「十兵衛、キスをしようよ」

唐突に花月が言ったのは、無限城での暮らしに、やっと慣れてきた頃だった。

「な・・・何を突然言い出すんだ花月」

もとより、初めて会ったときから、花月に淡い恋心を抱いていた十兵衛である。

それを見抜かれたのかと一瞬焦ったが、花月の表情にからかいの色はなく。

ただ、大きな瞳が縋るように十兵衛を見つめている。

「・・・・だめかい？」

ぎゅうっと、十兵衛の袖を握って、どこか必死の面持ちで首を傾げる様は、可愛らしくも痛々しく、十兵衛の覚悟を決めさせるには十分だった。

自分は、花月を守ると誓ったのだから、これくらいできなくてどうする。

「わかった」

頷くと、花月はほっとしたように笑って、自分よりも背の高い十兵衛の首に、がばっとしがみついた。

色気も何もないな、と思いつつ、十兵衛はどきどきしながらその細い肩を抱き寄せる。

腕の中の華奢な体。

押し付けられた、柔らかい唇。

途方もない愛しさがこみ上げてくる。

この存在を守るのだと。

そう、強く想う。

「十兵衛」

唇を離しても、十兵衛にしがみついたままの花月が言った。

「十兵衛は、どこにも行かないよね」

震える声。

何故、花月が突然こんなことを言い出したのか、それがおぼろげながら十兵衛にもわかった気がした。

「ああ。どこにも行かない」

きつく、その身を抱きしめる。

「オレは、お前を守るためにこの世に生を受けたのだから」

今まで自分たちが生きてきた世界とは、まったく異なる世界、無限城。

その白い手を血で汚し。

自分の弱さを切り捨てて。

そうして、生きていかなくてはいけない。

変わっていかなければいけない自分を、不安に思って当然だ。

十兵衛には花月がいる。だから、怖くはない。

そして。

花月も、その拠り所として、自分を求めてくれてくれた。

それが嬉しい。

「お前は・・・オレが守る」

きっと、きっと。

オレは、お前のためだけに存在するのだから。

「だから、心配するな」

「うん。うん・・・十兵衛」

もう一度、唇を重ねて。

幼い二人は、束の間の幸せをかみしめる。

ずっと一緒にいるのだと、そう、信じて疑わずに。

 

 

 

 

 

 

十兵衛と花月が、敵として相対するのは、この数年後のこととなる。