あの頃は、オレはもっと荒んでいたし、アイツはもっと狂ってた。

イヤなところに出くわしちまったと士度は、ひとつ舌打ちをした。

雷帝のねぐらがここにあるのは知っていたが、だからといって仲間と認めた相手にいちいち襲い掛かるような奴じゃないと、安心して通りかかったのがまずかったか。

安心？

まったく、バカな話だ。

薄暗闇の中、別に擬態しなくても、士度の目は良く見える。

白い背中に、黒い髪。

見覚えのある男の姿が、銀次の上で揺れていた。

「あっ・・・ん・・・ぅ・・・・」

押し殺した声がより艶かしくて、頭をかきむしりたくなる。

ここを通るのが近道だ。でも、このまま進みたくない。

「あ・・・ん、は・・・ぎんじ、さ・・・・」

「カヅちゃん・・・」

キスをするために花月が屈みこむと、そのつながっている場所が良く見えてしまい、士度は近道をあきらめて、足早にそこを立ち去った。

特に何が、というわけでもないのだが、ひどく気分が悪かった。

「貴方、強いですよね、ビーストマスター」

「てめえもな、絃の花月」

今日の襲撃は、強烈だった。

死者も出たし、士度や花月もかすり傷程度だが血を流した。

「ほんと、今まで敵に回していたのかと思うとぞっとします」

死体を運ぶ仲間を眺める位置で、壁に背をつけた花月は、肘に走った赤い線を舐める。

「オレはまたやり合ったっていいがな」

その横に座り込み、頬杖をついた士度も同じ方を向いている。今日死んだひとりは、士度のライオンにひどく興味を示していた少年だった。

「僕は御免です」

言い切った花月は、ふぃと背を浮かすと、遠くからこちらを見た男に向かって手を上げ、にこりと笑った。

この場に不似合いな、花のような笑顔。

「十兵衛、もう少ししたら、僕も行く」

頷いた男はすぐに姿を消し、その消えたあたりを見つめたままの横顔を見上げ、士度は思わず悪態をついた。

「ああやって、銀次のヤツもたらし込みやがったのか。まあ、確かにオレにはできない真似だな」

「その言葉、聞き捨てなりませんね・・・やりますか、冬木士度」

一気に険悪になった空気が弾ける前に、光が射すような声がした。

「士度、カヅっちゃん！」

十兵衛の消えたあたりから、銀次がとことこと駆けてきて、二人の前で立ち止まる。

「おつかれさま、ここ、来れなくてごめん。・・・ええと、どうしたの？」

「いいえ。どうもしませんよ」

微笑う花月がムカついて、士度はそのカオを指差して言う。

「コイツにオマエのことたらし込みやがってって言ったら、ブチキレた」

「ビーストマスター！」

「ホントのことじゃねぇか」

ぎん、と再び睨みあった二人に、銀次はなんでもないことのように言った。

「え・・・士度、カヅっちゃんはそんなんじゃないよ」

強いんだよ、頭いいんだよ、細かいことに気がついて、びっくりするんだよ、と、この場合どうでもいいことを本気で言い募る銀次に、士度はこんなことに拘るのが、バカみたいな気分になった。

「わかってるよ。悪かった。お前は色仕掛けでどうこうなるような、そんな男じゃない」

自分で言って、まったくそのとおりだと思う。

「当然でしょう・・・」

それでもとりあえず、ぶつくさ言う花月に一発蹴り入れて蹴り返され、士度は「じゃあな」、と立ち上がった。

うん、と頷く銀次に軽く視線を流し、動物たちを連れて、ねぐらへ戻る。

いつも間にかバンダナに引っかかっていた絃を引きちぎり、にこにこと銀次の相手をする、その主をひと睨みして。

・・・・絃の花月の襲撃を受けたのは、その夜のことだった。

気配に聡いはずの自分の上に、いつのまにか馬乗りになった花月を見上げ､士度は思わず低く唸る。

「フザケんなよ、てめぇ・・・」

上に乗られるまで気が付かなかった。動物たちもやっと今起きてきた。どういう気配の消し方してんだよコイツは！

「別にふざけてませんよ。とりあえず、シましょう？」

そのまま身を深く折ってキスしようとする花月の肩を掴み、何とか止めさせながら士度は牙を剥く。

「誰がすんだよ、下りろ馬鹿野郎！」

ち、と舌打ちし､それでもさすがに無理やりできるとは思わなかったらしく、花月は士度の腹から下りた。

「そんなに、僕、魅力ないですか？」

女にしか見えない男は､そう言ってやっと起き上がれた士度を見下ろす。

「見た目はともかく、ニオイが雄なんだよ。てぇか、雄なのに雄じゃねぇみてーなニオイだから余計気持ち悪ぃ」

本当は､かなり不本意だが、いい匂いだと思った。恐らくシャワーでも浴びて来ただろうその混じりけのない体臭は､雄だの雌だのとは、関係なく。

もちろん不本意だから言わないが。

「気持ち悪いまで言いますか」

怒らせるつもりだったが､意外とあっさり言ってシャツの裾をつまんで匂いをかいでいる。

白い腹が見えてどきりとしたが､おそらくそれは、急所を見せられた肉食獣の当然の反応だと思った。

「人間のハナじゃわかんねぇよ。だいたい、キライな奴とヤろうなんてよく考えるな」

いい匂いはするが、コイツとは嫌だ。

いつ寝首かかれるか、わかったものじゃない。

「よくわからないのが懐にいるのは嫌なんですよ」

士度とはまったく逆の答えを返した花月は、士度にとって、本当に理解しがたい生き物だった。

「何にもしゃべらねぇぞ」

「そういう情報なら､絃を使ったほうが早い。それでわからないことがあるから寝るんじゃないですか」

僕上手いですよ？と、どこまでもかみ合わない話を続ける花月に、士度は思い切り威嚇をしつつ、とりあえず距離を取った。

じり、じり・・・と下がる様子は明らかに逃げが入っているが､この際かまっていられない。

「・・・・・そんなに嫌ですか」

「雄とヤる奴の気が知れねぇな」

「・・・・・・」

困惑顔の花月は､フリでなく、本当に困っているらしい。

「初めはそう言うヒトでも、みんな最後にはヨかったって言いますよ？」

「勃たねぇよ！」

「大丈夫です､まずそこから面倒見て差し上げますから」

「いらねぇ！！」

「でも・・・・」

そこで、小さな振動があった。

空気が変わる。

理屈ではない。肌で感じる､≪危険≫。

「『上』の襲撃か！」

「南・・・？士度！」

走り出した士度の背中に、花月の声が当たる。

「銀次さんの方に先行きます、反対方向だから気付いていないかもしれない！」

「ああ？わかった、先行くぞ！」

駆けつけた戦場で、士度はもう花月のことを思い出さなかったし、銀次と共にあらわれた花月を見つけても､味方戦力にしか見えなかった。

互いの強さは、もともと身を持って知っていたし、背中を預けて不安はなかった。

力の限り､走り､戦う。

それだけだ。

「貴方、強いですよね、ビーストマスター」

「てめえもな、絃の花月」

「ほんと、今まで敵に回していたのかと思うとぞっとします」

「オレはまたやり合ったっていいがな」

「僕は御免です」

「そうだよ、仲間同士でそういうのは、だめだよ」

真面目に言う銀次に、頷く花月。

「そうですよね、銀次さん」

その花月を、蹴り飛ばし､蹴り返され。

「でも息合ってたよねー、二人とも」

そんなカンジで､よろしくね。

そう言った銀次が、走って行って。

「・・・合ってたか？」

「さあ。・・・・はー、1日に2回戦闘は、キツイな・・・・」

ぐったりした様子の花月は、士度にへろへろと手を振って見せた。

「なんだかもう君を襲う元気もないですし､帰りますね」

「二度と来んな」

「つれないな」

笑った花月は、なんだかいつもよりガキっぽく見えた。

士度は自分と同い年か年上だと思っていたが、もしかしたら年下なのかもしれない。

「まあ、貴方のことは信用することにしますよ。銀次さんが見込んだ男ですからね」

「勝手にしろ」

二人が、雷帝の『四天王』と呼ばれ、一部のスキもないコンビネーションを謳われるのは、この後、まもなくのことだった。

VOLTS黄金時代が幕を開ける。