クリスマスツリー
すらりとした細い月が、低く輝く夜だった。
街の喧噪を離れて、アスランとシンはざくざくと砂浜を歩いていた。
振り返れば、色とりどりのクリスマスイルミネーション。
見上げれば、首都がある島とは思えない、輝く星空。
緯度が低いので、北半球のクリスマスとはいえ、寒くはない。
むしろ、海からの風が心地よい夜だった。
クリスマスは二人きりで、というシンの思いも虚しく、アスランは当たり前のように職場のクリスマスパーティーに出席の返事をしてしまっていた。
仕方がないので一緒にパーティーに出たシンは、アスランが二次会を断ってくれたので、喜んでその後についてきた。
そうして、二人で砂浜を歩く。
シンがいい加減覚えた、アスランの一番好きなデートのかたちだった。
「ベツレヘムの星は、超新星爆発って説が有力だって聞いたけど」
空を仰いだアスランは、空の、少し低い場所を指さす。
「木星も明るいよな・・・きっと衝になってる」
あんなところまで行った奴がいるんだよなぁと呟いて、アスランは、空を見たままざくざくと砂浜を歩く。
そうして、ふと足を止めて。
また、やたらと目立つ木星を指さした。
「ああ、この角度だと、本当にクリスマスツリーみたいだ」
「ヤシの木はないだろ」
シンは即座に突っ込んだ。
アスランの指の先には、丁度、ヤシの木のてっぺんに輝く木星があった。
それは違う。
ぜんぜん違う。
実は結構ロマンチストなシンとしては、ここはきちんと否定したい。
「でも、この辺じゃモミは育たないんじゃないか？」
訳の分からない話をまともな理論に乗せて返す恋人に、シンは半ば頭を抱えながら、街角の風景を思い出した。
モミが何だか、その育たないこの辺で育ったシンにはいまいちよくわからない。
でも。
「鉢植えのクリスマスツリーとか、売ってんじゃん」
あれは何？
首を傾げたシンに、アスランは、ああ、と頷いて、また歩き出しながら答えた。
「この辺だと松の類が多いと思うぞ。でも俺、あれは何故か枯らすんだよな」
「アンタって人は・・・」
最近、家庭菜園に無駄な才能を発揮しだした恋人に、シンはがっくりと肩を落とす。
「じゃあ、あれはどうだ」
アスランが今度は、海の方、撤去し切れていない戦闘機の残骸を指さして止まった。
海に突き刺さった主翼の先に、炯々と青白い星が輝いていた。
「おおいぬ座α、シリウスだな」
全天で一番明るい星だ、としたり顔で言うアスランに、シンが心底嫌そうに応える。
「こんなツリーイヤだ」
なんだかとっても、すっごく嫌だ。
目を凝らせば、細い月に照らされて、機体のペイントがうっすら読めた。
あれは、連合の艦載機だ。
さっさと撤去しろよバカアスハ。
「わがままな奴だ」
シンの眉間の皺を気にも留めず、アスランはまた、足を進める。
「アンタが言うな」
シンもまた、その後を追う。
「俺は、好きだけどな」
もう一度、翼の先に灯った星に目を向けて。
ほつり、と言ったアスランの言葉に、何故だか胸を突かれたシンは、一度、むっつりと黙った。
それから、砂を蹴って、先を行くアスランに並ぶ。
並んで、手をつなぐ。
こういう時のアスランは、それを素直に握り返してくれる。
心地よかった風は、吹かれ続けているとやっぱり少し体温を奪っていて。
アスランの隣が、あたたかかった。
「だいたい、クリスマスツリーって何」
ぶっきらぼうに再開された会話に、アスランがまた、変なボケをかました。
「ええと、願い事書いて吊るすんじゃなかったか？」
「違うから！それ絶対違うから！！」
何か、さっき漂った嫌なものも良いものも、全部まとめて吹っ飛んだ。
クリスマスと七夕が、きっちり分かれているオーブ育ちのシンは、そこはしっかり否定する。
「でも、近くのスーパーマーケットの入り口にそんなのが・・・」
「俺、一回オブ屋には文句言いたいです」
店の入り口に、願い事を書いたオーナメントを下げたツリーを立てている商店を思い出し、シンはアスランと繋いでいない方の手で、ぐうっと握り拳を作った。
ロマンチストのシン的に、あれはかなり認められない。
しかし、アスランはさらりと言い放った。
「いや、俺が見たのはイザナギマーケットの方だ」
「そっちもかよ！」
がっくりとうなだれたシンを、柔らかな視線で見下ろし、アスランはそのまま恋人の手を引いて、夜の砂浜を歩きだした。
何故だかシンが、クリスマスをとても楽しみにしているのを、鈍いアスランも知っていた。
だから今日、シンが楽しそうで良かったと。
楽しそうなシンと、一緒にいられて良かったと。
少し的外れな喜びと共に。
イルミネーションを背に、星空の下を歩く。
メリークリスマス！