いつも、いつも。
大好きな人の誕生日を祝おうとしたら。
「いつもどおりでいいよ」
と断られてしまった。
当然、シンは。
「なんでですか！」
とキレて。
そのまま、ケンカになって、しまった。
「なんであの人はいつもいつも！なんで変なとこだけ遠慮すんだよ！いつもみたいに偉そうに言いたいこと言えばいいだろ！なんでこーゆーときばっかりー！」
シンの喚き声に付き合わされて、ヴィーノはわざとらしく両手で耳をふさぐ。
仕事があるって言って逃げた、ルナとヨウランが正解だ。
なんで俺、今日は早く上がっちゃったんだろ。
なんでこいつに付き合っちゃったんだろー？
「お前、聞けよ！」
「聞いてる。ちゃんときーてる」
「嘘付け！」
そのまま、友人の襟首を掴むと、ヴィーノは「きゃー」とわざとらしい悲鳴を上げて。
とたん、シンの腕は。
もっと強い手に、捕まえられてしまった。
「何やってるんだ、シン」
「俺の勝手です！」
「たいちょー、酷いんですよ、シン」
「いや、もう俺は隊長じゃないんだが・・・・こらシン！」
今度はさっさとヴィーノから手を離し、だかだかと駆け出したシンを、アスランは目で追って。
「すまない、後で謝らせるから」
そう、本当にすまなそうに言って、去って行った。
そんな二人を見送って。
ヴィーノは思わず、呟いた。
「あーあ、俺も恋人、欲しいなぁ」
シンが、ヴィーノを捉まえてぐだぐだ言っていたのは、結局、アスランが来るのを待ちながら、のろけていただけなのだ。
そんな事実を、知っているから。
「シン」
さして行かないうちにアスランに追いつかれて、シンは彼と目を合わせないようにして、声を荒げた。
「なんですか、今更祝えとか言うんじゃないでしょうね！」
「言わないさ。そんなことより、明日ちゃんとヴィーノに謝れよ」
「謝りますよ！」
シンだって、悪いことをしたとは思っているのだ。
それでも、苛立ちの原因であるアスランに、そこまで言ってやる義理はない。
「そうか、なら、いい」
それなのにアスランは、全部見透かしたようにふんわりと笑って。
それが、あんまり綺麗な笑みだったから。
シンは、思わず口を開けて。
「間抜けな顔だな」
そう言われて、今度はキレた。
「まぬっ！あんた人の顔なんだと！」
「シンの顔だろ。可愛いぞ」
「あんたが言うなよこのやろーーー！！」
今度はアスランに掴みかかって、もちろんあっさり返り討たれて捕まえられて、挙句に、額にこっそりキスまでされた。
「・・・あんた、なんかすげえ機嫌いい？」
柔らかな感触と、結局とっても大好きな人の体温に、怒りも何もあったもんじゃなく。
シンは、甘い温度の残る額に手を当てて。
「ああ、そうかもな」
そう言われて、また、やわらかく笑われて。
怒りっぽいシンも、すっかりその気をそがれてしまった。
「俺、プレゼントくらいしか用意してないんで、帰りに何か買って行きますか？ああそれとも、どっかで食べる？」
仲直りのつもりでそう言って、シンはさりげなくアスランの手を取った。
それを素直に受け入れて、それでもアスランは、初めの主張を覆さない。
「だから、いつもどおりで良いっていっただろ」
「でもさ・・・」
なんだかしゅんとしてしまったシンが、可愛そうで。
だからアスランは、シンのために、妥協案を考え出した。
「いつもの店で良いなら。食べて返ろう」
「なんでいつもの店なんですか」
それでもシンは、仕方がないと思ったのだろう。
ぐいぐいと、アスランの手を引っ張り出した。
「なら、さっさと行きましょう。俺腹減った！」
『いつもの店』というのは、シンとアスランの住むマンションの近くにある、小さなレストランだ。
今時のプラントでは珍しい個人経営の小さな店だが、店主がオーブ出身だとかで、オーブ生まれのシンや、キラの母親の手料理が好きだったアスランには、懐かしい味つけが多い。
自然、食事の用意が面倒な時には利用することが多くて。
アスランご希望の、「いつもどおり」の範囲に収まるものだったらしい。
「俺、ハンバーグ。オニオンソースでライスセット。あんたロールキャベツだよな。同じくライスで」
「いや、今日はパンがいい」
「そう？じゃあパンで。・・・あとケーキ！何あったっけ？」
シンが勝手に注文するのもいつもどおりだ。
ケーキも、たまに食べないこともない。
「やっぱショートケーキかな。でもチョコムース美味かったっけ。すいません、ロウソクってあります？」
「いやシン、さすがにロウソクはいらない」
すかさず言ったアスランに、ここでの主導権が無いのはまるわかりなので、店員は、にこやかにシンに答えた。
「ありますよ、何本ですか」
「いえ、本当にいいですから。・・・・シン！この年でそれはさすがに恥ずかしいからやめろ」
低い声で、それでも本気の抗議したアスランをまじまじと見て、シンはちいさく吹き出した。
「なんだあんた、恥ずかしいからっていつもどおりとか言ってたわけ？」
「・・・・うるさい」
アスランの頬が赤い。可愛い。大好きだ。
その頬に今キスしたら、もっと恥ずかしがって怒るかな。
自分からするのは平気なのに、この人、変なところで恥ずかしがりだからな。
「じゃ、ショートケーキとチョコムース一つづつ。ロウソクはやっぱいいです」
それでも、オーダーを復唱した店員が背中を向けた瞬間に、シンはその頬にキスをした。
殴られるかと身構えたけれど、こつり、と、曲げた人差し指で小突かれただけだった。
いつもどおりの夕食に、いつもどおりの部屋。
いつもどおりの、夜。
少しだけ、違うのは。
「誕生日、おめでとうございます。あの、これ」
シンの手にあった、小さな包み。
「たいしたもんじゃないんですけど」
「そんなことないだろう、これは」
プレゼントは、作業用の薄手の手袋だった。結局、技術屋に落ち着いているアスランには必需品だ。
しかも、手を保護するための強度と、作業し易さための薄さを兼ね備えたものは意外と高価なもので。
最近、そんな甲斐性をさりげなく見せるようになった少年を、アスランは素直に頼もしいと思った。
「ありがとう、嬉しいよ」
だからアスランはそう言って、愛しい少年をそっと抱きしめた。
シンが嬉しそうに、えへ、と笑うのがわかる。
それが、アスランも嬉しくて。
少しだけ、体を離してから、ほんのわずかに屈み込んだ。
ちゅ、と、お礼のキスをもらって。
恋人のいい匂いを、いっぱいに感じて。
シンは力いっぱい、自分よりも、悔しいことにまだ少し大きい体を抱きしめた。
あったかい体。
気持ちいいアスラン。
大好き。
この人が、生まれてきてくれたこと。
今まで、生きててくれたこと。
それが、とっても、嬉しい。
だからシンは、アスランにたくさんたくさんキスをした。
それこそ、『いつもどおり』に、服を脱がせて。
その下にも、たくさん、キスをした。
「んっ、シ、ン・・・・・」
いつもどおりに、甘い、あまいアスランの声。
でも、今日は。
なんだかやっぱり、トクベツだ。
「アスラン、おめでとう」
「だ、から。もう、あんまり嬉しい年じゃ」
「でもさ」
ズボンを脱がせる。
パンツも、ついでに。
シンにしか、見せないところ。
キレイな色、大好き。
「でもさ、あんた、去年もその前も、嬉しそうじゃなかった」
そんなところにまで残る、傷跡に、キスをする。
滑らかな皮膚に残る跡は、見ているだけで、胸が痛い。
「だから、俺があんたの分まで」
あんたの、分まで。
「祝ってあげなきゃ」
そう、思う。
誕生日、祝って。
生まれてきてくれてありがとうって。
世界じゅうの、誰が恨んでても。
あんた自身が、嫌でも。
でも、俺が。
「十分だよ、もう」
でもアスランはそう言うと、シンの髪を撫でてくれた。
たぶん、そのまま引き寄せようとしたのだろうけれど、シンは無視をして、アスランのソレに口付けた。
「ん・・・・」
「ぜんぜん足りないよ」
だから、俺が。
俺が。
「十分だよ。・・・・こら」
まるで、犬の仔でも叱るような声音でそう言われ、下肢に吸い付いた顔を、今度こそ無理やりに引き寄せられた。
合わせられた、緑色の、瞳。
快楽に潤み始めたそれは、本当に、ほんとうに綺麗で。
その目元にキスをして、額に、頬にキスをして。
最後に、誘うように開かれた唇に。
キスを、して。
いつものように求めてくる舌に応え、その甘さを、たっぷりと、味わって。
離したそれが、甘く、言葉をつむぐ。
「いつも、いつも。・・・・お前が、いるから」
ぺろり、と、顎を舐められた。
こぼれていた唾液を、熱い舌が拭い去る。
「お前が、こうしてくれるから」
だからそれで。
もう、十分なのだとアスランは言った。
いつも、いつも。
毎日、ずっと。
お前がいる、ただそれだけで。
生まれてきて、良かったと思うから。
生きていて、良かったと思うから。
・・・・・・・・思って、しまう、から。
だから。
「だからこれ以上、俺を幸せにするなよ、シン。でないと俺は、世界中のいろんなものに、申し訳なくて仕方なくなりそうなんだ」
アスランはそう言うと、シンの肩に頬を埋めるようにして、少年の背中を抱きしめた。
その腕は、優しくて、強くて、あったかくて。
シンの、大好きな腕だった。
「あんたって、人は・・・・・っ！」
ぎゅう、と肩を押し返すと、アスランは嬉しそうに笑っていた。
笑って、そうして、泣いていた。
シンは、その涙を舐め取って。
そうして、たくさんキスをして。
「じゃあ、いつもいつも、いつもあんたを幸せにしてやる」
あんたが、世界中に申し訳なさ過ぎてどうしようもなくなって。
もう、諦めるしかなくなるくらいに。
「幸せにしてやるから、覚悟しろ！」
「・・・・・・うん」
頷いたアスランに、シンはたくさんキスをして。
抱きしめて。
愛して。
そうして、10月29日の夜は更けていく。
自分より、少しちいさい恋人の、大きく頼もしい腕の中。
アスランは、世界中の誰よりも、幸せだった。