賭け
それは、ただのちょっとした思いつきだった。
後から思えば、何故そんなことを思いついたのか。
しかも、何故あんな負けの込んでいたタイミングで。
しかしその時、イザーク・ジュールは珍しく、何の考えもなくチェスボード越しの相手にそう言ったのだ。
「ただやるだけではつまらん。賭けをしないか」
「何をだ」
しかも、何故か奴も止めなかった。
あの、変なところでお堅いアスラン・ザラがだ。
「負けた方が、勝った方の命令を何でも聞く、というのでどうだ」
「わかった」
勝負は、いつもより長引いたが、結果はいつもと一緒だった。
派手にチェスボードをひっくり返したイザークに、アスランは「お前が片付けろよ」と涼しい顔で言い。
それから。
「さて、何をしてもらおうかな」
と、とてもとても楽しそうに言ったのだった。
「ん、は、あ・・・・・」
イザークはベッドの前に跪き、アスランのものに口で奉仕していた。
「ンっ・・・ク」
こんなことは、いつも、している。
押し倒したアスランの、脚を開かせて。
思う様、鳴かせて。
なのに。
アスランの長い指が、さらりとイザークの髪を撫でた。それからするすると、アスランを頬張った頬を撫でて。
「もっと、奥まで含めよ・・・・」
そう命ぜられる屈辱に、イザークは頬を染めた。
「してやる」時には何の抵抗もない行為が、「させられる」と何故こんなにも腹立たしいのか。
腹いせ半分にアスランのイイところに軽く歯を立てる。
とたん、びくりと震えた口腔のものに、笑う間もなく髪を掴まれ、喉奥まで突き込まれた。
「奥までって、言っただろ・・・・っ」
「ん、んっ・・・・」
喉を突かれて苦しげな呻きを上げるイザークの、熱い口腔。
それに感じ入り、目を細めたアスランは。
そのまま、彼の口の中へと、快楽の証を吐き出していた。
「キ、サマ、な・・・・・」
濡れた口元を拭うイザークの唸りに、くすりと笑う声が重なる。
「何でも、という条件は、お前が出したんだ」
それを言われて、イザークはぐっと言葉に詰まった。
「何でも、だ」
重ねられた声の、深い艶。
それに気付かれる前に、アスランは更に命を下した。
「脱げよ」
「・・・・っ」
言われるままに、赤い軍服に手をかける。
ここでためらうのは、ただアスランを喜ばせるだけだ。
そうわかっているイザークは、ばさばさと思い切りよく軍服を脱いでいく。
青いアンダーまで、その勢いのままに。
下着に手をかける前に、ほんの一瞬ためらったとたんに、笑う気配。
そのまま、視線を上げずに脱ぎきった。
「脱いだぞ」
「そうか。じゃあ、自分でしてみろよ」
「キサマ・・・っ」
「だってお前、時々俺にさせるだろ」
「入れてる最中にだろうが！」
「何でもするんだろ」
「・・・・フン」
男に、二言はないのだ。
イザークはその場で胡坐をかいた。
嫌なことは、さっさと済ませてしまうに限る。
舐められて感じるアスランの媚態に、わずかに反応しかけていたソレ。
それをぐいと手に取ると、イザークはかなり適当にそれを扱きだした。
「もうちょっと丁寧に扱ってやれよ」
「俺のモノだ。俺がどうしようと勝手だろう」
「俺に言われてしてるんだろ。・・・・じゃあ、命令だ。俺のしてる時みたいにしろ」
「・・・・・」
アスランの、を。
してる時みたいに？
止まった手に、笑う声。
そうなったら、イザークはもう、手を動かすしかないのだけれど。
アスランの、を。
イザークは、アスランのものを手のひらいっぱいに感じるのが好きだった。
自然、扱いもそのようになる。
乱暴にする時にも、優しくしてやる時にも。
いつも。
「っ・・・・・」
反応してきた自分が、何だか酷く情けなくて唸ったとたん。
「ああ、その感じだ。手の平の方でやるよな、お前」
言われて、相手を睨みつける。
覗き込むアスランは邪気のない顔で笑っていて、苛立ちが募った。
「嫌ならそう言え」
「いや、別に。・・・自分でする時もそうなのか？」
「これはキサマがさせてるんだろうが！」
「それはそうだ」
どこまでも、涼しい顔のアスランの視線が腹立たしい。
しかしイザークはそれを無視して、せっせと手を動かすことに集中した。
こんなこと、さっさと終わらせてしまえばいいのだ。
さっさと。
持ち前の集中力を発揮して、イザークは余計なことばかり言うアスランの声をシャットダウンした。
目をつぶるのは悔しいので、何もないシーツの波を見つめながら。
手を、動かしながら。
想うのは、何故か目の前のムカつく奴のことだった。
イザークの下でのたうつ肢体。
熱く、きついその体内。
やわらかな襞に、締められて、果てる。
「っ！」
「なあ、俺とする時より早くないか？」
余韻覚めやらぬうちに、暢気な声に揶揄されて。
自制が利かず、即座に沸騰して、思わず本音が口に出た。
「キサマとする時は持たせてるんだ！」
「ああ、なるほど。・・・・で」
その上、アスランは自分を見ようとしないイザークの視界に、無理やり顔を突っ込んで。
「誰考えて、シてたんだ？」
ここでキサマのことだと言えば、こいつは更に調子に乗るだろう。
「キサマの知らん奴のことだ」
イザークは、さらりと嘘をついた。
「へえ、誰だ？男？女？」
「女だ。キサマと違って、俺はいろいろあるからな」
「なんだ。俺だったら面白かったのにな。・・・でも俺だっていろいろあるんだぞ」
「キサマは男ばかりだろうが！」
「まあな」
アスランは全く悪びれない。
実際、アスランを想っての遂情だったので、イザークの語気は、自然と荒くなる。
「キサマは男の下で喘いでいるのが似合いだからな！」
「・・・決めた」
アスランの翠の瞳が剣呑に光った。
イザークは、しまったと口をつぐみ、しかしそれを顔に出さない努力にすべてを費やす。
たぶん成功だ。
しかしそんな努力など、もう決めてしまっているアスランには、まったくぜんぜん関係がない。
「俺の下で喘がせてやる」
言って、アスランはイザークをその場に押し倒した。
「キサマ、何をす・・・っ！」
「大人しくしてろ。命令だ」
そのまま、イったばかりのイザークのものを、アスランはぐいと手のひら全部で掴んだ。
イザークが、いつもそうしているように。
そうして、何か考えるように小首を傾げてから、あーん、と、口を開けて。
「っ、の・・・っ」
「ん」
一度頬張った後に、唇を使ってしごきたて。
髪を掴んで引き剥がそうとする腕を、肘を掴んで無理やり離し。
ソレを満足のいく硬度まで高めると、じゅるり、と、いっぱいに唾液を絡めて放り出した。
「こんなもんかな」
「どんなもんだ・・・っ」
唸ったイザークににこりと笑い、アスランは器用に、赤いスラックスを下着と共に脱ぎ捨てた。
そのまま、真白い脚で、イザークの腰を挟み込み。
そうして、長い指で己の双丘を割り開き、もう片方の手で、イザークのものを押さえ込んで。
今夜はまだ、一度も触れられていない、しかし確実に息づいていた狭間に、それを押し付けた。
「・・・っ、ク！こ・・・のっ！」
「動くな馬鹿野郎！入らないだろう！！」
「馬鹿は、キサマだっ！」
「っ！」
ずる、と。
侵入った衝撃に、二人、一緒に固まって。
「な・・・慣らしもぜずに、入れる奴が・・・・っ！」
「フ、ン。ここにいるさ・・・・っ」
しかも、立ち直ったとたんにアスランは、ぐい、と、イザークの腰を挟んだ膝に力を入れて。
先端がわずかに残るほどまで引き抜いた後、また、一息に腰を落とした。
「クっ！」
狭い体内の、きつい締め付け。
先ほど、自分の手でイったばかりだというのに、早々に持っていかれそうになって、イザークは歯を食いしばって、急激な波を堪え切った。
「持たせ、なくて。いいんだぞ・・・・」
「阿呆っ！」
叫んだとたんに、グッと締め付けられる。
わざとだ。
翠の瞳が、欲に濡れて、笑っている。
「こ、の・・・・っ」
何とか腰を跳ね上げて、主導権を奪い取ろうとするのだけれど、体術系の教科では、ほとんど敵わなかった、敵の力は凄まじい。
その上。
「言った、だろ。大人しくしてろ。・・・命令だ」
そう言ったアスランは、すかさず激しく腰を使い始めた。
「ん、んっ、あ、ぅ・・・・んっ！」
感じるところに当たるのだろう。
艶めいた声を存分に溢しながら、アスランは、イザークの上で好き放題に腰を揺すり続け。
そうして。
「ん、あっ！」
「ク・・・・っ！」
イザークのものを、たっぷりと搾り取った後、実に満足そうな笑みを浮かべて。
屈辱に頬を染めるイザークに、この夜、初めてのキスをした。
「最後に、イザーク。命令だ」
ずる、と。
体液滴るそこから、イザークのものを抜き出して。
ころりとシーツに寝転がったアスランは、自分を睨み据えるイザークの目を、間近にして、笑った。
「シャワーに連れて行け。・・・・その後は、お前の好きにしろよ」
一瞬、あっけにとられたイザークは。
それから、「フン」と、虚勢でない、素直な笑いをそこに溢し。
「仰せのとおりに」
この夜初めての、従順な答えを口にした。