ゆっくりと肌をたどっていた指が、左肩の一点で止まった。

そこにあった深い深い傷は、とうに塞がっていたのだけれど、それでも戻りきれない皮膚が赤い跡を残している。

硬い指が時間をかけて検分し、「筋肉の戻りが遅いな」と呟いた唇が、そっとそこに触れて、離れた。

今まで・・・二年前、最後に診てもらったときまで、十兵衛がこうして診察と愛撫を混ぜて行うことはなかった。

主治医と恋人は別の顔。

それが崩された不安に思わず顔を上げると、十兵衛はただ真剣に、花月の傷をみていた。

だから、花月は安心してその身を任せた。

十兵衛を温泉に誘った時点で、期待していなかったといえば嘘になるけれど、傷を見せろと言われるなり、こうして押し倒されてしまうとは。思わなかった

十兵衛の指が肌をたどる。

いちいち傷で止まっては検分し、かさついた唇が押し当てられる。

まるで儀式のように。

「大丈夫だよ、十兵衛。もう治って・・・」

ぐい、と左足を抱え上げられ、思わず言葉を切る。

ほとんど身に纏っている意味のなくなった浴衣姿でそんなことをされたら、花月の恥ずかしい場所はもう、隠すこともできない。

淡い茂みの中で、今までの愛撫だけで感じてしまったものが立ち上がっている。

愛される期待に、後ろの蕾までが疼いているのまで、花月に対してだけは聡い彼には、きっとわかってしまう・・・

しかし十兵衛はそれには頓着せずに、抱えたふくらはぎに舌を押し当てた。

大きく残る、飛針の跡。

無理やりに引き抜いたせいで、ひどく醜く残った跡。

「・・・大丈夫だよ、十兵衛」

他に、言葉がない。

そこに、深く穿たれた飛針を思う。

十兵衛が、身を削ってまで投げた針だ。

それを、その身に受けた時を思い出し・・・花月は、もうひとつ言葉を見つけた。

片足を取られた、不自由な姿勢で腕を伸ばす。

気づいた十兵衛の首にそれを回し、無理やりに起き上がって着込んだままの十兵衛の浴衣の衿を引く。

そして。

「大丈夫だよ、十兵衛」

あらわれた傷のひとつに、口付ける。

「僕は、君のものだもの」

伸び上がり、まぶたを隠す包帯に噛み付いて、外す。

閉じられたままの瞳。光を奪ったのは花月だ。

「・・・・俺も、貴様のものか」

「もちろん」

深く、唇を合わせる。

舌が絡まり、喉が鳴る。

背中の傷に触れていた十兵衛の腕が脇腹に回り、後ろから穿たれた飛針の傷を確かめた。

「んっ・・・」

内臓にも損傷があった。拾ってくれたのが薬屋でなければ、助からなかっただろう。

それでも、これは十兵衛のものなのだから、仕方がない。

更に下がった手のひらが、柔らかな尻を掴みしめた。

もう、傷は診ていない。明らかな欲望を伴った愛撫だけだ。

「十兵衛・・・」

随分と昔から、体を重ねていた。

それでも、すべてが終わったなら、女性と寄り添い、子を生し、血と技を継ぐのだと信じていた。

この気持ちは、互いに感じる欲望は、この異常な世界で見ている夢のようなものだと、何の根拠もなく信じていた。

ばかみたいだ。

十兵衛の指が、花月の秘部に埋まる。丁度息を継いでいた唇から、高い声が上がる。

「あんっ・・・」

もう、どうしようもないのに。

どうしようもなく、花月は十兵衛のもので、十兵衛は花月のものなのに。

心も、体も。

命さえ。

十兵衛の飛針で傷ついた体を、性急に求めた十兵衛が貫く。

花月の絃で傷ついた体が、花月の中で熱く脈打つ。

「十兵衛・・・」

「花、月・・・」

今、十兵衛の飛針を受けた自分の体が愛しくて仕方がない。それはきっと十兵衛の気持ちと似ていて、そして十兵衛もきっと同じように思ってる。

あまりの快楽に身を捩り、更に十兵衛を締め付けた花月は、何度も何度も十兵衛に口付けた。

「あ、あぁ・・・・」

察した十兵衛が、花月の体を引き起こし、腰の上に抱き上げる。更に深く十兵衛を感じ、もっと口付けたくてわななく唇を、今度は十兵衛に取られて甘く噛まれる。

絶頂まで、あっという間だった。

声まで十兵衛に取られたまま、腰を震わせて達した花月の奥底に、十兵衛も思い切り注ぎ込む。

ひくりひくりと震える体の愛おしさに、余韻をかみ締める間もなく更に欲がつのる。

十兵衛を真似るようにまぶたを伏せ、くたりと身を任せた花月も、内を再び押し開く十兵衛を嫌がることなく、甘い息をついた。

「あ・・・もっと・・・・」

欲しがる声も、愛らしい。

十兵衛の花月。

この体に飛針を打ち込むたび、感じた痛みと暗い欲望を憶えている。

その身に、無数の飛針を打ち込まれ、果てる花月と共に逝く。

互いに、互いだけのもの。他を交えずに、そこで終わる。

それがどうだ。

花月は、十兵衛のものだという。

生きてなお。

「あっ、あ・・・じゅう、べえ・・・・」

再び突き上げた体が、甘い悲鳴を上げた。

十兵衛の花月。

心も、体も。

そして命さえ。

「花月・・・」

呼んだ声に、花月が面を上げた。

赤い唇が、深く笑む。

まるで、見えるようにわかった。

「十兵衛・・・」

呼び合った声さえ溶けて。

再び、ひとつになった。