・・ほどいて・・・・」

「わかった」

何にもわかっていない泰明は、それでも恋人の言うことを聞いてくれて、永泉の腕は、やっと自由を取り戻した。

その腕で。

「永泉？」

大好きなひとに、ぎゅうっとしがみつく。

「・・・っくぅ・・・・・・」

細いけど、しっかりとした体。いつもは低い体温が、こういうときには少し高くなって暖かい。なめらかな肌は自分と違って柔らかくはないけれど、すぐ下にあるしなやかな筋肉が、透けるような感触で気持ちいい。

ああ、泰明殿だ。

「やすあきどのだぁ・・・・・」

「私は、私だが」

「違うんです・・・・」

ぐずぐずと鼻をすすりつつ、永泉は一生懸命言葉をさがす。

「私も・・・泰明殿を抱きしめたいのに・・・・泰明殿が、いてくださるのを確かめたいのに・・・・泰明殿、が・・・」

えぐえぐ。

自分の胸に、ぴったりと頬を押し付けて泣き続ける永泉を、泰明は呆然として見下ろした。

「・・・・すまなかった」

後悔した。

すごく、すごく後悔した。

何でも言うことを聞いてくれる、年下で年上の恋人。

ひとの心は複雑怪奇で、でも、ちゃんと考えてみれば、とても、とっても単純で。こんなとき、自分がまだまだ未熟であることを知る。

「本当にすまなかった。もうしない」

大切なひとを、しっかりと抱きしめて。

「本当ですか・・・？」

「本当だ」

瞳いっぱいに涙をためた恋人が、嬉しそうに笑うのを、しっかりと確認して、それから、泰明はもう一度、その細い体を褥に倒す。

背中に回った永泉の腕が、心地よい力で抱き返す。

そうして、恋人たちは愛し合うのだ。

京の夜は、闇の色。

愛しい人と、抱きしめ合えば。

京の夜は。

優しいやさしい、闇の色。