星に願いを
星が、落ちる。
アスランとシンは、それをイザナギ海岸の砂浜で眺めていた。
星といっても、ただの宇宙塵であったり、最近はそれよりも多いスペースデブリの破片であったりすることとは、シンだって知っている。
しかし、いくつもの光の筋が天を横切っていくさまは、ただ、美しくて。
「キレーですね」
無邪気なシンの言葉に、アスランはただ頷いた。
「ああ」
「俺がいた頃は、まだデブリそんなに多くなかったから、こんなん見られませんでした」
「低軌道会戦の残骸は降ってこなかったのか？」
「だって地球の反対側ですよ」
「ああ、そうだったな」
星が、降る。
立て続けの光に、シンは歓声を上げ。
アスランはただ、黙って空を見上げていた。
「すっげ、さっきの見ました？三ついっぺん！」
「ああ」
「アスランさんがこっちにいた時も、こんな凄かったんですか？」
「いや・・・ユニウスセブンが落ちた時に、月の潮汐なんかもあってデブリの軌道巻き込んで、最近また増えたんだそうだ」
「へえ・・・あ、大きいのって、また破砕とかするんですか？」
前にした『仕事』を思い出し、シンは夜空から視線を下ろして、傍らの恋人の横顔を覗き込んだ。
「ほとんど戦争廃棄物だ。破砕が必要なほど大きなものは、とっくにジャンク屋が回収してるよ」
「あ、なるほど」
言って、また空を見上げ。
シンも黙って星を眺める。
大きな光がひとつ落ちて、それに、目を瞬かせて。
それから暗い砂浜に目を落とし、少しだけ視線を上げて、恋人の白い手が、闇の中に浮かび上がって見えるのを確認して。
それに、手を伸ばして。
あと、数ミリで指が触れる。
そんな距離で。
「今落ちているのは、ヤキンで戦った者たちと・・・俺が壊したジェネシスの破片だよ」
シンの手は、はっと止められた。
「ヤキン・ドゥーエ・・・」
前大戦最後の、そして最大の戦闘。それを生き抜き、更にダイダロス・メサイア攻防戦を戦い抜いた「英雄」の手。
多くの将兵を震え上がらせ、多くの命を奪い、そうして、二度に渡って自機の自爆スイッチを押した手。
シンを置いていった、裏切り者の、手。
星が、落ちる。
ひときわ明るい火球となったそれは、シンの足元を照らし、アスランの白い手を輝かせ。
そうして、中途半端に伸ばされていたシンの手も照らし出して、消えた。
怒りのままに、幾多の命を奪った手。
隣に佇むこの人の、命を奪おうとした、俺の手。
もう一度、空を見上げる。
それから、その人の横顔を見る。
「ダイダロス・メサイア攻防戦の残骸も、落ちてきますか？」
「馬鹿、月の裏側だぞ。月ごと落ちてくるようなことがない限り、そんなことはないさ」
「・・・そっか」
何故だかほっとした自分に腹が立ち、伸ばしたまま止まった指が強張る。
「・・・知ってるか？シン」
代わりに。
ずっと空を眺めていたアスランが、シンに目を向けた。
闇にも光る、翠の瞳。
シンの、大好きな。
「今の時期は、デブリじゃない、彗星由来の、本物の流れ星も多いんだ」
「え・・・」
「北の方から流れてくる、跡が残るやつを探してみろ。戦艦や・・・ＭＳの破片じゃあ、痕（こん）は残らない」
そう言って、また、空へとその翠を戻してしまう。
また、星が落ちる。
あれは、本物？
幼い頃、妹と二人で、星に願いを掛けたことを思い出す。
そう、父さんに教えてもらったんだ。夏のこの時期は、流星が多いんだって。
人の命を巻き込まない、流れ星。
それは、どうしようもなくうつくしいもののように思えて。
「本物に祈れば、願いごと叶いますか？」
思わず、そう聞いて。
馬鹿なことを言ったと、唇を噛む。
何言ってんだろ、俺。
しかし。
「そうだな・・・本物だからな」
アスランはそう言って、いつもの、どこか哀しげな気配で笑った。
本物の流れ星は、白い跡を引く。
贋物の流れ星は、宇宙に散った者の魂を引いて、落ちる。
どちらも、流星には変わりないけれど。
固まったままだったシンの指先に、あたたかな何かが触れた。
見なくてもわかる。アスランの、白い手。
あの長い指が、自分の手を包んでいると思うだけでドキドキした。
「お前は、何を願う？」
そう聞かれて。
ぎゅうっと、その手を握り返す。
この手は、幾多の罪を負った手。
それでもまだ、この人と繋ぐことが出来る、手。
「あんたと、ずっと一緒にいたいです」
また、空が明るくなった。
アスランに見とれていたシンは、その流星を見逃した。
「そうか。・・・確か、三回唱えるんじゃなかったか？」
そう言ってアスランは、天空の一点を指差した。
そこには、ほの白い、流星の痕が残っていた。
本物の、流星の証。
「あ・・・」
ただの子供だましの戯言だとわかっている。
それでも、ひどく惜しいことをしたような気がして、シンは地団駄を踏んだ。
「うっ、わ、ちくしょー」
それを見たアスランは、今度は本当に笑い。
「俺がしたから、大丈夫だよ」
「え・・・ほんとに？」
そうして、見つめあった赤と翠の瞳。
またひとつ、星が流れる。
それが、本物かどうか確かめることなく。
二人はそのまま、唇を寄せ合った。
星が、降る。
幾多の命を弔うように。
幾多の願いを、叶えるために。