賢者の贈り物
１２月２３日 ０６：０４
シンが目を覚ましたとき、丁度、アスランがベッドにもぐり込もうとしているところだった。
「おはよう、シン。・・・・おやすみ」
「あんた、今から寝るんですか」
「ああ。ひと段落ついたからな」
アスランは、まったく悪びれずにそう言うと、シンから布団を奪い取るようにして、すぐさまくうくうと寝息をたて始めた。
最近、アスランは忙しいらしい。
ここ２、３日、徹夜はするわ、出たきりで戻って来ないわ、食事を先に済ませてしまうわ・・・
「大丈夫かな、この人」
シンはちいさく呟いて、それでもさっさとベッドを出た。
１２月２３日 ２０：３０
帰ってきたシンを迎えたのは、まだ温かな夕食だった。
まだ、温かかったけれど。
夕食は、一人分だった。
「ち、くしょ」
今日は、アスランへのクリスマスプレゼントを見に行って遅くなってしまった。
結局、めぼしい物は見つからず、時間ばかりが経っている。
それでも一縷の望みをかけて、アスランの作業部屋へと顔を出した。
「アスランさーん」
「ん？」
精密ドライバーを咥えたまま振り返った恋人に、シンはこりゃダメだと思いながらも、「食事しました？」と聞いてみる。
「ん」
頷いたアスランは、そこでやっとドライバーを手に取って。
「すまないな。お前、遅かったから」
「いえ・・・」
「出来てるから。あっためて食えよ」
「・・・・うん」
頷いたシンに、ひとつ頷き返して。
アスランは、手にしたドライバーに小さな螺子を添えて、何だか丸い物体に、それをねじ込み始める。
その、真剣な横顔に、何も言えなくなって。
シンは、とぼとぼと部屋を後にした。
１２月２４日 ０６：１０
シンが起き出して来ると、アスランがキッチンで何かを作っているところだった。
一緒に住み始めた頃は当番制のはずだった家事は、結局、家でマイクロユニットなどを作っているアスランがほとんどしてくれている。
「あんた、忙しいんだったら俺がやりますよ」
少しの罪悪感と共にそう言うと、アスランは眠たそうに笑って、「いいんだよ」とだけ言った。
でも、出来てきた目玉焼は少し潰れていて、アスランは食べながら居眠りをしてコーヒーをこぼしてしまった。
それを拭う指には、つけたばかりと思しき、火傷と切り傷。
「あんた、そんなに眠いんなら食うより先に寝ちゃったほうがいいんじゃないですか」
「ん・・・そうする」
そう、素直に頷いたアスランは、トーストと目玉焼きと、こぼしたコーヒーの後片付けとを放ったまま、寝室へと行ってしまう。
らしくなく丸められた背中を、シンはなんだか情けなく思いながら見送った。
そりゃあ、まあ。
今日はシンも仕事だし、あの人最近、日付は納期しか知らないような生活送ってるみたいだから、仕方のないことなのかも知れないけど。
せっかく、恋人と過ごすクリスマスイブ。
そりゃあないんじゃないかと思う。
せめて夕食をどうしようかとか、そういう相談したかったな。
そう思っても、ああも眠そうにされていては、「寝ろ」以外に言えることもない。
仕方なくシンは、時計を見上げて食事に戻った。
今日は、絶対早く帰って来よう。
そう、心に誓って。
１２月２４日 １７：３５
ものすごい勢いで帰り支度をしていたシンの、携帯が鳴った。
今使っている携帯はアスランとお揃いで、アスランが赤でシンが緑だ。
その、携帯は。
『すまない。今日は忙しくて夕食が作れないんだ。食べてくるか・・・何か、買ってきてくれないか？』
そんな恋人の言葉を、伝えてきて。
「あんたさ」
『うん』
電話越しの声は、いつもと同じ。
欠片の後ろめたさも罪悪感も、残念そうな響きさえ、含んではいない。
シンは、かなしくなった。
凄く凄く、かなしくなった。
そうしてすぐに、猛烈に腹が立った。
「じゃあ俺、友達と食べて帰るんで遅くなります」
『そうか、助かるよ。じゃあな』
そう言って、アスランはぶっつりと通話を切ってしまった。
『助かるよ』って、あんた。
もの凄く腹が立って、もの凄くかなしくて。
それをぶつける勢いで、シンは携帯を振り上げて。
しかしすぐにそれを戻し、少し前に「彼女にふられた」と言っていたヨウランに電話をした。
そうして、「新しい彼女と過ごすから駄目」と断られてから、改めて振り上げて、床に叩き付けた。
頑丈さで選んだ携帯電話は、フレームに少し傷がついただけだった。
１２月２５日 ０１：１２
シンが家に帰ってきたのは、もう、日付も変わる頃だった。
そんな時間なのに、街は妙に明るくて、なんだか、かなしい。
結局、一人で軽く食事をした後、シンはアスランへのクリスマスプレゼントを探して街へ出た。
あまり、早く帰りたくなかったのもあったから。
どの店も、カップルや家族連れでいっぱいだった。
しかし今日も、時間ばかりが無駄に過ぎ、さすがにそろそろ帰らなきゃと思う頃になっても、アスランにあげたいと思う物は見つからなかった。
誕生日の時だって、何が欲しいか聞いてみたけれど、「お前がいてくれればいい」だの「世の中が平和ならそれでいいさ」だのと言われて、ケムに巻かれまくったのだ。
そうして結局、こんな時間までやっているケーキ屋の店先で、イチゴの乗ったクリスマスケーキを買った。
二人なんだから、一番小さなサイズが欲しかったのに売り切れになっていて。
次に小さいケーキを買ったシンに、サンタの扮装をしたレジのおじさんが、「ごめんな、ボーズ」と、一番大きなケーキを買った人にだけ配っているという、小さなクリスマスツリーの置物をくれた。
赤と緑に彩られたツリーは可愛くて、こういう物、アスランさん好きそうだな、と思って。
シンはまた、かなしくなった。
なんで俺、一人でこんなことしてんだろ。
家に帰れば、恋人がいる。
・・・いるだけで、きっと仕事してるけど。
でも、シンには甘い人だから、少しくらいは付き合ってくれるかも知れない。
でも、仕事には厳しい人だから、顔も見せてくれないかも知れない。
そんなことを思いながら帰った家には、灯りがついていたけれど、アスランの気配はなくて。
たぶん、作業部屋にこもってるんだろうな。
そう思うと、手にしたケーキが急に重くなって、キッチンのテーブルにそっと下ろす。
そうしてため息をついたシンは、のろのろとシャワーを浴びて、寝室へ向かった。
いいかげん眠いし、なんだか疲れた。
寝室の明かりもつけっぱなしで、あの人仮眠でも取ったかな、と思いながら、シンはばさりと布団をめくる。
一緒に住みだして、すぐに買ったダブルベッドには、ふわりと軽い羽毛布団。
軽くて、ふかふかと柔らかい、その下に。
藍色の何かが、見えた。
シンは驚いて、布団を全部引き剥がす。
案の定あらわれたのは、すっかり寝入っているアスランだった。
なんだよ、この人。
仕事が忙しいって言ってて、でも先に寝ちゃってて。
俺が、どんな思いで・・・・
シンは、アスランを叩き起こそうと手を上げて。
しかし、すぐに気付いてやめてしまった。
機械油と、赤い塗料の付いたシャツ。
金属屑の付いた髪。
腕には、何故かハロを抱いたまま。
たぶん、ずっとやっていた仕事が終わったんだろうな。
そう思うと、シンの怒りも萎んでしまう。
ここしばらく、随分根を詰めていたらしいアスランの顔色は、あまり良くない。
でも、寝るのが大好きな人だから、寝顔はやっぱり幸せそうだった。
アスランが、幸せそうで。
それで、シンの気分も、ふわんとあたたかくなった。
本当に、なんでなんだろう。
クリスマスイブも、一緒に過ごしてくれない人。
シンを放っぽって、勝手に仕事して勝手に寝ちゃって。
ほんとに、勝手な人。
なのに。
なんでこんなに大好きなんだろう。
零れそうになった涙を我慢して、シンはその代わりに、アスランの柔らかな頬にキスをした。
頬だけじゃなくて、少し跳ねた髪にも、その髪を払って、額にも。瞳を隠す、瞼にも。
それから、ハロを抱えた指にも、キスをした。
たったそれだけのことで、もっと幸せになって。
馬鹿だな俺、と可笑しくなる。
馬鹿なんだ。
だから、仕方がないんだ。
大好きなんだ。
しょうがないんだ・・・・
最後に、と、緩く息をついている唇にキスをして。
シンがベッドにもぐり込もうとすると、アスランが小さく唸って、もぞりと寝返りをうった。
弾みだろうか。きゅっとハロを抱きしめて、そうしてぱちりと目を開ける。
「・・・・あ、起こしちゃいました？すいません」
一度、叩き起こそうとしたことも忘れて、シンはとっさに謝った。
眠たそうに幾度か瞬いたアスランは、首を巡らせて時計を見上げる。
「まだ、朝までありますよ」
シンに言われて。
しかし、それを全く聞いていなかったのか、目を擦りつつ、むっくりと起き上がった。
そうして。
「メリークリスマス、シン」
抱いていた赤いハロを、ぐい、とシンに突き出した。
『シン、シン、ナニヤッテンダー！？』
内蔵のスピーカーから、合成音が呼びかける。
「何、やってんですか、あんた」
呆然と言い返したシンに、アスランはへこりと首を傾げて、少しかなしげに言った。
「・・・・いらないか」
「いえ、いります。いりますけど！あんたもしかして、コレ作るのに籠もってたとか言いませんよね！？」
「ああ。これを作ってたんだ。間に合わないかと思ったぞ。この赤を発色させるのに、思いの外時間がかかってな」
そうして、にこりと笑う。
「でも、もらってくれるなら、頑張った甲斐があった」
「・・・・」
何なんだ、この人。
ほんとに、何やって・・・・
「俺の、目の色ですね」
「ああ。本当に、この色のまま定着させるのに苦労したんだ」
「キレイですね」
「だろう？」
「でもさ」
「何だ？」
首を傾げるアスランを、シンはぎろりと睨んだ。
「これも嬉しいですけど、でも俺、クリスマスイブはあんたと過ごしたかったんですけど」
「？、・・・・何でだ？」
まったく、この人は！
「あんたにはわかんないだろうけど、でもこういう日には、大好きな人と過ごしたいって思うんです普通は！」
「・・・・・」
一度黙ったアスランは、暫しの間熟考して。
「・・・悪かった。わからなくて」
どうやら非を認めたらしく、ぼそりぼそりと謝った。
「まだ、ちゃんとわかってないでしょあんた」
「・・・・」
翠の瞳が、あさっての方を見る。
なんてわかりやすい人だ。
しかしすぐに気を取り直し、その瞳を軽く吊り上げて、シンを睨んできた。
「でも今日は・・・もう昨日か、イブだったろう。それならクリスマスの今日、一緒に過ごせばいいじゃないか」
「それは、そうですけど・・・」
形勢が逆転し、今度は分が悪くなってきたシンに、強気になったアスランは、畳み掛けるように言う。
「シン、明日は仕事か？」
「いえ、クリスマス休みです」
「なら良かった」
そうして、アスランは。
シンを、じっと睨んで。
「今日はずっと一緒に過ごそう」
赤いハロ持って、シャツに機械油と塗料を付けて。
跳ねた髪の先に、金属屑付けて。
翠の瞳を、ぎんぎんに光らせて。
ああ、この人は。
なんて、可愛いんだろう。
思ったシンは、思ったまんま。
がばりとその人に抱きついた。
「はいっ！」
「・・・ってシン、こら！」
そのまま喉にキスをして、手をシャツの下に突っ込んで。
勢いよく恋人を押し倒した少年を、アスランは慌てて押し留める。
「俺、シャワー浴びてないんだ」
「俺は浴びました」
「だから、俺は・・・・」
「いいじゃないですか。あんたそのまんまでいいです」
「よくな・・・っ、こら！」
口ではそう言いつつも、ズボンを下ろされ、いきなり中心を握りこまれれば、アスランは腰をうねらせて、すぐに大人しくなってしまった。
「あ・・・もしかして溜まってます？」
「それは、お前も、だろ」
「はい！溜まってます！だってあんた忙しそうで！！」
「威張って言うな」
「威張ってないです！」
そう威張ったシンは、まだ何かうるさく言おうとしている恋人の口を自分のそれで塞ぎ、彼のものを握る指に、きゅっと力を込めた。
「んふ・・・ん」
互いに、慣れた体。
アスランがどんどん高まっていくのが、手に取るように・・・実際、手に取っているのでよくわかる。
ちゅっと濡れた音を立ててキスを終えたシンは、だからまた何かを言われる前に、赤く染まった耳に囁いた。
「イっちゃってください」
「この、ば・・・かっ！」
罵倒の言葉が喘ぎに解けると、もうどうしようもなく可愛らしい。
そのまま、ふるふると震えてイってしまうような人なら、なおさら。
はぁはぁと、大きく喘ぐアスランに、濡れた瞳で睨まれて。
だからシンは、にっと笑ってキスをした。
「アスランさん、可愛い」
「どこが・・・ぁん」
たとえば、少し後ろに触れただけで、そんな声が出てしまうところかな。
そう思ったけれど、それを言って、本気で逃げられたらたまらない。
だからシンは、そこにゆるゆるとした快を与えてやりながら、精一杯の大人の声で。
「全部、です」
それも、あながち間違いではないのだし。
「ば・・・っ、はぁ・・・・ん」
反論しようとしたアスランの腰が、跳ねる。
確信犯のタイミングで差し込まれた指が、きゅうっと締め付けられる。
「ま・・・ったく、お前は」
深く息をついたアスランは、長い脚をシンの腰に。長い腕を、シンの首に絡めてくれた。
「後で・・・お前が洗え」
「もちろんです！」
お許しの言葉に喜んだ少年は、すぐさまそこへ、もっと深く入り込むための準備に取りかかった。
「ん、ん・・・あ、ふ・・・・」
アスランが作業部屋にこもっていたせいで、肌を合わせるのは久しぶりだ。
その分感じやすくなっているのか、そこはすぐにぐずぐずに溶けて、ひくひく震えてシンを誘った。
「アスランさん、入れるよ」
「ん・・・・」
藍色の髪をシーツに乱し、うっすらと涙の浮いた瞳で、シンを見上げたアスランは、こくん、と小さく頷いて。
「あっ、あ・・・・」
とたん、入ってきたオスの熱さに、高い声を上げて啼く。
腕の中で、びくびく震えて、可愛い声して啼く恋人。
シンだって、叫び出したいくらい気持ちいい。
でも、じっと我慢して、しっとりと汗に濡れた背中を抱きしめる。
もっともっと、気持ちよくなるために。
もっともっと、気持ちよくしてあげるために。
きつく包み込むその中へ、精一杯の思いと共に、深く深く突き込んで。
「あっ・・・あんっ、ぅ・・・くんっ、シンっ」
アスランが、じっとシンを見上げて、もっともっとと言葉なく強請る。
その翠色が、あんまりキレイで。
クリスマスツリーの、モミの木みたいだなと思って。
シンは、アスランの望む深みの中で、思いの丈をぶちまけていた。
約束どおり、アスランの体を洗ってやって。
それから自分もシャワーを浴びて、シンがやっと寝室に戻ると、とうに寝ていると思っていたアスランが、明かりを落としたまま、ベッドの上に座り込んでいた。
「何やってんですか」
「何だ？これ」
答えをもらえず、代わりに聞き返された。
そんなことも、もう慣れっこになってきたシンは、長い指の指し示す物体を取り上げる。
ベッドサイドに放り出されたそれは、ケーキのオマケのクリスマスツリー。
「ケーキ買ってきたんです。そのオマケなんですけど・・・クリスマスプレゼント、これでいいですか？」
紙の小箱に入れられたそれを、シンはアスランに手渡した。
「探したんだけど、あんたにあげて喜びそうな物って、なかなか見つからなくて」
シンからツリーを受け取って、アスランはそれをしげしげと眺めた。
「俺は、お前がいてくれればそれでいいんだけどな」
「俺だってそうですよ。・・・って、あんたがそれ言いますか」
「・・・・・・クリスマスにはいるだろう。いなかったのはその前だ」
「ヘリクツ・・・・」
言い合いながら開けられた箱からは、シンが店先で見たとおりの、小さなクリスマスツリーがあらわれる。
「可愛いな」
「そうですね」
シンとアスランの目と、同じ色のクリスマスツリー。
「あ、スイッチ付いてます」
底に付いたスイッチを入れれば、小さいながらも色とりどりの光が明滅し、暗かった部屋を彩った。
「うわ」
思いの外に明るい光に、スイッチを入れたシンが驚いて。
アスランは、ひどく嬉しそうに笑った。
「キレイだな」
「キレイですね」
ベッドに、壁に、天井に。
赤に緑。青、黄、白。
光が跳ねて、二人に降る。
「こんなキレイなプレゼント、もらったの初めてだ」
「安上がりですね、あんた」
「うるさい」
ツリーを持ったままのアスランに、シンはそっとキスをして。
それから、互いのプレゼントを枕元に置いて、二人でベッドにもぐり込んだ。
互いのぬくもり、互いの存在。
それが、一番のプレゼントだと、二人、それぞれに納得してから。
二人、共に、眠りにつく。
明け初めの光、ふわりと。
ツリーとハロを包み込んで。
しかし、恋人たちを起こさぬように、控えめに。
クリスマスの朝が明ける。
Merry Christmas！