祝月 - いわいづき -
「永泉、月見をするぞ」
泰明が訪れるのは、いつも突然で。
「・・・あの、泰明殿、望月は明日ですが・・・」
恋人の訪れは、とても嬉しいのだけれど、少し驚いて、永泉は言ってみた。
「明日は雨が降る」
きっぱりと言い切った泰明は、当然ながら真面目そのもの。
永泉は、空を見上げた。
東の山の端に、登りかけた大きな月。
端が欠けているはずのそれは、しかし永泉の目には全き姿と遜色なく見えた。
「はい。お月見をいたしましょう」
泰明殿と一緒なら、それも楽しいかもしれない。
そう思い、立ち上がろうとした永泉の腕を掴んで、泰明が言う。
「どこへ行く」
「ええと、あの、庭に、尾花があるのです。取って参りますので・・・」
「何故実を落とす前に取る？子が残せぬだろう」
「では、あの、お団子でも・・・」
「食べるのか？」
「いいえ。でも、お供えに・・・」
「一晩置いて固くするのか。もったいない」
「・・・はい。そうですね」
お月見、とは。
尾花と団子を月に供えるものだと思っていたのだけれど。
泰明の言うとおり。
やはり、私はだめですね・・・
すとん、と、側におろされた永泉の腰を、泰明は抱き寄せて。
大好きな人と寄り添って、美しい月を見る。
幸福。
「予想よりも早く雲が来たな。明日は朝から雨だろう」
夜半になると、月は、西から現れた雲に隠されて。
立ち上がりながら言った泰明を、永泉はかなしい声で呼び止める。
「では、あの、泊まってはいかれないのですか・・・？」
今まで、恋人のぬくもりのあった片側に、秋の冷気が忍び込んで、永泉は身をふるわせた。
それを見て、泰明は少し、笑う。
「・・・いや。」
座り込んだままの永泉の手を取り、寝所に導くと、きゅうっとしがみついてきた体温に笑みが深くなる。
「済まぬ。少し冷えたな」
「いいえ・・・」
応えた唇に、口づけ。
その体が、これ以上冷えぬように、夜気に曝した場所から、何度も何度も撫でてやって。
「はぅ、あぁん・・・」
敏感な永泉が、そんなやり方に弱いことはもちろん知っている。
もう、全ての衣を取り去っても、永泉の体温は下がらなくなっていた。それどころか、更に、熱く、熱くなって。
「あ、ああ・・・」
内側など、とろけるほどの熱で、泰明の冷えたままの何かを蕩かしていく。
雲の向こうで、月が恋しいひとを想って泣いているような。そんなしとやかな雨が降り出したことに、二人はもう、気付かなかった。
「本当に、雨ですね・・・」
翌朝。
軒先を見上げる永泉を、膝の上に抱き込んだまま、泰明は答える。
「そう言っただろう」
「はい。あの、ありがとうございます。泰明殿のおかげで、お月見ができました」
「いや・・・」
珍しく言いよどんだ泰明に、永泉は首を傾げる。
「どうなさいました？」
「うむ・・・」
少し伸び上がって、むうっとむすばれた唇に促すように自分のそれを寄せると、やっと泰明は語りだした。
「昨日、私は造られて三年目を迎えたのだ。その時を、おまえと過ごしたいと・・・意味もなく、そう思ったのだ。月見は方便だ。済まぬ」
ぽかん、と、泰明を見上げてしまった永泉は、それからすぐににっこりと笑った。
「それでは、一日遅くなりましたが、お祝いをしなくてはいけませんね」
「祝い？」
「はい。何か、欲しいものなどありませんか？」
にこにこと、嬉しそうな永泉に見つめられ、泰明も何故だか嬉しくなった。
「いや」
そう言って、可愛い恋人を抱きしめる。
「おまえがいれば良い」
「はい」
雨の止んだその夜は、空全体がぼんやり光るような。
雲の向こうのお月様が、ちょっとだけ笑ったような夜でした。