今度こそ
医務室に戻ろうとすると、アスランは自分の部屋に戻ると言い出した。
「でもアンタ・・・」
「寝てるだけならどこでも一緒さ。艦医の先生には、もう言ってある」
アスランは途中から、シンに肩を貸されて歩いている。
こんな状態で・・・とも思ったが、アスランが「こっちだ」と勝手に行こうとしてしまうから、シンはしぶしぶとそれに従った。
アスランの部屋は、片方のベッドが空いている二人部屋だった。ここを一人で使っているらしい。
「贅沢」と言ったら、「じゃあ、お前もここ使えよ」と返された。
そっ・・・か。
俺、残っちゃったから、しばらくここにいるんだ。
思わず、頬が緩む。
アスランをベッドに座らせると、シンもその隣に腰掛ける。
座ってから、寝かせてあげないといけないんじゃないかと思って、腰を浮かして。
アスランに、腕を掴まれて、やめて。
さっきよりも、アスランの近くに、座りなおした。
自然と、また、手をつなぐ。
もう、幾度も体を重ねた仲なのに、たったそれだけのことが、こそばゆくて嬉しい。
まるで、初恋の子供のようだ。
「・・・・すまなかったな、我侭を言って」
アスランはそう言って、シンの手を握った指に、順にゆっくりと力を込めていく。
それは、あの必死な力ではなくて。
シンの存在を確かめるような、どこか、優しい力。
シンはその手をきゅっと握り返した。
シンが、一度、なくしてしまった手。
もう一度、繋ぐことが出来た、手。
「俺の方こそ、あの」
言いかけたところで、アスランがとさりとシンの肩にに頬を乗せた。
鼻先に触れた前髪から、少しだけ、薬の匂いがする。
「この怪我は、俺自身の咎だ、気にするな」
「気に、します」
じわり、じわり。伝わる体温。
少し熱くて、心地いい。
「気にさせて、下さいよ・・・」
腕をまわした方にも、厚い包帯。そのままそこをさすると、赤い唇から、ほうっと吐息が洩れた。
そこに、思わぬ艶を見出して、シンの体温がカッと上がる。
意識し出せば、腕の中の熱い体。
弱った風情も、頼られる気配も、幼いオスを刺激する要素でしかない。
ダメだってば。アスランさん、怪我してるのに・・・・
でも、今、この手を離してしまうことも出来なくて。
だから、シンはじっと。
じっと、我慢して。
「・・・・っ・・・・・・」
腕の中のアスランが、肩を震わせていることに、気付くのがだいぶ遅れてしまった。
「アスランさん・・・・？」
また、泣いてる？
しかしアスランは、おたつくシンを、少し潤んだ瞳でちらりと見上げ。
「ご、ごめん・・・・・」
肩を震わせて、笑っていたのだ。
「何なんですか、アンタ・・・」
ムッとしたシンに、アスランはもう一度「ごめん」と謝った。
「だって、お前、やっぱり・・・可愛いな」
「可愛いって・・・」
今度こそ、その肩を離そうとしたシンに、アスランは、ほんの囁くような声で、言った。
「いいぞ」
「は？」
だから、いいぞ」
「・・・・・」
この場合。
いい、って、いうのは。
「でも、あの」
「平気だよ、これくらい。だいたいみんな大袈裟なんだ。ちゃんとＭＳにだって乗れただろう？大丈夫だよ」
「倒れてたじゃないですか」
「軽くショック症状が出たんだ。もう落ち着いたから大丈夫」
「怪我・・・・」
「たいしたことないさ」
それは、シンに気を使わせまいと言っているセリフではなかった。
この人、そんな器用なことできる人じゃなかった。
本気で、なんでもないと思って。
本気で、いいって言ってくれてるんだ。
「・・・そうか。言い方が悪かったんだな。すまない」
その上、アスランは再び謝って。
それから、ためらいがちにシンを見上げて。
「その、な。良かったら、俺を、抱いて、欲しいんだが・・・」
そんなセリフを、頬を染めて。
「え、あ、あのっ」
アスランに、そんなことを言われたのは初めてだ。
心臓がドキドキしてうるさい。
抱きたい。
この人を、今すぐ、抱きたい。
抱いて。
アンタは俺のもんだって。
俺は、アンタのもんだって。
体中、全部で。
この人に、伝えたい。
「・・・いいの？」
「だから・・・」
「すいません。じゃなくて、あの」
シンはごくりと生唾を飲んで、震える喉をなだめた。
そうじゃなくて。
えっと。
「優しく、します」
「頼む」
シンの肩から、顔を上げて。
いろいろな涙で潤んだ瞳のアスランは、くい、と顔を上げて、シンにキスをしてくれた。
キスをしたまま、包帯の感触のする肩を軽く押して。
シンは、アスランの体をとさりとベッドに横たえた。
包帯は、肩と、胸と、左腕。
右膝にはサポーター。
脇腹には、大きな絆創膏。
それを見て、ちょっとひるんだシンに、アスランは優しく笑って両手を伸べた。
「してくれるんだろ、ほら」
「ほらって、アンタ」
とにかく一度、そっと抱きしめて。
それからシンは、胸元の、包帯に覆われていないところから、そっと、キスを下ろしていった。
「ん・・・・」
「あの、痛い？」
「いや。本当にもう、たいしたことはないんだ。・・・それより、してる時にそれはブチ壊しだぞ、お前」
「それ言うアンタがブチ壊しです」
色気のない会話に、笑い合い。
そっと撫でた太腿に、震える声が喉から洩れる。
「・・・・ふっ」
「気持ちいい？」
「・・・・ああ」
アスランは、腕を伸ばしてシンの頬を撫でた。そうしてそのまま、くしゃりくしゃりと髪を撫でて。
「やっぱり、お前に触れてもらうのは、気持ちがいいよ」
「俺だから？」
「ああ。お前だから」
そう言ってもらって、喜んだ少年は、そのまま前の、わずかに反応を見せているものへと唇を寄せた。
「シン、それは、いい」
「イイ？」
「違・・・あっ！」
そう酷くはなかったのか、下腹にも治りかけの火傷があった。
引き攣れた跡を撫でてから、優しく優しく、シンはそれを追い上げていく。
人のコレを口にするなんて、この人に会うまでは思ってもみなかった。
口の中でびくびく跳ねて悦ぶさまや、ひくひくと身を震わせる様子、咥えるシンの髪を掴んで、くしゃりと引く指、ひっきりなしに洩れる、甘い声。
でも、シンも、楽しい作業。
「っ、も、う・・・・」
「んんっ」
限界を訴えるアスランに応えるように、喉の奥まで含みきって。
口いっぱいで刺激しながら、飲み込むように吸ってやると。
「っは、あ・・・っ」
とくとくと、シンの喉に精を注いだその人は、びくびくと身を震わせて、ぐったりとシーツに身を沈めきった。
「気持ちよかった？」
「ん・・・飲んだのか？」
「アンタだってよく飲んでくれたじゃん」
尖らせた口のまま、シンはその先端に、また、ちゅっとキスをして。
まだ何か言おうとしたアスランの言葉を、甘い吐息で途切れさせた。
それから、腹の傷に障らないように、ゆっくりゆっくり腰を取り、脚を大きく開かせる。
それに大人しく従ったアスランは、シンの舌が、てろりとそこ触れたのを感じて。
ひとつ息を飲んでから、ばたばたと脚をばたつかせた。
「ちょ・・・やめっ・・・・」
「暴れないでくださいよ。傷開くってば」
「傷なんかどうだっていい。舐めるなそんなとこ！」
「いいでしょ、舐めさせてくれたって・・・もうしょうがないな」
涙目のアスランに訴えられて、シンはぶつぶつ呟くと、最後に一度、たっぷりと唾液を乗せた舌先でそこをなぞってから、口を離し、その代わりの指をつるりと舐めた。
その指が、どう使われるか知っているアスランは、こくりと息を飲んでそれを見守る。
「力、抜いててくださいね」
「わかってる・・・」
大きく息を吐いたのに、シンの指が触れたとたん、アスランはくっと息を詰めて、そこにもきゅっと力が入る。
そかしそれも長くは続かない。少し待っていれば、すぐにアスランの体からは力が抜けて。
シンは、そこに指を差し込んだ。
「ふ、ぅ、んっ・・・」
熱くさざめくアスランの中。
はじめは緊張していても、ゆっくりと指で擦ってやれば、それがとても気持ちいということを、すぐに思い出す、淫らな襞。
「ふ・・・あ・・・・んっ・・・・」
「気持ちいい？アスランさん？」
「ん、ふ。聞くな・・・・ょ」
「聞きたい」
ぐっと、奥まで指を押し込んだ。
アスランの喉がひくんと仰け反る。
その様子は、言葉でなく、アスランが感じていることを、よくよく物語っていて。
シンを、酷く興奮させる。
「指、増やしますよ」
「・・は、あっ」
押し開かれる感覚は、慣れているはずなのに、いまだにアスランを啼かせてくれる。
「やっ・・・・」
更に、またそこを舌でなぞられて、とろりと唾液を落とされると、ぐちゅり、と、酷く淫らな音がした。
「アスランさん、ここ、すっげぇやらしい・・・吸い付いてくる・・・」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
堪えきれなくなって、アスランは淫らがましく腰を揺らし、濡れた瞳でシンにねだった。
早く、と。
「うん。ちょっと、待って」
アンダーを着たままだったシンは、ばさばさとそれを脱ぎ捨てる。
するだけなら、下だけを緩めればいいのだけれど、今は、素肌全部で、この人と、愛し合いたい。
「じゃ、入れます」
「ああ。・・・・・ん、あっ、あ・・・」
ゆっくりゆっくり、優しいよりも残酷な速さで侵入ってくるシンに、アスランは掠れた悲鳴を上げた。
久しぶりに受け入れる、彼の熱さがリアルで。熟れた襞を押し開き、擦りたてていく感覚に、まるで、焼き殺されそうに、感じる。
「やっ・・・んっ！」
「・・・入った」
シンのすべてを受け入れて、包帯の巻かれた胸を喘がせながら、感じ入るアスラン。
その震える体を抱きしめて、シンは、翠の瞳からこぼれた涙を、一粒、舐め取った。
「動いても、いいですか？」
聞くと。
長い腕が、するりと首に絡まって、きゅうっとシンにしがみ付いてきた。
背中を擦る、腕の包帯。
その乾いた感触に、戒められて。
すぐさま、力いっぱいこの人を堪能したいのを、必死になって我慢して。
シンは、ゆっくりと、アスランの感じる場所を探して動き出す。
「ん・・・ぁ・・・・はぁ・・・・っ」
今も、無理をして自分を受け入れてくれている人を、少しでも気持ちよくさせてあげたくて。
「・・・・ん、あっ！」
アスランの声が変わったところを見逃さず、そこを中心にして突いていく。
「あ、んっ、あ・・・・あ、あぁ・・・・」
それでも、上がった声や、触れる肌のなめらかさ。何より中の締め付けに、たちまちたまらなくなって。
「アスランさん、俺、も・・・・」
「んっ・・・・」
こく、と頷くアスランが、伏せていた瞳をうっすら開き、シンを映して。
笑って、くれた。
「イ、こ・・・・ぅ」
「は、いっ！」
ぐっと押し込んだその中で、思うさま吐き出すその快感。
同時に激しく身を震わせたアスランも、大きく喘いで、吐き出して。
そのまま二人、抱き合って。何度もキスを、繰り返し。
やっと息が整った頃、ほつり、とアスランが呟いた。
「・・・行かないでくれて、良かった」
「うん。行かなくて良かった」
当然のように言ったシンの、乱れた髪に、頬を埋めて。
「シン」
アスランは、低く、続ける。
「ありがとう」
「うん」
嬉しくなったシンは、ぎゅっとその人を抱きしめてから、緩んだ包帯が気になって、少し、体を離して。
首を抱いたままのアスランの、その長い腕が離すまいと、ぎゅっとしがみ付くのを、感じた。
「お前だけなんだ」
「アスランさん？」
顔を見たいと思ったけれど、アスランの腕は強くて。
こんなに痩せているのに。
こんな怪我、してるのに。
「俺には、もう、お前だけなんだ・・・・」
その声に、はっとさせられたシンは、もう一度、アスランをきつく抱き締めて。
それから無理やりに顔を上げ、翠の瞳を覗き込んだ。
涙を湛えた湖水の翠。
その意味を。
今度こそ、違えることなく受け取って。
「俺も、です」
そう言うと。
今度こそ。
今度こそ、間違えないように。
繰り返していた、気持ちいいだけのキスとは違う。
誓いのキスを、した。
俺たちは、馬鹿で意固地で臆病でエゴイストで。
本当に、どうしようもないのだけれど。
でも。
でも、選ぶことは出来るから。
二人で、生きる道を。
そのとき、翠の瞳からこぼれた涙を。
シンは、一生忘れないと思った。