じんじんと
じんじんと痛む頬を抑えて、シンはベッドにうずくまっていた。
甲でひっぱたかれた右はそうでもないけれど、平手でやられた左は酷く熱を持っている。
「ノーミソ出るかと思ったぞ、ちくしょう」
そんなに力があるようには見えないのに、当たった瞬間やばいと思った。
なんとか意地で踏みとどまったけれど、大人しく吹っ飛んでいた方がダメージは少なかったかもしれない。
頬が、じんじんと痛む。
「俺は、間違ってない」
無意識に取り出していたマユの携帯を、ぎゅっと握り締める。
民間人は、守られなくちゃいけないんだ。
俺が、あの島の人たちを助けたんだ。
でも。
自分を睨み据える、翠の瞳が脳裏にちらつく。
あんなに真っ直ぐ睨まれたら、俺のが間違ってるような気がしてくるじゃないか。
『力を持つ者なら、その力、自覚しろ』って、何言ってるんだかわからない。
わからない、のに。
真っ直ぐに自分を見据えた瞳と、頬に当たった手のひらの感触がシンを追い立てる。
背中がぞわぞわとして気持ちが悪い。
でも、どうしたらいいかわからない。
携帯を握り締め、膝の間に顔を埋める。
自分の体温に、頬が痛んだけれど、かまわなかった。
そう、頬が、じんじんと痛む。
手のひらが当たった感触がよみがえって、落ち着かない。
なんだか、涙が出てきた。
ごしごしと、自分をごまかすように目を擦ったとき、部屋の外からのコールが、鳴った。
ルナマリアだろうか。だったら、泣き顔なんか見せられない。
いないフリをしようとして無視していると、もう一度、鳴る。
それから。
「シン？」
それは、あいつの。
あの人の、声で。
シンはぴくりと身をふるわせた。
「いないのか？」
出られない。
出られるわけがない。
顔なんか合わせられるか。
無視するしか、ない。
だから、そのまま、黙っていると。
諦めたのか、それ以上のコールはなかった。
シンは、ほっと息をつく。
「何なんだよ・・・」
何の用だよ。
ぼやいた瞬間、シュン、と軽い音と共に、部屋のドアが開いた。
「・・・・っ！」
「なんだ、いるじゃないか」
片手に書類ケース、もう片方の手には、何やら白い紙袋を持って、ついさっき引っ叩きやがった上官、アスラン・ザラが立っていた。
「か、勝手に開けないでくださいっ」
「開けられたくなかったら、居留守なんか使うなよ」
「何で開けられんですか！」
「艦長から、パイロットの部屋のキーコードはもらっている」
恨むぞ艦長！
今、一番会いたくなかった人間を目の前に、シンの一番根源にある感情に、火がついた。
なんで、こいつは。
「あんた、ナニ考えてんですか！」
「冷却剤を持ってきたんだ、使え」
しかし、目の前に突き出された白い袋と穏やかな声に、怒りは殺がれ、力を失う。
「出撃があっても差し支えるほどではないだろうが、明日、腫れた顔で歩きたくないだろ」
そんな物には思い至らなかったシンは、呆然とそいつの顔を見上げた。
尊大な、ナニ考えてるんだかわからない、そいつの顔。
腹の、立つはずの。
それから、青い色がかすかに透けて見える袋。それを下げた右手。
あの感触を思い出し、頬がじん、とする。
「謝りに・・・来たんですか」
「まさか」
言って、アスランはシンの膝の上にその袋を落とすと、何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
「シン」
そして、入り口を開けたところで、怒りと困惑で動けないシンを振り返り。
「すぐにわかれとは言わない。ただ、ちゃんと考えてくれ。何故、俺がお前を叩いたかを」
そうして、すたすたと出て行ってしまった。
「何なんだよ、てめぇっ」
膝の上の袋を掴み上げ、あの気に食わない上官の消えたドアに叩きつけようとして。
しかしその中身に思い至り、思いとどまる。
『明日、腫れた顔で歩きたくないだろ』
頬が、じんじんと痛む。
このままにしておけば、腫れるのは目に見えている。
シンは袋を逆さにして、落ちてきた青いシートを一枚取り、ぺりぺりと開いて頬に当てた。
つん、と清涼剤の匂いが鼻をつく。
熱を持った頬が、急速に冷やされる感覚は、痛みすら伴い。
その頬に、あの瞬間の手のひらが、またよみがえる。
「ち・・・くしょう」
『ちゃんと考えてくれ。何故、俺がお前を叩いたかを』
そんなこと、わからない。
わかるわけ、ない。
驚きと怒りに止まりかけていた涙が、ぼろりとこぼれ落ちた。
熱を奪うシートの上から、頬に手を当てる。
あの人の、手の感触。
この熱が引いても、それだけは、消えてくれそうになかった。
背後にドアの閉まる音を聞いて、アスランはひとつため息をつく。
ちょっとしんどかった。
でも。
少年の部屋を振り返り、少しだけ、笑い。
「頼むぞ、お前」
そう。
何を言われてもわからない。
自分自分でたどり着かなければ意味がない。
そんなことは、身をもって知っているから。
だから。
頼む。
気づいてくれ。
俺が、お前を叩いた意味を。
彼を叩いた右手が、じん、と、痛んだ。