そのとき、永泉はひとり、空を見上げていた。

ビルとビルの隙間に、月が浮かんでいる。

満月であるはずのそれは、しかし小さくて。

ネオンの間で遠慮がちに輝いている。

 

そして、星は。

見えない。

 

 

 

 

「おねーちゃんキレイだねー」

下卑た声に、ふと我に返った。

「電車もうないよ？オレらとカラオケでも行かない？」

確かに、もう、深夜といっていい時刻である。

この時間のこの街は、静けさはないが、昼間の喧騒ともまた無縁の、不思議な空気に満ちている。

 

だから好きなのだけれど。

このような輩に絡まれるのには、閉口する。

さて、どうしようかと永泉が首を傾げたとき、酷く硬い声がした。

「何をしている」

 

アスファルトよりも、コンクリートよりも。

その双瞳に喩えられる宝玉よりも硬い

声。

 

「泰明殿・・・・」

この街に、この時代に慣れても、この呼び名だけは変わらない。

この存在、この愛しさだけは。

不変のもの。

 

「お帰りが遅いので・・・お待ちしていたのです」

永泉は、座っていた歩道の縁石から立ち上がった。

「あまり遅い時間には、外へ出るなと言っているだろう」

「大丈夫です」

言って、笑う。　

この、ネオンの街には不似合いなほどの、無垢な微笑。

「私の力は、泰明殿もご存知でしょう？」

 

高い霊力を生まれ持った。

それが、この物質の力に偏った世界で、これほど「使える」とは思ってもみなかったけれど。

それでも、永泉はもう、そう言って笑うことができる。

あの遠い世界で、何も知らなかった頃のように。

「・・・・行くぞ」

「はい」

 

言って、何事もなかったかのように手をつなぐ。

美しい男と、可憐な麗人の二人連れ。

思わず見送った男たちが、我に帰って追いかけようとしたところを、麗人をさらった男の、オッドアイが貫いた。

 

「・・・・泰明殿」

動けなくなった男たちに見せ付けるかのように、麗人は傍らの男につま先立って口づけた。

「弱いものいじめは、だめだと言っているでしょう？」

諭すような口調は最近覚えたものだ。

この、誰よりも頼りになる恋人が、やっぱりお子様だと思うのは、少し楽しい。

「うるさい」

そうして６歳児は、１５も年上の（そして、４つ年下の）恋人の、うるさい唇を、自分から塞ぐ。

それは、とても深いものだったけれど。

固まったままの男たち以外、誰も立ち止まりもしない。

そんな街。

だから選んだ。

 

「行くぞ」

「はい」

そして、彼らは歩き出す。

 

星の、見えない街を。