きょうだい

格納庫で整備士と話をしているアスランを見つけ、キラはふさがっていない方の手を上げて見せた。
朝からかかりきりだった作業が終わって、親友の顔を見たら、気が緩んだ。
ちょっと、甘えたい気分。
それに気づいたアスランは、軽く頷いてから話を切り上げ、ゆっくりと、歩いてきてくれた。
思っていたよりも元気そうな様子が、嬉しい。
「助かるよ、相変わらず人手不足で」
キラの抱えるボードやディスクの数々に、アスランは苦く笑った。
「いや、機体のないパイロットでも、役に立つならなんでもするよ」
機体データファイルを軽く振り、すぐ側のムラサメを見上げる翠の瞳を横から覗き、キラはどこか遠く、ぼやく。
「このまま、技術者になっちゃえばいいのに」
「機体がないなら技術者でもかまわないさ。・・・でも、もし手に入るのなら」
そう、もし再び力が手に入るのなら。
「俺は、やっぱり戦うよ」
何度間違えても、何度失敗しても。やはり自分は、体と命を使って、戦うことを選ぶだろうと。
「そう」
彼がそう言うことはわかっていたので、キラは、ただ、頷いてアスランに身を寄せた。
「キラ？」
特に意味のない呼びかけと共に、アスランはキラの頭をそっと撫でる。
「うん」
やはり意味もなく、キラも頷き。
しかし意味はなくても、気持ちと、心地良さはあって。
「ラクス、宇宙へ上がったんだってな」
「うん」
「寂しいか？」
「うん」
この艦の皆が、キラを特別視しているのは、アスランにもわかった。
例え、機体を失っても、彼はこの艦の要なのだろう。
だから、誰かに甘えたくても、我慢していたのだろう。
彼が、どうしようもなく甘えっ子だということは、ラクスとカガリと、そしてアスランしか知らない。
ラクスは宇宙に。カガリはそれどころではなくて。
アスランが来るまで、キラはたくさん我慢をしたのだろう。
だから、アスランはキラの頭を撫でて。
肩を、抱いて。
少しの許容を示してやるだけで、キラはするりと擦り寄って甘えてきた。
俺も、人を甘やかす余裕があるわけじゃないんだけどな。
けれどもこれは、余裕とかじゃなくて。
それに、焦っても失敗するだけだということくらいは、さすがに学んだから。
今は、出来ることをできるだけ。
そう、とりあえず、今は。
「俺の部屋、来るか？」
「いいの？」
伝説のＭＳパイロットには、いや、18才の青年には見えない、幼い仕草で首を傾げられて、アスランは笑う。
「ああ。俺も、お前が生きていることを確かめたい」
爆散するフリーダム。
あの絶望は、再会した今でも、アスランの底に残っているから。
「アスランってば、僕に甘すぎ」
「何を、今更・・・」
呟いたところで、手を引かれた。
「じゃ、行こ」
さっきの殊勝さはどこへやらだ。
「ああ」
苦笑して、アスランはキラのあとをついて行く。
ずっと引いていた、この手に引かれることに、軽い快感を感じながら。

「また、傷増えたね」
アンダーを脱ぎ捨てたアスランの胸に触れて、キラはほつりと呟いた。
大きな裂傷の痕。一時、助からないかも知れないと医者に言われ、一晩ほどこっそり泣いた。
「消さないの？」
「そのうちにな」
ベルトを外しつつ答えるアスランに、キラはちょっとふくれる。
「嘘ばっかり」
前の大戦で負った傷を、アスランはほとんど消していない。
目立つところにはないけれど、こうして抱き合えば一目瞭然だ。
「いや、本当に消すよ。これをつけた奴に嫌な思いさせたくないし・・・。お前が嫌なら、あの時の傷も消すけど」
翠の瞳が、少しかなしげにキラを映して。
「でも、これは戒めのためにとっておきたいんだ」
互いに、互いを撃ってしまった。
本気で、殺し合った。
あの傷を、キラはもう消化してしまったけれど。
アスランは、いまだに引きずっているから。
最後のスイッチを入れたのは自分だと、そう思っているから。
そんな、彼だから。
「アスラン、大好き」
強くて脆くてやさしくて、大好きなともだちを、キラはぎゅっと抱きしめた。
触れた素肌が心地良い。
「俺もだよ、キラ」
僕たちは、たぶん、魂のふたご。
血よりも、もっと深いところで繋がった兄弟。
緩く開かれた赤い唇に口付けながら、キラはアスランの背をそっと撫でてから、ベッドへと倒す。
「んーーー、久しぶり」
だいぶ痩せた体のあちこちに、キスを落とす。
浮いた骨をたどりながら、キラはちいさくごめんと呟いた。
「だいぶ、痩せちゃったね・・・」
彼のことだ、傷を負って食べられなくなる前にも、キラと再び刃を交えて、散々に悩んでいたのだろう。
「い、や。お前のせいじゃない」
でも、君はやさしいから。そんなことを言って、笑ってくれる。
だから、キラもそれ以上は言わずに。
ちゅ、と、胸の頂に吸い付いてみせて。
「アスラン、なんだか色っぽくなったみたいだ」
そう言って笑うと、アスランも笑い返してくれる。
ただ、それは。
なんだか、辛そうな笑顔で。
「そう、かな」
あれ。
思っていたのと違う反応に、キラは胸にしていた悪戯を止めた。
きっと、赤くなって怒ってくれると思ったのに。
「どうしたの？」
「いや」
アスランは緩く首を振り、腕を伸ばしてキラの頭を抱き寄せた。
「わりと、頻繁にしてた奴がいたから・・・かな」
翠の瞳が、一度閉じて、開く。
その瞬間、瞼の裏に浮かんでいたのは、誰の姿なのだろう？
「ザフトの人？」
「ああ」
「置いて来ちゃった？」
「追撃された」
そんなことを淡々と言って、アスランは潤み始めた瞳でキラを見上げる。
「お前を、落とした奴だよ」
「そう」
フリーダムを落とした相手に、憎しみや怒りはない。
ただ、こんなになるまで肌を重ねた相手に追撃された、アスランをかわいそうだと思った。
でも、キラもアスランの機体を落としているから、何も言えない。
だから、ただ、黙って。その肌に、甘えるように愛撫する。
「ん・・・」
アスランの、甘い声。前よりも、ずっと良い反応。
別に、アスランの相手に嫉妬したりはしない。
自分たちは、そういう仲じゃない。
アスランが、昔ザフトで覚えてきたコレは、キラにとってもアスランにとっても、間違って分かたれて生まれてきた体を、再び繋ぐための行為に他ならない。
互いに甘え合い、満たしあう。そのための、最善の手段なだけだ。
だからキラは気になった。
アスランの、あの辛そうな笑顔。
たった一人の人に、体を許し続けて。その人と、そんな別れ方をして。
それで平気でいられるほど、アスランは強くない。
「キ、ラ・・・」
ぺろ、と。キラは緩やかな愛撫に感じ始めているモノに舌を這わせた。
「ん？イイ？アスラン」
アスランに、甘えたかったのはキラだけれど。
今、アスランを甘やかして、傷を舐めてあげられるのも、キラだけ。
はくんと口いっぱいに咥えると、びくりとアスランの体が跳ねた。
綺麗で、可愛い。
かわいそうな、アスラン。
「キ、ラ、もぅ・・・・」
長い指で、キラの髪をくしゃくしゃに乱して、アスランが密やかに喘ぐ。
そんな声を出されたら、キラだってたまらない。
一度、上から下まで丁寧に舌先でなぞってから、ちゅくりと舌先を後ろに滑らせた。
「ん、舐めるなよ、キラ・・・」
「いいじゃない」
自分から誘ってみせるくせに、恥ずかしがりのアスランは、それでもぎゅうぎゅうとキラの頭を押し返して嫌がるから。
「しょうがないぁ、もう」
「何がしょうがないん・・・っあン」
ずるり、と、いきなり根元まで指を挿し込まれ、跳ねる体。
痛いんじゃなくて、気持ちいいんだって、一目でわかる反応。
ああほんとだ、前はこんなに反応良くなかったもの。
きっと、ザフトにたくさんアスランを可愛がってくれた人がいたんだろう。
でもアスラン、そいつにあんな大怪我をさせられたんだ。
フリーダムを落とした、あのパイロット・・・か。
ちゃんと、アスランを幸せにしてくれればいいのに。
「はンっ」
感じるところを突きまわせば、気持ちよさそうに震えるアスラン。
キラには、アスランが必要で。
アスランにも、キラが必要。
でも、自分たちは近すぎて、互いを本当に幸せに出来ないことは、もう知っているから。
「キ、ラ、お前・・・」
アスランの腕が伸びて、キラの首にかかる。
ぐい、と引き寄せられて。
キラは悪戯っぽく笑った。
「欲しくなっちゃった？」
「あ・・・あ」
アスランも、少し笑って。
「お前が、欲しいよ」
「うん」
キラも、アスランが欲しい。
この大好きな幼馴染に、甘えたい。
だから、どこまでもキラを受け入れてくれる、そこに自分をあてがって。
奥まで、入って。
「っ、あぁ・・・っ」
久しぶりの彼の内は、変わらず熱く、やさしかった。
きゅう、としがみ付いた腕が、一瞬の後に緩んで、それからキラの頭を抱えるようにして、唇を寄せてくる。
「ん・・・んっ・・・」
重ねあうキスは、互いへのいたわりに満ちていて。
甘え合う心地良さに、とろけてしまいそうだ。
「ア、スラン・・・」
「ん・・・っ、キラ・・・・」
ゆっくりと動けば、擦れ合う肉の心地良さに我を忘れる。
くちゅくちゅといやらしい音がして、アスランの頬が紅潮していくのがたまらない。
アスラン。
僕ら、分かたれて生まれてきて、本当に良かったよ。
だって、君がいるから、僕は絶対に独りにはならないもの。
ねえ、君は？
「っ、あ。キラ、キラ・・・ぁ」
聞かなくても、わかるけど。
「・・・っ」
アスランの身の内で思うさま吐き出すと、キラは繋がったままで、その体を抱きしめた。
アスランも、自分の肌を自分で汚して、いったん力の抜けた腕に、もう一度力を込めてくれる。
大事な、大事な幼馴染。
大好きなアスラン。
ねえ、君はどこに行くのかな。
僕らは、どこに行けるだろう。
「キラ」
「うん」
ゆっくりと、キスをして。
眠たい仔猫がじゃれあうように、するすると、互いに甘えて。
「なんでもない」
「うん」
心地良い体温。心地良い肌。心地良い、存在。
僕らは、いつでもここへ帰って来れるから。
「頑張ろうね」
「ああ」
だから、僕たちは。
どこへでも、行ける。

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