君のとなり
「アスランさーーーん！見てくださいよ！白服！」
大声でそう叫んだ青年は、その白い軍服に似合わない様で大きくおおきく手を振った。
それを、いかにも「仕方ない」という顔をして眺めながら。
目立ちたくはないのに、と思いながら。
それでも、どこか誇らしい思いを抱きながら、アスランは軽く手を挙げて、駆けてくるシンを迎えてやった。
ザフトに残ったシンは、デュランダル議長の時代にやったあれやこれやのせいで、結構苦労したらしい。
らしい、というのは、アスランが、もう一線を離れてしまったからだ。
今は、開発部の端の方で、人工義肢や自律型ロボットの研究をしている。
アスランとしてはおとなしく飼い殺されるつもりだったのだが、ほぼ生体と変わらない動きをするサイボーグを実用化してしまって、今はそちらの部門の主任をしていた。
それでも、軍としては、端の、端の存在で。
そんなアスランには、苦労して白服を手に入れたシンは、眩しく見えていた。
「第七艦隊所属の、リンドブルムのMS隊任されたんです。部下７人で、顔合わせてきたんですけど、ちょっとやらかしてきちゃいました」
そう言って笑ったシンの左頬が、少しだけ赤く腫れている。
「勝ったんだろ？」
「あったり前ですよ。模擬戦もやって、全勝してきました。あ、アンタに教わったリミット外し、評判良かったです！」
「模擬戦程度で使うな、この馬鹿」
「だって、最初って肝心じゃないですか！」
二人で並んで、基地内の軽食屋などが並んだ区画を歩く。
シンが、ここのところずっとＬ３に出ていたから、会うのは久しぶりだった。
そこで起こった、ブルーコスモス残党との突発的な戦闘で、装備の差から対応しきれず総崩れになった味方を逃がし、応援を呼んで立て直す時間を稼いだ功績で、シンは念願の白服を手に入れたのだ。
「アンタ見てて、すっげえ思ったもん。部下にはナメられちゃダメだって」
「俺は反面教師か・・・」
「え、でもはじめは凄い人だって思ったんですよ。ユニウス７の破砕の時とか。その後は、まあ、俺も気をつけなくちゃなって思いますけども」
「それを反面教師というんだ」
シンが昼食がまだだと言うので、ちゃんと食べられそうな食堂に入る。
「昇進祝いだ、おごるよ」
「え、でももう俺のが給料いいと思うし。俺が・・・・」
メニューを広げたシンが、そこから顔を上げて言ったときだった。
「アスカ！お前白似合わねえな！」
整備士のツナギを着た大柄の男が、唐突にシンの背中をばんと叩いた。
「ぶっ！ってえなおっさん！似合わねえ言うな！」
「ま、俺としちゃ、お前が無茶やったＭＳ、もう直さなくって済むから有り難えけどな。昇進祝いだ、おごってやるよ」
「連れ！連れいるんだから！昇進祝いなら明後日の夜だろ。そん時いっぱいおごってくれよ」
「馬鹿野郎、そん時はお前がおごるんだよ」
「えー！？」
ひとしきり騒いだ後、男はアスランに気づいたらしい。
「へえ、こんなところでヤキンの英雄様に会えるとはな」
・・・ええと。
「昔の、ことです」
「そりゃそうだ。今は頭さえ無事なら、また働けるようにしてくれるんだろ？俺もやっちまったら頼むわ」
「はあ」
それは皮肉だろうか。
ていうか、なんでそんなこと知ってるんだ。
そう思ったアスランは、やたらとキラキラした目で自分を見ているシンに気が付いた。
ああ、こいつか。
「じゃあな」
「うん。・・・って、明後日俺が出すってホント？おいってば！！」
ぎゃあぎゃあ騒ぐシンに、男は笑って「幹事に聞け」と言って去っていった。
「・・・いーけどさぁ・・・・・」
ぐったりと座り込んだシンに、アスランは思わず笑ってしまう。
「冗談だろう。昇進祝いで、送別会、なんだろう？」
「いえ。・・・隊長が死んじゃって、隊が解体されちゃうから、解散会なんです。おっさんも、他の艦に乗るって」
「そうか」
アスランが、研究室にこもっている間にも、こうして誰かが死んでいく。
ザフトにいながら、そこから逃げているアスランと。
逃げずに、踏ん張り続けている、シンと。
「食べましょう！俺、決めました」
それでも、元気に笑えるシンと。
「・・・ああ、そうだな」
何をしても、後悔ばかりの、自分と。
なんだかとても、不釣り合いだな、と。
メニューに目を落としながら、アスランは思った。
久しぶりのデートだから、と、食事の後には買い物に付き合わされ、何故だか一緒に、アスランの服だの日用品だのを買われてしまった。
「俺が脱がせるんだから、俺が買うのでいいんです！」
下着売場でそう叫ばれて、思わず殴ったのはご愛敬だ。
「ってーな。だってアンタほっとくと、支給品の小汚いツナギに支給品の色気のないパン・・・っ、つーーー！！」
二度目はけっこう本気で殴った。
なににシンは頑丈で、ひとしきり痛いと騒いだ後は、ケロリとして勝手に下着を何着も買った。
「・・・それ、お前のだろうな」
服のサイズは、もう、ふたりともほとんど変わらない。
「アンタのですよ。色気はこれっくらいでガマンしますから！」
シンが持ってきた黒のビキニパンツが、灰色の支給品のブリーフとどう違うのか、アスランにはよくわからない。
「・・・何が違うんだ」
思わず聞くと、にこり、と、満面の笑みで返された。
「今夜わかります」
たぶん、わからないだろうな、とアスランは思い。
それは、当然当たっていた。
シンが買った黒い下着は、穿いてすぐに脱がされた。
シンとしては、白い肌と黒い布地のコントラストを、一番際どいところで見られて、その上をれを脱がせる楽しさも味わえたので大満足だったのだけれど、やっぱりアスランには何が良いのかわからなかった。
どちらにしろ、年下の恋人の手で裸にされる気恥ずかしさは変わらない。
「ん、あ・・・・」
後ろを丁寧に緩めていく手順は、アスランが教えたものだった。
それなのに、シンは不意に、アスランの望まないほど深く、中をこじ開けて。
「っ・・・・あ・・・・・・」
すぐに引き、今度は物足りなさに喘がされることになった。
「そんな、の、どこで覚えて・・・」
「え、今の良かった？」
そうだ、とは言えず、アスランは唇を噛む。
その仕草に誘われて、もっと、可愛い姿が見たくて。
「ふっ、あっ、あ、あ・・・・・・」
揃えて二本にした指で、丁寧に丁寧に襞をなぞれば、アスランの中が、声が。甘く、甘く蕩けていく。
淫らに開かれた脚。
シンの指を飲んだ、いやらしい場所。
時折腰がうねって、もっと、と強請るのをなだめながら、この体を、自分のものにしていく感覚。
それが、シンは大好きだ。
「アスランさん」
呼べば、感じ入るように閉じられていた翡翠が開かれて。
柘榴のような唇が、意を察して開かれた。
そこから覗く赤い舌に、食らい付くように口付ける。
甘い舌、心地良いきつさで噛んでくる歯の先、大好き。
でも、もっと、好きなもの。
「んっ、ん、ん・・・・・・ふ」
口付けをしながら、手探りで熱く火照った腰を抱いて。
もう、何回もして覚えた位置に、自分を強く押し当てて。
ず、と。一番初めに飲み込まれていく感覚は、何にも代えがたい幸福。
ここ、俺だけのトコ。
俺だけ飲んで、俺だけ喜ぶ。
ほら、だってきゅうきゅうしてる。
すごくすごく、気持ちいい。
気持ちいいのは、アスランも同じで。
シンの口腔に嬌声を放ちながら、腰を押し付けて、一番初めのきつさを、存分に愉しんだ。
その夜、初めて入られる襞は、きつくきしんで。
余計に、シンの大きさを感じさせてくれる。
ず、ず、と、侵入ってくるたびに、背筋を駆け上がる信じがたい愉悦。
俺、今、シンに犯されてる。
そう思うだけで、イってしまいそうだった。
ぎゅ、と、痛いほどに腕を掴まれたのを合図に、シンは名残惜しく唇を離す。
それと同時に、アスランの中、入れるだけ深く、深く侵入って。
「ぅ、あ、あああっ」
ほとばしった声と、絞られる感覚に目を細めた。
すっごい可愛い声。
気持ちいい、中。
でも、もっと気持ちいいこと知ってるんだ。
もっと、可愛いアスランさん、知ってるんだ。
腰に絡みつく脚を抱え直す。
中でずるずる動かれて、ばたつくそれを押さえ込み。
「暴れないでくださいよ。・・・ちゃんと動いてあげますから」
そう言われただけで、きゅうっと締まるイヤラシイ中。
でも、もっと。
もっと、なんだ。
「なら・・・さっさとっ」
入られただけで、気持ちよくて仕方がないくせに、そう強がるアスランに、うん、と頷いて。
シンは、アスランを気持ちよくさせるために、せっせと腰を使いだした。
「ふ、あ、あ、ああ・・・んっ！あ、あんっ！」
どこで覚えてくるのだかは知らないが、シンはエッチが巧くなった、と。
意識が霞むほどの快楽の中、どこか静かな部分でアスランは思った。
赤い瞳が見下ろしている。
馬鹿みたいに、ただ喘ぐことしかできないアスランを見下ろしている。
いたたまれなくなって、顔を隠そうとして。
上げた腕を取られて、手首に歯を立てられた。
気持ちいい。
そのまま頬を掴むようにして、引き寄せて。
口づけを強請れば、すぐに気持ちいいキスがもらえた。
そのつもりもないのに、腰が動く。
めちゃくちゃに動くシンを食い締めて、気持ちよくて、仕方がなくて。
「ん・・・あんっ！」
キスがほどければ、イヤラシイ声が上がってしまい、赤い瞳が艶やかに笑った。
その顔は、もう、すっかり育った雄のもの。
その色香にぞくぞくする。
「ぃ・・・・ん！ふっ、や・・・んっ！」
それだというのに、自分はこの雄の下で、情けない声を上げて、ただただ喘いで。
雌の代わりに、犯されている。
それが気持ちよくて、気持ちよくて。
仕方が、なくて。
「・・・っ、シン、シン・・・っ！」
どうしようもなくてシンにしがみつけば、いつの間にか随分と大きくなった手が、アスランの腰を浮くほどに持ち上げて。
「あんまキツかったら・・・言ってくださいね」
そのままいいように揺さぶられて、アスランは。
ただただ鳴いて、喘いで果てた。
後ろから恋人を抱きしめるのが、ここのところのシンのお気に入りだった。
シンの方が、少しだけ背が高くなって、少しだけ腕が長くなったから、こうやって抱くのも様になる。
ほんとは、もっと大きくなりたかったのにな。
もう、身長伸びるの、止まっちゃったのかな。
今期のメディカルチェックの結果を思い出し、シンは少しだけがっかりする。
「・・・アスランさん、気持ちよかった？」
「・・・・」
答えがないのは、気持ちよかった証拠。
良かった、満足させてあげられた、と、シンはほっと息をついた。
シンの恋人は、年上で、美人で強くて可愛くて。
その上エッチ上手で淫らな人なのだ。
だから、恋人やるのは結構タイヘンで、それからとっても、とっても楽しい。
「明日は、俺買ったシャツ着てくださいよ。それでもっかいデートしましょう！」
明日は基地の外に行こう、と誘うシンに、アスランはぶっきらぼうに言ってみせた。
「・・・納期がある」
「えー！？」
嫌だ行こうよと騒ぐのは、アスランに甘えているからだと知っている。
そんな、変わらないシンの様子に安堵して。
それでも、いつの間にか大人になってしまった恋人の、引き締まった腕を眺めながら。
大きなぬくもりを、感じながら。
「それにお前、こんなの連れて歩くと、また上の評価悪くなるぞ？」
『ギルバート・デュランダル』の名が近くあっただけでも、あれだけ苦労したシンなのだ。その上、『パトリック・ザラの息子』が側にいることは、決して、良いことではないだろう。
それに。
「あの整備士も言っていただろう？俺は随分評判悪いし・・・」
言っていて、自分で落ち込んでくる。
なんでこいつは、まだ俺と付き合っているんだろう。
十代の頃ならともかく、ここまで育った男を抱いても、そんなに楽しいわけでもないだろうに。
「え、嘘、おっさん誉めてたじゃん」
しかしシンは、アスランを抱く力を強くして。
顔を寄せて、陰った翡翠をのぞき込んだ。
「おっさん、すっげえMS好きだから。頭さえ無事なら、またMSいじれるようにしてくれるんだって言ってたじゃん」
「・・・・？」
なんだか納得がいっていなさそうなアスランに、シンはとりあえず続けてみた。
「おっさんの相棒がさ、前乗ってた艦で片腕なくしちゃって。もう前みたいに機械いじれないってんでがっくりきてたとこ、アンタが作った腕付けたら、前とおんなじようにいじれるようになったって。なら俺もって、おっさん言ってた。あれって、もう実用化できてんでしょ？」
俺、自慢しちゃった、と、シンは笑った。
「それ作ったの、俺の恋人なんだって。でもみんな信じてくれないんだぜ。ひっでえの」
むう、とふくれるシンの頬。
子供っぽく見えたそれが、不意に魅力的な笑みを浮かべて。
間近に迫った唇が、思わぬ低さで、ささやいた。
「アスランさん、俺の、なのにさ」
きゅ、と、抱きしめられる力。
汗の匂い。
操縦幹だこのある手のひらに、腰を抱き支えられる感触。
自分が、シンのものだという感覚。
シンが、自分のものだという、感覚。
なんだか急にいたたまれなくなって、アスランはそれらを、必死に頭に中から追い払った。
「・・・相性の、問題が残ってるんだ。神経信号の検知が上手くいかない場合があって、今のところ、生体と変わらなく動かせるようになるのは、８２％程度で」
せめて９０％は越えないと、と呟くアスランは、たぶんおっさんたちと同じ人種なんだろうなぁとシンは思った。
機械が大好きで、それを使う人間が大好きで。
そんな、いとしい、人たち。
俺が守らなくっちゃ。
きゅ、と大好きな背中を抱きしめる。
汗のいい匂いに誘われて、藍色の癖毛に鼻先を埋める。
もっと、がんばらなくちゃ、と、シンは思った。
追いかけ続けた背中は、今、腕の中にあるけれど。
また、うっかり先に行かれて追いかける羽目にならないように。
また、なくして、しまわないように。
「・・・・シン」
腕の中から、少しかすれた声が聞こえる。
「何ですか？」
胸に当たる体温が、少し、高くなっている。
「大きくなったな」
「あったり前ですよ」
アスランの言葉に、シンはにこりと笑った。
「だって、アンタのこと守らなくっちゃいけないんだから」
「・・・・そうか」
追いかけ続けた背中は、今、腕の中に。
引いてやっていた腕は、今、アスランを包んで。
追いつけない焦りも、追い越されていく不安も、もう、そこにはなくて。
ただ、重なるぬくもりだけが、二人を包んでいた。