I do.
なんだかとっても、らしくない。
シンは、食堂で下を向いている上官の前に、がとちゃん自分のトレイを置いた。
いつもなんだか偉そうで、腹立たしくってムカついてそれでえーと、とにかくムカつく隊長の元気が、あれからずっと、全然ない。
アスランが、フリーダムに機体をバラバラにされたのは、ほんの少し前のことだ。
初めはシンも、ざまあみろとか思ってたけど、でもすぐに復活してシンのことぐだぐだと怒ってくると思ったアスランは、今でも元気がないままだ。
それはそれで、なんかムカつく。
気に入らない。
ああそうさ、一回落っことされたくらいで何落ち込んでんだよこの人は！
「アンタそれ、食べないんならくださいよ」
シンは、アスランの食事のトレイを指差して言った。
シンのトレイの上には、既にパンがひとつ多い。おまけにプリンもついている。
それに気づいたのか気づかないのか、アスランは「勝手にしろ」と呟いて、ほとんど手をつけていないトレイを、丸ごとシンに明け渡した。
「アンタこれ、全然食べてないじゃん・・・っておい！ほんとに全部置いてく気かよ！」
ふらりと立ち上がったアスランは、そのままその場を立ち去って。
シンは、やけくそになって二人分の食事、プラス、パンとプリンを食べ切って、少し、胸焼けを起こした。
インパルスのチェックを終えると、もう、だいぶ遅い時間になっていた。
機体のコンディションは常に最高にしておけ、と、アスランに散々言われていたからじゃないけれど。
使えるMSが減ってしまったから、こういうのはちゃんとやっとかなくちゃ。
だってこの艦は、俺が守るんだから。
MS壊された、アイツじゃなくってさ。
そう思って、頷いて。
シンは、付き合ってくれたヨウランとヴィーノに礼を言って、狭いコックピットから這い出した。
ハッチを閉めて、動力を落とす。
作業灯が消えても、夜の格納庫は常夜灯で意外と明るかった。
だから。
だから、シンは見つけてしまった。
キャットウォークの上、簡易な手すりに寄りかかり、じっと下を見ているその人を。
「何やってんですか！」
声を上げると、アスランは、今初めてシンに気がついたとような顔をして、視線をよこした。
もしかして、ほんとに気がついてなかった？
なんかそれ、すっげームカつく。
「いや・・・、遅くまで、よくやるな」
「当たり前です」
シンは、声を張り上げた。
普通の声だって、静かなここならよく聞こえる。
それを知っていても、大きな、声で。
「この艦は、俺が守るんだから」
アンタじゃなくて。
俺が！
「・・・・」
それに、アスランは応えなかった。
ただ、視線を逸らして。
また、じっと、下を見て。
そこには、セイバーの残骸が横たわっていた。
本当に、それは残骸でしかなくて。
それがどの部品なのか、もとの姿を知っていなければ、きっとわからないほどの、残骸でしかなくて。
「・・・・俺は、どうしたらいいんだろうな」
そう、呟かれた言葉の意味は、シンにはよく、わからなかったけれど。
それでもなんかムカついた。
すごくすごく、ムカついた。
この人、凄い人だって思ってた。
宇宙じゃ、シンたちが呆然としてる間に、量産型でばったばったと敵を倒して。
ユニウスセブンじゃ、最後まで残って破砕作業して。
それが。
どうしたら、いいかって？
「決まってんじゃないですか」
シンは、キャットウォークの上の人をにらみつけた。
「戦えばいいんですよ！」
アスランは、はっとした顔をしてシンを見た。
緑の瞳が、奇妙に光っていた。
それが。
それが、なんだか頼りなくて、その頼りなさがムカついて。
ムカつくのに、なんだかそれがイヤじゃなくて。
なんだか、綺麗だと、思って。
無性に手を伸ばしたいような、壊してしまいたいような。
そんな不可解な苛立ちを振り切って、シンは叫んだ。
「だって俺たち軍人でしょう？そう言ったのはアンタだ！」
そう。
シンもアスランも、軍人なのだ。
戦う者、なのだ。
「アンタ強いんだから、ちゃんと戦えよ！」
コアスプレンダーの上、仁王立ちになって。
そう怒鳴ったシンは、自分が涙目になっていることに、気づいていなかった。
その少年の、涙の滲んだ赤い瞳を見下ろして。
暗い格納庫、常夜灯に光る、その色の必死さに、驚いて。
それから、アスランは。
ふっ、と、笑った。
「・・・・ありがとう、シン」
ぐ、と、手すりから身を乗り出す。そうすると、シンの赤い瞳がよく見えた。
綺麗な色だな、と、思った。
「はぁ！？アンタ何言ってんですか！」
何故だか怒ってしまった少年にまたくすりと笑い、少し引きつった頬に、自分は一体どれくらい笑っていなかったのだろうと思って。
ちいさく、ほんのちいさくため息をついたアスランは、そのまま手すりに手を付いて、スチールの床を踏み切った。
「え、うわぁっ！」
飛び降りたのは、コアスプレンダーの右翼の上。
ほんの少しだけ揺れた機体。
それから半歩ほどで側に来た、緑の瞳。
「慰めてくれて、ありがとう。少し、元気が出たよ」
それが、切なく笑んでシンを見下ろし。
それから、大きな手がシンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「え、うえっ、慰めてなんかないですよ！何言ってんだアンタ！」
思わずその手を振り払い、遅れて気づいたぬくもりに、振り払ったことを後悔して。
後悔した自分に腹が立って。
「そうか、・・・・すまない」
でも、そう言ってまた切なく笑い、機体を降りていった背中を、シンは思わず追いかけた。
追えばまた、何か言ってしまうかも知れないけれど。
それでもシンは追いかけた。
今はまだ手が届く、その人の背中を。