風の吹くところで
ざあっと、強い風が耳の中にまで舞って、季節の変わり目を告げていた。
オーブに秋はない。
朝晩が過ごしやすくなって、風が少し乾いてきたら、それが、「冬」だ。
「アスランさーん！」
「ああ、シン」
オーブ周辺から拾い上げられた、たくさんの戦争廃棄物の集積場。
潮風で腐食する部品もあるというのに、海辺に作られたそこは、一応オーブ行政府の管轄で、そこに作られた形ばかりの部署に、アスランは一人で配属されていた。
カガリなどは、全部まとめてジャンク屋に売り払ってしまおうとしたのだが、なにせ、いろいろやばいモルゲンレーテやら、もっとやばい連中やらを身内に抱えるオーブである。
一切合切をまとめて、という訳にはいかなかったらしい。
そのぶん、「もっとやばい連中」の一人であるアスランに任せれば、とりあえず安心、ということらしかったのだが。
こんな、忘れ去られたような場所で。
たった、一人で。
そんなシンの思いも知らぬげに、アスランは見慣れた景気の悪い笑顔を浮かべ、廃棄物の間から、ひょっこりと顔を出した。
「こっち来て見ろ、面白いぞ」
「何なんですか・・・」
きっと、やくたいもないものだとわかっていながら、これでも以前より随分と片づいた何だかわからない部品を避けつつ、アスランが半分はまりこんでいる、半端な大きさの戦闘機か何かの残骸に顔を突っ込んだ。
「出所は不明だけど、これミラージュコロイド散布器だろ。オーブ占領戦のにしちゃ新しすぎるし・・・・」
「ばっちり条約違反ですね」
ユニウス条約の後、ミラージュコロイドは使用禁止になっているはずだ。
だから、シンはそのものズバリは見たことがない。言われたってわからない。
「ウチのじゃないよな？」
「俺に聞かないでください」
それが、言われた条約違反物体かどうかもわからないのだ。
そんなこと言われたって困る。
「使えそうだから、とりあえず分離して保管を・・・」
「じょーやくイハンだっつってんだろ」
その辺をなんとかするためにアンタがいるんだろうがと、言ってもあんまり意味がない。
ていうか、シンだって、どさくさとコネで行政府の職員に潜り込んだのだから、一応その辺は守りたい。
守らせて欲しい、マジで。すでにいろいろヤバイんだから。
そんなシンよりヤバイアスランは、「もったいない」だの何だのと呟きながら、端末に何事かを打ち込んだ。
とりあえず、報告書に記入して上の判断待ちにしてくれたらしい。
まったくもう、とぼやいたシンに、なにがだよ、と応えて。
端末をポケットに仕舞い込んだアスランは、シンがついてくることを疑わない足取りで、ざくざくと事務所の方へ向かって行った。
事務所に着くと、飲み物よりも先に、でかい段ボールが塗料の剥げた簡易デスクの上にどんと置かれた。
「これ、カガリのところに持って行こうと思ってたところだったんだ」
丁度いいからお前持ってってくれ。
そう言われて中身を見ると、それはドックタグやら、写真やら。
いわゆる、「遺品」と呼ばれるものの類だった。
「まだ、こんなに出てくるんだ」
「ああ、さすがにもう、遺体は出てこないけどな」
出てきたことあるんだ・・・
なんだかぐったりしながら錆の浮いたパイプイスに座ると、目の前にでかいマグカップに入ったコーヒーを置かれた。
既にミルクと砂糖がたっぷりと入ったそれは、たぶん、シンの好みよりも、少し甘いのだろうと、思った。
「ところでさ、アンタ忘れてるかも知んないけど」
するりとすすってその甘さを確かめて、シンはなんだか上目遣いになって、自分のコーヒーを持って目の前に座るアスランを見やった。
「アンタ今日、誕生日ですよ」
「・・・・ああ」
なんでそこで目をそらすのか、シンにはよくわからない。
わからないけど、なんとなくムカついて、本来にこやかに言うべきセリフが、ひどくむっつりしたものになった。
「おめでとうございます。これ、アスハから」
カガリに押しつけられてきた箱は、重さからいって工具の類と思われた。
そんなもん個人プレゼントじゃなくて部署に予算やれよ。
それもまた、ムカつく。
それから。
「それからええと・・・後で車から降ろすんで、運ぶの手伝ってください」
シンが公用で乗り回している小型車のトランクには、プラントから送りつけられた段ボール箱が３つも入っている。
全部この人に運ばせよう、そうしよう。
「で、これが俺から」
そう言って、シンはカガリのプレゼントを入れていたバッグのポケットから、手のひらに少し余るサイズの、赤く、丸い物体を取り出した。
「うわぁ。ハロだ」
とたん、不景気だったアスランの顔が、ぱっと明るくなった。
「これ、おまえが作ったのか？」
受け取ったハロをためすつがめつし、スイッチを入れて跳ねさせて。
「ハロ！ゲンキ！アスラン、ゲンキカ！？」
意味があるのかないのかわからない、故意にけたたましい波長に調整された音声を嬉しそうに聞いているアスランに、シンは呆れた。
「開発者のアンタが知らないんですか。これ制作キット出てますよ」
そりゃあ、アレンジはしましたけど、と言いながら、びょんびょん飛び回るハロを捕まえて、シンははい、ともう一度それをアスランに手渡した。
「へえ・・・」
どうやら本当に知らなかったらしく、大人しくマニピュレーターカバーを開閉させているハロをしげしげと眺めるアスラン。
「ねえ、これ作ってるとこ、来て欲しいって言ってましたよ、アンタに」
医療器械会社の玩具部門という微妙なところからのオファーだが、こんなところでくすぶっているよりは、よほどいいのとシンは思うのに。
「・・・でもなあ」
アスランは、ハロを両手に持ってあやすように軽く揺すり、ぽんと机に置いて、笑った。
「俺、結構幸せなんだけどな」
ハロはころころと転がって、遺品の箱の前でくるりとターンして。
カガリのプレゼントの前でまたターンして、アスランの方へ戻ってきた。
「毎日毎日機械弄って、たまに知らない技術のとかあったりして、時々お前が来てくれて、いつも波の音がして、風が吹いて・・・」
「時々で、いいんですか」
戻ってきたハロが、こん、と、アスランの腕に当たった。
アスランはそれを、また、両手で包んで窓の外を見やった。
「でも俺は、こいつらを置いては行けないよ」
そこには、大量の殺戮機械の残骸。
「こいつら」が何を指すか、シンは一瞬戸惑ったけれど。
「誰よりＭＳを壊してきた俺だから、今更だけど、ちょっとはこいつらの役に立ちたいだろ」
手の中のハロをもてあそび、そう言うアスランに、シンは深々とため息をついた。
この大量の残骸を、できるだけ無害に再利用。
そんな途方もない作業を、本気で進められるほど、オーブにはまだ余裕はない。
ただ、一応置いておかなければならない部署があって。
とりあえず、飼い殺さなければならない人間がいて。
だからここにいるだけははずなのに、まったくもうこの人は。
「じゃーやっぱり、俺がこっち来るしかないんですね」
は？という、わかりやすい顔をアスランがした。
それに、シンは真顔で頷いた。
「うん、異動の希望聞いてくれるって」
ずーっと言ってたのに、やっとですよ！と、シンは騒いだ。
それは、明らかに人材の無駄遣いだろう、と、自分もそう言われていることを完全に棚に上げて、アスランは思った。
思ったけれど、何も、言わなかった。
手の中の赤いハロ。
目の前の、なんだか嬉しそうに文句を並べ立てる、赤い瞳の青年。
誕生日プレゼント。
そんな言葉が、今更頭に浮かんで。
ハロをもらった時と同じ。
同じだけれど、少しだけ深い笑顔が勝手に浮かんで。
その笑顔が、何故だかシンを黙らせた。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
言葉なく見つめ合うこと、数秒。
アスランが、おもむろに口を開いた。
「・・・ところでな、シン」
笑顔を消して、少し、神妙な顔つきになって。
「なんだか測定器鳴るなあと思ったら、ＭＳ用核融合炉が露出してるのを見つけたんだ」
「それ先に言ってくださいよ！」
この辺封鎖じゃないですかー！
シンは慌てて立ち上がった。
プラントがニュートロンジャマーキャンセラーを開発してから、ユニウス条約で禁止されるまでの短い間に、作られた核動力のＭＳがフリーダムやジャスティス以外に意外とたくさんあることは、シンだって知っている。
条約だって、表だって違反しなければかまわないという風潮があったことも、もちろん。
実はオーブも作っていたらしいし。
それか。
それかも。
アスランのいつもとは少し違うすっとぼけ方に、シンは頭を抱えた。
「いや、とりあえず封じ込めはしたし。コーディネイターには無害なくらいしか漏れてなかったし」
「漏れてたんじゃないですか」
「大丈夫だ。フェンス外の数値は変わってなかったから」
そうけろりと言ったアスランは、まるで、なんでもないことのように続けた。
「もともと、ちゃんとスイッチ切ったら反応停止するようになってたからな。それが海風で風化して、このあいだの台風がトドメになったんだ」
「スイッチ切ったら・・・って」
そんなカンタンなものなのか？
いぶかしんだシンの耳に、大好きなアスランの声で、大嫌いな単語が突き刺さる。
「フリーダムと同じ機構だな」
「てことは、アンタらのやつじゃないですか！」
どこまでメーワクなんですかアンタたち！
呆れ返ったシンに、アスランはさらに追い打ちをかけた。
「それで、さっそくで悪いんだが、解体手伝ってくれ」
「・・・アンタって人はー！」
騒いだシンは、とにかく見せろと事務所のドアを蹴り開けた。
その後をアスランが続き、赤いハロが後を追う。
シンの黒髪を、海風が舞い上げて。
青い空に、赤いハロが跳ねて。
ああ、きれいだなぁと、アスランは思った。