恋のＸＹＺ
艦内放送が入る前の、ぶつ、とスピーカーにスイッチが入る音。
それを聞いた瞬間、シンは嫌ぁな予感がした。
『ザラ隊長はブリッジへ。艦長がお呼びです』
「・・・・シン、すまないが」
それを聞いたとたんに、そう言った恋人に、シンは何も言い返せなかった。
この艦はパイロットが４人しかいないから、待機は一人で６時間づつのローテーションになる。
だから、アスランとシンは、どうしても生活のリズムが合わない。
それでもデートがしたいんだ！と、ローテ以外にも仕事しまくってるアスランに頼み込んで、やっと約束つけたのに。
いつもだったら寝てる時間、眠いのガマンして待ってたのに。
なのに！
なのに・・・・
「艦長呼び出しじゃ、しょーがない、です」
これじゃ、文句のひとつも言えやしない。
「じゃ、行ってくる」
颯爽と遠ざかる、赤い軍服を見送って。
シンは、すごすごと部屋に戻った。
なんだか凄く、惨めだった。
シンの方から告白してつきあい始めた。
初めて、好きになった人だった。
もちろ恋愛なんか初めてで、ＯＫをもらったときには、舞い上がり過ぎてヴィーノやヨウランにウザがられたほどだった。
好きだから。
大好きだから、シンはいっぱい調べて勉強した。
いろんな恋愛ハウツーサイトを端から端まで読んで、恥を忍んでレイやヨウランにもレクチャーも受けた。
でも。
でもさ。
ぜんぜん、そんなの役に立たないんだ。
シンの好きな人は、赤い軍服をきっちり着こなして、きっちり仕事するシンの上司で。
強くて強くてそのくせヘンなトコで弱くて。
ＭＳのコックピットに頭突っ込んだら、いつもの無口がウソみたいに滔々と講釈垂れるし。
仕事なら平気で約束もシンごと放り出すし、気が短くってすぐに殴るし。
そんな人とどうやって付き合えばいいかなんて、そんなのどこにも書いてなかったから。
誰も、教えてくれなかったから。
キスだって、まだしてない。
もっとなんて、いつになったらできるのかわからない。
でも。
でもさ。
それでもやっぱり、大好きなんだ。
「お疲れです。・・・艦長、何ですって？」
シンは諦めきれなくて、ブリッジの入り口で待ち伏せして、アスランが出てきたところを捕まえた。
もう休めとか言ってるのをなんだかんだと宥めすかして、レクルームでコーヒーを手渡すところまで、やっとのことでもっていく。
「ああ、要求していた人員補充について本部から回答があったそうだ。機関士と砲撃手の交代のみで増員はなし。もちろん、パイロットもだ」
アスランは、なんだか凄くご機嫌斜めだった。
熱いコーヒーを、ごくごくと一息で飲み干して、それからやっと熱そうな顔をする。
まあ・・・このクラスの強襲艦に、パイロット４人って少なすぎるけどさ。
「それ、俺らだけで十分ってことでしょ」
得意げに言ったら殴られた。
「馬鹿野郎、何かあってからじゃ遅いんだ。それにお前らはまだ成長期なんだからな。仕事も大事だが、それで体壊したら・・・そうだ、時間」
シンは、しまったと首をすくめた。
アスランは、すぐさま端末の時計を確認し、無情にもシンに言い放つ。
「お前もう寝ろ。任務に響く」
「だっ、まだ大丈夫ですよ！」
「どこが大丈夫だ。この間みたいにコックピットで居眠りしてたら承知しないぞ」
「あれは！ヴィーノの確認が遅くってちょっと・・・って、何で知ってんですか！」
吠え返したら、何だっていいだろう、と、また殴られて、部屋まで引きずって行かれた。
情けなくって、泣きたく、なった。
でも。
でもさ。
小さな補給基地に入ったときに、シンは頑張って賭に出た。
「アスランさん、次、俺ルナと代わってもらったんですけど！」
「無駄に他人のリズムを崩すな！！」
殴られてむくれるのは、もう、いつものお約束。
「ルナから言って来たんですよ。家に連絡するのに、自分のシフトじゃ時間合わないって」
「・・・ああ、悪かった」
さすがにアスランも反省したのか、殴ったところを撫でてきた。
・・・・それはそれで、なんだかちょっとムカつくんだけど。
でも、今はそれどころじゃない。
「アスランさんの部屋、行ってもいいでしょ？」
最近わかったことがある。
この人は、甘えられるのと。
それから、アレに弱いんだ。
アスランは、少しだけ考えて。
それから、「いいぞ」って言ってくれた。
アスランの部屋に入れてもらったのは、これでまだ５回目だ。
何度見ても殺風景な部屋の、味気ないベッド。
でもそこには、シンの夢がいっぱいに詰まっている。
そこに、できるだけ無造作に座り込んで。
シンは持ち込んだバッグから、一本のボトルを取り出した。
「これ、この辺の地酒です。美味しいんだってレイが言ってた」
基地の売店で買ったやつだし、値段だってシンに手が届いたんだから、そんなにはいいものじゃないんだろうけど。
そう思って顔を上げると、そのまま殴られてひっくり返った。
あ、ベッド、アスランさんの匂いだ。
じゃなくて。
「何すんですか！」
がばりと起きあがると、上から睨み下ろされた。
赤服が威圧感あるって、久しぶりに、思った。
「パイロットは常に準待機だ。しかも二人も飲酒していいわけないだろう」
えっと、これは想定してたし。
「基地入ってる間は、準待機解けてるはずです」
レイに教えてもらった！
「それは、そうだが・・・でもお前まだ１６」
「プラントじゃ成人です！」
「２０歳未満でアルコールを・・・」
「大丈夫です、これ軽いやつだし、だいたいアカデミーで飲んでないなんて言わせませんよ！」
これで折れてくれなきゃ、もうこれ以上、答えなんか用意してない。
そう思いながら、ドキドキして返事を待っていると。
アスランは、ひとつ、深く深くため息をついた。
「・・・わかった。確かに、お前にも息抜きは必要だからな」
それから、ひっくり返ったシンの腕を掴んで、引っ張り起こして。
「付き合ってやるよ」
ちょっとだけ、笑った。
「やった！」
そのまま飛びつこうとして、避けられて。
シンは派手に、ベッドから落ちた。
でもそんなの、どうでも良かった。
グラスなんかないから、レクルームで調達してきた樹脂製カップに、淡い金色の液体を注ぐ。
肴は、やっぱりこの辺の柔らかいチーズ。
白い樹脂に、アスランの赤い唇が付いて。
こく、と喉が動くのを、シンはわくわくと見守った。
「美味しい、ですか？」
「・・・ああ、お前が好きそうな甘い酒だな」
「なんですか、それ」
飲んでみたら、確かに少し甘い。
でも、甘いだけじゃなくて、美味しい。
さすがレイ、と、シンは思った。
持つべきものは、物知りな友人だ。
後は。
シンは、一生懸命アスランの様子を観察しながら、アカデミー時代のバカな話をとめどなく話し続けた。
アスランのペースはゆっくりだ。その辺は自分でわかっているらしい。
それでも、せっせとお酒を注いで。
せっせと、楽しい話を提供して。
それで。
アスランの、緑の瞳がゆるりと潤む。
目元がほんのり赤らんで、ただでさえ色っぽい眼差しが、シンを映して緩やかに笑んだ。
シンは、ごく、と生唾を飲んで。
それでも、ぐっとガマンして、半分ほどになった瓶を持ち上げた。
「あの、注ぎますよ」
「ん・・・、いや、もう」
アスランがふるふると首を振る。
めったに見られない、幼げな仕草。可愛い。
シンは知ってる。
アスランさんは、甘えられるのに弱い。
それから。
お酒に、弱いんだ。
頃合いかな。
もう、大丈夫、かな。
シンはおそるおそる、アスランに顔を近づけた。
笑んだままのアスランの瞳。
「アスランさん」
「ん？なんだ？シン」
少しいあやしいろれつで、舌っ足らずに名前を呼ばれるのは、なんだかすごく、こそばゆい。
ぞくん、と背筋を這い上がった何かを、ガマンして。
シンは、精一杯甘く、ささやいた。
「大好き、です」
「・・・・うん」
返事はそっけないものだったけれど。
甘い声。
柔らかな笑顔。
それから。
とろけそうな、眼差し。
シンは、心を決めて、ほんのりとお酒に濡れた唇に、キスをした。
ちょっと甘いそれは、お酒と。
それから、アスランの、味。
それに夢中になったシンは、知らない。
アスランが弱いもの、もうひとつ。
それは、年下の、恋人。