ことのは
泰明に触れられる時、永泉はいつも、自分がとても価値のあるものになったような気持ちになる。
まるで、壊れ物のように触れられて。
何度も何度も口づけられて。
今まで、いろいろな人に抱かれてきた、
汚れきった体なのに。
すべる唇に、胸の紅みを捕らえられ、思わず声が洩れる。
淫らな声。
嫌らしい。
うっすらと目を開けると、左右色違いの瞳と目が合った。
細められたそれは、満足した猫に似ている。
綺麗な生き物。
自分に、不釣り合いな。
「あ、あああっ」
高ぶりに触れられ、その奥まで弄られて。
そんな行為はもう、数え切れないほど繰り返してきたというのに。
何故、こんなにも・・・・・
そこで、永泉は思考を手放した。
あとは、恋しい人に全て明け渡して。
堕ちる。
「泰明殿は、私のどこがお気に召したのですか？」
何度も抱き合ったあと。紅い跡の残る肌を単衣で隠しながら、永泉は問いかけた。
「知らぬ」
そして、泰明の答えに悲しくなる。
この人とだけは。
ただ、快楽を分かち合うだけの仲ではありたくないのに。
泰明殿も、きっとそうだと思っていたのに。
「おまえは、私のどこが気に入ったのだ」
逆に問われ、当てつけるように答えた。
「泰明殿が好きだからです」
以前では、考えられないような強い声に感心しながら、しかしそれは表に出さずに泰明は重ねて問う。
「私の、どこが好きなのだ」
「泰明殿の、綺麗でお強くて何でもお出来になるところが好きです。私の、憧れです」
負けじと答える声に、泰明は気配だけで笑う。
「それ以外の私は嫌いか」
「そのようなことは・・・」
身を起こした永泉の顎を掴み、視線を合わせて。
「私は人ではない。見た目はこのように造られても、何から出たか知れぬ。造られて間もない故、知らぬことが多い。おまえが居らねば、昼も夜も明けぬ。そのような私は嫌いか？」
竦むほどに、真摯な泰明の瞳に射られて。
ああ、この人が好きだとあらためて永泉は思う。
「好きです」
それを言葉にすると、泰明ははっきりと笑った。
「私もだ」
「泰明殿・・・」
腕にしがみついてきた永泉を泰明は強く抱きしめる。
「おまえの美しいところが好きだ。おまえの優しいところが好きだ。しかし、おまえのどこが好きなのか、いくら言葉にしてもそれが全てではない。何度逢瀬を重ねても、その度に知らぬおまえを知り、好きになる・・・だから、おまえのどこが気に入ったかなど、わからぬ」
泰明の瞳から解放され、代わりにその腕に閉じこめられて。永泉は言葉を失った。
初めて、肌を合わせた時も。
他の男と、無理をしてまで手を切ったときも。
何も言ってはくれなかった泰明。
言葉が足りないだけだと知っていた。
心や感情に関わる言葉を紡ぐことに、大きなためらいのある人だと。
だからこそ、閨でのささやかな嘘も、言葉遊びの必要もなかった。
触れる唇で、撫でる指先で。
全てを伝えてくれていたはずの人に、言葉を強いた自分を、永泉は恥じた。
「申し訳ありません・・・・」
思わず口をついた言葉を、泰明に咎められる。
「おまえは、不必要に謝りすぎる。おまえが私に何か詫びるようなことをしたのか」
「はい・・・」
「何をした？」
真面目に問う、綺麗な人。
綺麗な、綺麗な・・・私の、恋人。
「教えません」
泰明にしがみついたまま、永泉は言った。
「何故だ」
不満そうな泰明。
「それは、私が泰明殿のことが大好きだからです」
「何故、好きだと言えぬのだ」
「好きではありません。大好き、だからです・・・」
ぎゅーっと。
自分にしがみついたまま、強情を張る永泉に、泰明は、ひとつ、ため息をついた。
こういう時の永泉の扱い方ならば知っている。
体に聞いてしまえばいいのだ。
そうして泰明は、永泉の顔を上げさせ、収まりかけた欲を再び呼び覚ますための口づけをする。
快楽の海にとっぷりと沈んだ永泉の、愛らしい唇からこぼれる秘密は。
きっと、この唇と同じくらいに甘いのだろう。
その甘さを思い、泰明はまた、笑った。