告白
頭が、がんがんする。
何？
痛いって。
だから、あんまり・・・・
「・・・さん、アスランさんっ！」
「あまり大声を出すな」
「だって、レイっ」
悲鳴のような声が、痛む頭を直撃した。
「う・・・るさ・・・・」
「アスランさんっ！」
「うるさ、い」
頭痛い。
「え・・・」
重い瞼を無理やり上げると、赤い瞳と目が合った。
やっぱりこいつかと思った。
なんでいつもこんなにキャンキャンと。
「頭に響く、やめてくれ」
「はい・・・・」
しゅん、とうなだれた彼の後ろに、金髪の少年。
その後ろには、白いカーテン。
ここは、確か。
ミネルバの医務室。
『だって、カガリは今！泣いてるんだ！！』
不意に、青い空と、青い翼を持つ機体が脳裏に浮かんだ。
親友の言葉が、痛む脳髄を駆け抜けた。
ああ、そうか。
俺・・・・
だるい腕を上げて、顔を覆う。
五体満足。どこも怪我をしていない。機体制御の出来ないまま着水したのだからもっとダメージがあっても良さそうなものだが、やはりキラはキラ、ということだろうか。
キラは、キラ。
じゃあ、俺は。
「バイタルに問題はないとのことでしたが、一応医者を呼んで来ます」
「そうだ、医者！」
「いや、いいよ」
レイの声はそうでもないが、シンの声は異様に響く。
「たぶん、ただの脳震盪だ。・・・・助けてくれたのは、お前か？」
腕をどかして、必死の面持ちで自分をのぞき込んでいる少年を見上げ、アスランは確認する。
「は・・・はいっ」
涙さえ浮かべた少年に軽く頷き、アスランは簡単に礼を述べた。
「ありがとう」
「はいっ」
実際、キラがいくら上手くても、脱出できないまま海底に沈んだら危なかったのだ。
自分はいつも、他人に命を救われる。
「ルナマリアは・・・・」
「え、と、ルナ、は」
「重傷ですが、命に別状はありません」
「そうか、よかった」
あの、混乱し切った戦場で、この艦のパイロットが一人も欠けることなく戻ることが出来て、本当に、良かった。
ハイネのことがあったばかりだ。これ以上、誰が欠けることも、耐えられない。
「戦況は」
「全部やった。あのアークエンジェルってのの他は」
さっきのしどろもどろから、うって変わって強い声で、シンが言う。
レイが、それに頷いて見せた。
「オーブ軍は壊滅。連合の艦隊は、全て撤退しました」
「そう、か・・・・」
『オーブ軍は壊滅』。的確なレイの報告が、痛い。
不思議と、カガリの心配はしなかった。
キラがついているのだから、当然なのだが。
キラが、ついているから。
キラが。
「今回は、迷惑をかけてすまなかったな・・・・もう少し休んだら、戻るから。お前たちも、ちゃんと休んでくれ」
ルナマリアはしばらく動けないだろう。
戦力の欠けたこの状況、この二人にも、これから一層の負荷がかかるはずだ。
「はい」
「・・・はい」
敬礼をし、レイが出て行く。
しかしシンは、そこに残って。
アスランを、見下ろして。
「・・・シン、お前も戻れ」
「嫌です」
「シン」
咎めるアスランの声に耳を貸さず、シンはカーテンの外からパイプイスを引きずってきて、そこに座った。
「隊長は休んでください。俺、ここにいますから」
「だから、お前が休めと」
「ここで休むからいいです」
「良くないぞ」
「いいんです！」
シンの大声が頭に響き、アスランは辛さに眉を潜めた。
「静かにしなさい」
カーテンの外からも、医療スタッフの声が聞こえる。
「・・・・すみません」
もそもそと謝り、しかし、そこから動かずに。
シンは、床を向いて。
「いいんです。部屋にいても、あんたが気になって、休めるわけないんだから」
「俺は大丈夫だから」
「それでもっ！」
思わず上げた自分の声に気づき、慌てて声を落として。
「俺、気が付かなくって。気が付いたら、セイバーの反応なくって、びっくりして」
「それでも拾ってくれたのか。凄いな」
「凄く、ないです。着水ポイント送ってもらったし。海流と地形の情報、あったし」
「それだけで割り出したなら、凄いだろう」
重い腕をゆっくりと伸ばし、少年の頬に触れる。
その指先を、丁度、一粒目の涙が流れて濡らした。
「死んだか、と、思った・・・・」
頬に触れた手のひらを抱えるようにして、シンは声を殺して泣き出した。
「あんた、死んだかと思った・・・・・」
指に落ちる涙の熱。
それに反するように、冷えたままの胸の内、アスランはひとりごちた。
そう、か。
死んでしまえば良かったのか。
道を違えた親友。
振り下ろされた剣。
キラ。
キラ。
そう。
どうして。
「どうして、俺はいつも死に損なうんだろうな」
呟きは無意識で、当然、少年を慮ってはいなかった。
「あんた、今なんて・・・」
ああ、しまった。
思う間もなく襟首を掴まれた。
患者服のそれが、緩いことに感謝する。
「今、なんて言った！」
押し殺した、低い声。
「すまない」
「なんて言ったって聞いてんだよ」
「だから・・・すまない」
助けてくれた彼の前で、声に出すべきことではなかった。
心配して、涙まで流してくれた彼の前では。
それでも、言葉は戻らない。
「死にたかったのかよあんた」
頷くわけにはいかない。
「死にたかったのかよ・・・っ」
涙混じりの低い声。
引きずり上げられたアスランの胸に、跳ねた黒髪が押し付けられる。
「死なせないから」
声は、低くて。
必死で。
「あんた、絶対死なせないからな！」
「・・・何故」
その必死さに、むしろアスランが驚いた。
自分は、彼に嫌われていたはずだ。
それなのに、何故。
「・・・っ！」
顔を上げたシン。
赤い瞳が、強い炎を宿してアスランを睨んだ。
燃え盛るガーネット。
一瞬、見惚れる。
「あんたが好きだからに決まってんだろ！」
告白は、恐らく医務室じゅうに響いただろう。
しかし少年は、そんなことを気にする性質ではなく。
告白を受けた青年は、もとよりそれどころではなく。
「え・・・？」
がばりと抱きつかれ、再びベッドの上に仰向けに転がり。
胸の上で、泣きじゃくる少年の声を呆然と聞きながら。
アスランは、呆然と天井を見上げた。
好きだと言って、抱きつく。
その意味を、考えて、思い当たる。
「お、まえ・・・」
「あんたは、死なないで、くださいよ」
嗚咽に混じる、必死な声。
「あんたはっ・・・」
ああ、そうか、彼は。
目の前で、家族を亡くして。
大事な人たちを、亡くして。
「死なない、で・・・・」
そうして、俺が、落ちて。
アスランは、体中から力を抜いた。
少年の乗った胸が、温かい。
少年の涙が、温かい。
キラ。
キラ。
俺は、やっぱり間違っているんだろうか。
それとも、やっぱり、お前が。
わからないけれど。
ただ、今は。
この少年を、これ以上悲しませないために。
ただ、それだけのために。
「ああ」
苦しいけれど。
辛い、けれど。
それでも。
「ああ、死なないよ」
頷いたアスランの首にしがみ付き、シンは子供のように声を上げて、泣いた。