いとしいひと
左手の痛みで、目が覚めた。
とっさに引こうとして許されず、目を開けたところで咆哮としか言いようのない声が、シンの胸元でほとばしった。
「う、ああああああああ」
「っ、アスランさんっ」
びくん、と身を震わせたその人は、こぼれそうな翠の瞳でシンを見上げ、呆然と数回瞬いてから、細い声で呟いた。
「キ、ラ・・・ぁ」
「アスランさんっ」
もう一度名を呼ぶと、アスランの瞳にやっと正気が戻って。
「ぁ・・・・・」
吐息のような声を洩らした後、シンの手を固く握り締めていた指が、落ちた。
「どうしたんですか？」
聞いても答えず、アスランはシンのアンダーの裾を掴んで、そこに額を押し付けてきた。
「え、え、えっ・・・・？」
何が起きているのかわからない。
でも、え、アスランさん。
泣いてる・・・？
この人のそんな姿を見るのは初めてで、シンはどうしていいかわからずに、うろたえた。
それでも。
時々、ひどく脆い目をすることがあった。
ひとりで、床を見ていることがあった。
それを思うと、この姿も不思議ではなくて。
シンは、おずおずと、震える背に腕をまわした。
強くて、きれいで、格好よくて。
でも時々わけわかんなくて。
気が付いたら、好きになっていて。
異常に鈍いその人に、告白しても埒が明かず、とうとう業を煮やして押し倒した。
それから、何度か夜を重ねたけれど。
こんなことは、初めてだった。
シンの胸に、なんともいえない思いが湧き上がる。
腕の中で震える人への、心配や哀れみや困惑や。
救ってあげたいとか、守ってあげたいとか。
キラって誰だよとか、なんか可愛いなとか。
たぶん、こんなの全部合わせて。
愛しいって、云うんだと思う。
「・・・・アスランさん」
そっと、背中を撫でて。
濡れた頬を、手のひらで軽く擦って。
少し汗を含んだ髪を、柔らかく、梳いて。
「アスランさん・・・」
「は、ぁ・・・・」
緩く抱いた体が大きく息を吐いて、きまりが悪そうに顔を上げた。
「すまない、起こしたな」
「いいえ」
眦に溜まった涙を舐め取り、くすぐったそうに竦められた首にもキスをして。
まだ震えているつめたい指先に、自分の指を絡めて、握って、あたためて。
ためらいがちに握り返してきた手のひらと、彷徨う翠の瞳が可愛かったから、なんかもっとキスしたくなって、そのまま圧し掛かってあちこちに唇を押し当てて。
慰めているつもりだったけれど、それだけのことが、本当に気持ちよくて。
「・・・・シン」
制止するアスランの声に、力がこもっていないのをいいことに、シンは髪の間から探し当てた耳に、そうっと息を吹きかけた。
「だって、もう眠れません。責任とって付き合ってくださいよ」
キラって奴のことも、とりあえず今は詮索しないし。
「最後まではしませんから。ね？」
たまにはイチャイチャしましょうよ。
そう悪戯っぽく言って、手始めにさらさらとした藍色の髪に頬を埋めて。
背にまわされた腕と、緩く握られた手のひらに満足しながら。
シンは、ぎゅうっとアスランを抱きしめた。
この人を夢から引き戻した自分を、誇るように。
夢の中のこの人ごと、抱きしめる、ように。