可愛い寝顔
端末の電源を落としたアスランは、ひとつ、大きく伸びをした。
「・・・ああ、もうこんな時間か」
そう、呟いて。
のっそりと、これだけは守れとシンに言われているとおり、パジャマに着替えて。
そうして、そっと、寝室のドアを開けた。
一緒に寝ようと駄々をこねるシンは、明日お前は早いだろうと先に寝かせた。
アスランには、今日中に終わらせなければいけない仕事があったのだし、シンにはシンの仕事がある。
だから、寝る時間が違ってしまうのは、仕方がないこと。
だから、シンには我慢してもらって。
だから、アスランは我慢して。
先に寝たシンを起こさないように、そっと、ベッドに近づいた。
シンは、すっかり寝入っている。
当たり前だ。彼が寝室に入ってから、もう２時間近く経つのだから。
アスランは夜目が利く。
だから、シンの寝顔もよく見えた。
薄く開いた唇から、健康そうな寝息が洩れる。
柔らかなラインの頬が柔らかそうだ。
つり気味の瞳が閉じていると、常の負けん気の強い気配が消えて、ただ、可愛らしさだけが残っていた。
そう。
眠っているシンは、可愛い。
いつもシンは可愛いけれど。
眠っているシンは、ことさらに、可愛い。
枕に掛かっている、髪の先まで可愛い。
いつも生意気なことばかり言う、唇の端まで、可愛い。
触りたい。
撫でたい。
撫でまわしたい。
そして、ぎゅっと、抱きしめたい・・・
切ない欲望に身を震わせて。
しかしアスランは、それをちゃんと、堪えきった。
だって、眠っているシンを起こすのは可愛そうだ。
明日、彼は早いのだし。
うずうずとする指の先を、きゅうっと握りこんで、アスランは、気配を殺し、彼の隣に滑り込む。
シンは、ちいさく「ぅん」と声を洩らして、それでもくぅくぅと気持ち良さそうに眠り続けている。
間近に迫った可愛い寝顔。
アスランはそれを、目を閉じて、やり過ごした。
それでも、瞼裏に残るのは、彼の寝顔。
柔らかそうな頬。
触りたい。
でも、彼だって軍人なのだ。隣にアスランがいるのは慣れきっているから受け入れるだろうけれど、触れて・・・撫でてしまったなら、さすがに彼も起きるだろう。
この衝動を堪えるのが、こんなに大変だったなんて、アスランは今まで知らなかった。
いつものように、一緒にベッドに入れば、必ず先に、アスランが寝入ってしまう。
それでも、シンの寝顔を見たのは、初めてではないのに。
彼の寝顔が可愛いことなど、よくよく、一番よく、アスランが知っているはずなのに。
ゆっくり、ゆっくり。
隣から、ぬくもりが伝わってきて。
堪えきれなくなって。
欲望に負けて。
アスランは、目を開ける。
いつもは、強い瞳で気づかない睫毛、長い。
跳ねた黒髪と共に、カーテンの隙間から差し込む光を弾いて、綺麗だ。
薄い唇、少し開いてるのが、幼く見えて可愛い。
キスしたい。
産毛が光って見える頬でもいい。
キス、したい。
知らず、舌なめずりをする。
はしたない自分を自覚して、体が熱くなる。
何を考えているんだ、俺は。
でも。
触りたい。
撫でたい。
撫でまわしたい。
そして、ぎゅっと、抱きしめたい。
抱かれ、たい。
可愛いこの子に。
それでもアスランは、ぎゅっと目をつぶって。
体を丸めて、我慢する。
今日は、眠れそうもない。
データは送ってしまったから、明日は多少寝不足でぼんやりしていても大丈夫だけれど。
でも、この、彼の体温でほのかにあたたかいベッドから出て行くのも惜しまれて。
だから今日は、このまま、ここで我慢だ。
我慢、だ・・・・
「ん・・・っ」
不意に、触れるほど近くで声がした。
シンの声。可愛い。
そう思ったとたん、あたたかな何かに、するりと頬を撫でられた。
驚いて、目を開ける。
瞼が少し、痙攣した。
見えたのは、夜にも負けない、赤い光。
シンの瞳。
綺麗だ。
「あ・・・すいません、起こしちゃいました？」
「い、や・・・」
もごもごと、意味不明に呟いたアスランの唇に、少年の、柔らかな唇が触れてくる。
「なんか、目ぇ覚めたらあんたの顔見えて。あんまり可愛かったから、つい」
そう言って笑った少年の顔には、邪気はない。ただただ可愛い、シンの顔。
「俺が、今ベッドに入ってきたから。それで目が覚めたんだろう。すまなかったな」
つっかえながらも答えたアスランは、もう起きているのだからと自分に言い訳をしながら、ずっと、焦がれていたシンの頬に指を伸ばした。
柔らかなそれを撫でて。
髪も撫でて。
驚かさないように、やさしく、抱きしめて。
「ほんとだ、ちょっと冷たいや」
抱き返してきたシンの腕に、幸福と、安堵の息を、ついて。
「・・・・ねえ、アスランさん」
「何だ？」
少年の声にうっとりしながら、アスランはとろんとした声を出したのだけれど。
「あっためて、あげようか？」
そう言われて、一気に目が覚めた。
「馬・・・鹿、お前、明日早いだろう・・・！」
慌てふためくアスランの上に、シンは全身全霊で圧し掛かる。
見下ろす赤い瞳。
それは、やっぱり可愛いけれど。
可愛くて、強くて。そうして、とても、愛しくて。
「だって、あんた可愛い過ぎ。このまんまじゃ俺、眠れませんよ」
可愛いのは、お前だろうと。
そう言おうとしたアスランの唇は、シンのそれにふさがれて。
結果、彼を怒らせずに済んだことは、たぶん、幸いだったろう。
少年の熱い手のひらに、望む快楽を与えられながら。
アスランも精一杯手を伸ばし、抑えていた欲を、思う存分満たしていった。
我慢しなくて良いということは、とても、とても幸福なこと、だった。